予期していた襲撃
「それじゃあ仕入れに出発するとしようか」
「ええ。今回はたんまりと積んで行くのよねー」
荷馬車を借りたアガトとノーマの二人は町を出発する。
護衛も付けずゆったりとした道中は、言い換えれば無防備とも呼べる状態である。
だが行き先は山に【ゴルトス】で空けた洞窟ではなく、鬱蒼とした森の奥地。最初から岩塩の採掘場所に向かうつもりはない。
目的は町の外へと繰り出し、人目のつかない地点まで移動すること。
そして荷馬車を止めてしまえば案の定、
「よォー大将。こんな場所でなにしてんだ?」
「ヒャッヒャッヒャッ」
「本当に此処で岩塩なんて採れんのか」
「本人に聞けばいいだけの話だろ。有り金のついでにな」
ぞろぞろと木々の間から盗賊と思わしき男たちがアガトの前に現れた。両手で数えられるかどうかの人数で取り囲む。
ナイフや剣といった凶器を構え、威圧しながらあざ笑う。
この辺りを縄張りにしている山賊にしては衣服の身だしなみが小綺麗で、町の往来をしていなければもっと汚れているだろう。
恐らくは金で雇われたならず者であり、ギルドに加入していない連中だ。
極めつけにその中のひとりには見覚えがあり、酒場で盗み聞きしていた男だと推察できる。
「出たわね悪党ども! お決まりの台詞ばかり吐いてもっと気の利いた言葉を並べなさいよ!」
加勢するつもりは更々ない癖にノーマはファイティングポーズを構えた。
「威勢がいいなお嬢ちゃん。まさかこの数を相手にやる気か? 怪我するから大人しくした方が身のためだぜ?」
「傷物にしちまうのはもったいねぇ。その成りだと高値で売れそうなんだからよ」
当然そんな見るからにか弱そうな少女が息巻いたところで、盗賊たちは一笑に付して流した。
「フン! そこのハゲ眼帯。大方アンタが親玉でしょ、見た目からしてお頭って感じだし」
「あ?」
「そんな成りしてどうせハッタリなんでしょ。でなきゃこんなみみっちいことしているわけないものねぇ。ほーらざーこざこざこ、ざこ盗賊ぅ、頭テカテカ、脳はペラペラ~。徒党を組まないと威張れないなんて恥ずかしくないの~?」
「んなっこのガキぃ言わせておけば調子に乗りやがって」
「フッフーン、それはこっちの台詞よ。さぁアガト、こんな連中さっさと──」
「ひ、ひぃぃい」
「ってちょっとぉ!? なに此処でビビってんのよ!」
彼女の態度に反して、アガトは腰を抜かした様子でその場に縮こまり、両手をあげて降伏の意志を表明した。
「さっさと武器を捨てな」
「はいっ」
「そこに座れ、妙な動きすんなよ」
素直に護身用の短剣を地面に放った。愕然とするノーマをよそに情けなくその場で跪く。
アガトの無抵抗な素振りに警戒したまま、ジリジリと詰め寄ってきた。
「で、コイツどうします」
「ガキは奴隷商にでも送れ。野郎の方は好きにしろ」
「好きにしろ、っつったらもう決まってるよな」
「そ、そんな……命だけはお見逃しくださいっ。岩塩の採れる場所もお教えしますから……! お、お金だって差し上げるので、あ!」
革袋を取り出すも手がおぼつかなかったのか地面にバラバラと硬貨をこぼしてしまう。
金の魔性の魅力に一同が目を奪われた瞬間、アガトは怯えた表情を繕うのをやめた。
「【ゴルトス】」
詠唱が紡がれるなり、呼応して散らばったコインたちが光を放って地面から離れる。それぞれが意志を持ったようにひとりでに飛び出して行く。
そしてそれらは盗賊たちにめがけて一斉に反旗をひるがえした。
「がぁっ」
「げぇ!」
「ぎぁ!?」
吹き飛ばされ、あるいは錐揉みし、一撃で彼等は沈められた。
妨害する隙も与えず、油断させたところをものの数秒で鎮圧してのける。
例外なく全員に息はあって、苦痛にあえぎあるいは悶絶しており、戦闘不能になっていた。伏兵もいない。
アガトは【グシオンの瞳】によって対象の能力を測り、その必要な小銭の額を調整していた。相手は三桁ほどの体力しか持ち合わせていなかったので従来の命の危険を考えれば安上がりに済んだ。
【ゴルトス】の発動判定は一度手元から離れれば時間差でも発生する。その特性を利用し、金銭をばらまいて油断を誘ったのである。よもやそれを武器にするとは想定もしていなかったはずだ。
「フゥ、複数を同時に攻撃するのに成功してよかった。撃ち漏らさなかったことからして必中なんだね」
「さすがに命乞いをして不意打ちとか卑怯過ぎないかしら」
「正当防衛だよ。それにこの方が手っ取り早いじゃないか」
とはいえ此処まであっさりとうまく行ったのは商人のアガトと見かけはただの少女であるノーマの二人だけということもあって、油断していたことに他ならないだろう。
手間があったとすれば、動けなくなった盗賊のひとりひとりを縄で縛り、武器や所持品を取り上げていくことぐらいだ。
そしてその中には宿で盗まれた革袋の財布があった。それでこの盗賊たちがたまたま自分を襲ったのではないという確信を得る。
だが、他にも聞き出さなければならないことがあった。
「貴方たちは雇われてボクを襲ったんですね?」
「な、なんの、ことだ」
「知らないフリをしなくて結構。この財布はボクが持っていたはずのものです。森に入ったボクを襲う盗賊が持っているなんて偶然にしてはできすぎじゃありません?」
「……」
「それに此処に岩塩があるなんて発想も町でこちらの行動を監視していないと到底たどり着かない結論だ。生憎此処にはないけれど」
それ以降の返事はない。
口を閉ざしたのを見て「わかりました」とアガトは息をついた。
「面倒を避けるためにも此処で口封じをするのがベスト。全員魔物の餌にでもなっていただきましょうか」
「っ!?」
「どうせ黙ったままで証人としての役には立たない。生かしておくメリットもない。復讐なんてされたらたまったもんじゃないし、その芽を摘み取っておくにこしたことはないですよね」
手足をキツく縛られ、身動きのとれない盗賊たちを鬱蒼とした森林の真っ直中に放置する素振りを見せる。
「確かこの周辺にいる《プレーン・ゲル》にでもおびき寄せておくとしよう。動けない相手ならじっくり肉を溶かしてくれるから証拠も残らないだろう」
「じ、冗談じゃねぇ! なんてこと言い出すんだお前!」
「そうは言われても、襲われて命も狙われたわけで……おっと」
ちょうどいい頃合いで茂みからがさごそとお望みだった粘液の塊が這い出てきた。本来ならまとわりつかれても手で剥がせて足元にいても素通りできるほど大して強くない魔物だが、虫の息で拘束されている彼らとしてはかなりの脅威だろう。
「騒ぎで寄ってきたみたいだ。一体で全員をたいらげるのにどれくらい時間がかかるのかなぁ」
じりじりと迫ってくるがハエでも止まりそうなほど動きは鈍く、ノーマが傍らでしゃがんだ。
「『おっす! オラ、ゲル太郎! いやぁ森に入ったら人間たちがいて驚いた! オラわくわくすんぞ!』」
「なにやってんの」
「暇だからアテレコ」
緊張感のないやり取りだが、盗賊たちからすれば洒落になっていない。
「それじゃあボクたちは行きます。脱出できるように頑張ってください」
「ひぃ……!」
「待て! 行くな! 助けてくれ!」
情けない声をあげ、命乞いをする立場は逆転した。
「俺たちは雇われただけだ! 商売にできねぇようにしろって言われただけで殺す気なんて元からねぇよ!」
「生憎ボクは商人でして、他人に助けを求められても善意では動かないことにしている」
きっぱりと断り《プレーン・ゲル》がこちらへ這ってくる様子を眺めていた。通り過ぎた魔物に対しノーマの翻訳遊びが続く。
「『さぁ! 誰からでもかかってこい! オラが相手になってやるぞ! 必殺溶解液で──』」
「……情報を吐けば助けてくれるのか」
「依頼主がどこの誰で、宿と今回の襲撃に対して証言をするなら町まで運んであげてもかまいませんよ。それなら生かしておく価値もあるし、その人員も多いに越したことはないから」
一同が頷き了承したのを見てアガトは銀貨を一枚親指で弾く。《プレーン・ゲル》に【ゴルトス】が飛んでいき直撃する。
とうぜん標的は四散した。
「ゲル太郎ォオオオオオ! 瞬殺なんてあんまりよぉ!」
「なんで愛着湧きかけているんだ」
対象の体力に比べて威力が過剰であったためか、余波で地面を穿ち人間一人が潜れる穴を空ける。あえて少々高い硬貨を払って盗賊たちに【ゴルトス】の危険さを知らしめる。
「皆さんを乗せる荷台にはこれを撒いておきます。ボクの意志でいつでも攻撃できるようにね。身をもって経験したのでこれ以上の説明は不用だとは思いますが、妙な動きをしたら……わかりますよね? じゃあバードッグ、見張りは頼んだよ」
「……どっちが悪党だかわからないわ」
元から衛兵に突き出す計画でありながら堂の入った脅迫をつらつらと述べていたアガトを見て、女神はそんな感想を抱いたのであった。
次回更新予定日9/16(水)