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初めての商売


「寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 味気のないこの町にとびっきりのお知らせよ!」

 町の広場にノーマのはつらつとした声が響き渡る。即席で開いたアガトの店に人だかりが集まった。

 女神である彼女が乗り気で売り子をやると買って出たのは、気まぐれなのか約束通り労働をするつもりだったのかは定かではない。



「当店で取り扱うのはこちらの岩塩。海で採れたものとは異なり、このように塊として山から採掘したものです」

 言って、手元の岩塩をおろしがねですり下ろし、粉末にする様子を見せた。


「このように自然の状態から調味に使うことができますが、水に溶けにくいため元来の塩よりも少々扱いに難のある代物です。しかし皆さんが腕によりをかければこれまでの料理とひけをとらない仕上がりになると信じております。是非一度お求めください」


 

 演説に衆目はざわつき、戸惑っていた。製塩ばかり利用していて馴染みがないらしい。

 駄目押しとばかりにノーマが宣伝する。


「さぁさぁお立ち会い。お値段はこれくらいの塊で小銀貨三枚、すり下ろせばひと匙あたりたったの青銅貨一枚よ。買わない手はないわ!」


 どよめきが広がっているがまだ躊躇が残っているようで購入を申し出る者はいない。


「あれだけでたった3000ゴールド……! 普通の塩とは偉い価格差だ」

「でも……海の塩じゃないのでしょう? 果たして口に合うのかしら」

「塩には変わりないんだ。あの安さなら試してもいいんじゃあないか?」

「それにこの岩塩が売り切れたら次の機会はないのかも」


 不安を払拭すべくアガトは更にもう一声。

「たとえ売り切れてもまた近日中に仕入れる予定ですのでご安心ください。ひとまず様子見でお買い上げてはいかがでしょうか」


 ようやく客が岩塩を求めて大いに賑わい出した時だった。

 人だかりを掻き分けて乱入者が声を張り上げる。



「待て待て待て待て! 何故塩を取り扱う店が開いている!? ウチの独壇場の筈だ!」

「ああ貴方もお買い求めですか、ようこそいらっしゃい」

「とぼけないでもらおうか! 貴重な塩をこんなはした額で売るとはなにを考えている!」


 想定通り、商売敵となった塩売りのガイウスが現れた。

 あちらにとっても商売に不平があるのは当然だ。需要が高まっている塩を格安で売られてしまってはたまったものではないだろう。



「せめて相場を考えて商売をしたらどうなんだ! 市場を混乱させる気かね!?」

「市場を混乱させるつもりはなかったのですが、紛らわしかったのならすみません。確かにこの町では塩が貴重である以上、従来の値段よりも遙かにつり上がるのは当然でしょうし。高級な嗜好品という言い分もわかります」

「だったら──」

「ですがそれはそちらで取り扱っている海で採れた製塩を内陸部で売りに出しているから、ですよね?」


 にこやかな顔でアガトは考えていた建前を言ってのける。



「これは本来の塩と比べれば言うまでもなく粗悪品です。自然界で採掘しただけの未加工品で偽物と言ってもいい。つまりそちらとは似て非なる商品ですから価格設定がひどく下落するのは当然の摂理ではないでしょうか?」

「そ、それは……」

「そしてきちんとその事情もお客に説明しており、納得された上で買ってくださる以上、その取引に干渉する筋合いはないと思いますよ。いやまさか、最高級で希少な塩が売れなくなるから安っぽくていくらでもあるこの岩塩を売るな……などとはさすがに言い出しませんよね?」



 ガイウスは絶句し、先日とは逆の立場に立たされたことを悟る。

 わざわざ繊細な味のために高額な塩を選ぶほど庶民というものにはこだわりがない。客層をごっそり奪われてしまったのだと。



「ああ勿論。これを入手する販路については秘密です。我々が許可を得た上での仕入れであるとだけご理解いただければと」

「……儂を相手にどこの馬の骨ともわからない商人が楯突こうというのか」

「滅相もありません。そちらとの商売の在り方が違うというだけです」



 背を向けるガイウスの姿に小気味よく思ったのかノーマが肘で小突く。

「やるじゃない」

「褒めるのは完売してから。目的はあくまで商売だよ」


 それも時間の問題だろうと、飛ぶような売れ行きを目の当たりにしたアガトはそう確信を抱いた。




「それでは、アガトさんたちの大繁盛を祝して乾杯いたしましょう」

 アガトとノーマは道中を共にした『鎧なき守護者』のパーティメンバーと打ち上げを行った。先日の食事した店を貸し切りである。



「遠慮しないでどんどん頼んでいってね。今夜は腕によりをかけるよぉ!」

「ありがとうございます女将さん」

「お礼を言うのはこっちさね。あんたたちが塩を手軽に流通してくれたおかげでウチも大助かりなんだから。バードッグ嬢ちゃんも売り子ご苦労様ね」



 塩茹でした羊の腸詰めや鴨のロースト、キノコの蒸し焼きに川魚のグリル。

 早速存分に岩塩を使ったご馳走が振る舞われ、町に浸透していく様子がありありとうかがえる。


 自分の売ったものがこうして食卓に出されることで実感が湧いた。

 実益と問題解決の両立したいい商売ができたと思う。100万ゴールドの投擲も、たやすく取り返せるだろう。



「それにしても彼に貴女が今回の件にご協力をしていたとは意外でしたねファルクス。あれほどアガトさんを目の敵にされていたのに」

「……まぁ、依頼だったからな」

「ちゃんとした食事にありつけるのもあたしが見つけ出したおかげなんだから感謝してよねー」

「お前ほとんど馬に乗ってただけだろ」

「なにを言ってるの。アンタたちだけじゃあそこにたどり着けなかったでしょ」

「どんだけうろつかされたと思っているんだ。それにあれはアガトが見つけたようなもんだし」

「ハァ? それ言ったらアンタなんて大して魔物と戦わなかったじゃない」


 ノーマとファルクスがぎゃいぎゃいと楽しく喧嘩をしているのを眺める僧侶のロザリーがクスリと笑う。彼女の目が黒い内は暴力にまで発展することはないだろう。



「ところでバードッグちゃん。キノコを残しているようですが」

「だってあんまり美味しくない」

「いけません好き嫌いをしては大きくなれません。お食べなさい」

「えーイヤよそん──」

「食べなさい」

 微笑を浮かべるロザリーの物静かな言葉であったが、それに伴う見えざる威圧感がノーマにも伝わったらしく「は、はひ……」とおとなしく従った。



 そんな乱痴気騒ぎをよそに狩人のサギタはこそこそと料理に手をつけていた。宴の席でありながら口元に巻いた緑のスカーフをかすかにめくり、その隙間から食べている。

 そこまで顔を隠したいのかな? とアガトはそっとしておくことにした。


「それにしても今回の件でガイウス商会も心境穏やかにはいられないのでしょう。アガトさんたちの岩塩はそれだけ売れていたようですし」

「ざまぁない。これからどうするんだろうな」

「こっちに対抗して塩の値段を値下げするんじゃないかしら」



 共通の嫌いな相手の話となればいがみ合う二人の息もピッタリ。ロザリーは狙って話題を振ったに違いない。



「その心配はいらないよ。価格を下げるのは難しいと思うから」

 ただでさえ高騰している塩を市場を独占するために大量に買い込み、遠路はるばるから道中に強奪されないよう護衛を雇ってこの町で売る以上、下手に安くしても赤字になりかねない。あの強気な価格設定がその根拠だ。


 反してこちらは近くの山から採掘するだけでいいので原価は非常に安上がり。薄利多売だとしても長期的な目では岩塩の方が群配があがっている。



「ただ、実は三人に頼みたいことがあるんだ。今回の塩の採れる場所と町を往来する上で護衛が必要で、信頼できる人たちに任せたいから」


 アガトが提案するのは、ニベア・モンステラ伯爵が派遣した岩塩の発掘及び輸送する道中の警護。彼女たちにうってつけの依頼である。

「男爵に口添えで抜擢させたいんだけど、どうだろう?」

 ロザリーたちは顔を見合わせた。


「……お二人は、どう思いますか」

「今請け負っている依頼はないし、稼ぎにはいいんじゃないか。オレとしては乗りかかった船だ」

「異論なし」



 ファルクスとサギタの賛同を得て彼女が頷いた。


「是非ともお引き受けさせていただきます」




「ふぃー、さすがに今夜はおなかいっぱいだわ」

「確かに一番料理を頼んでたのは君だったよね」

「いいじゃない食べ放題だったんだし。育ち盛りだもの」

 帰りの夜道を歩きながらノーマはアガトの隣で大きく伸びをした。


「それにしても町についたばかりの商売がここまで上手くいくなんて、やっぱりアンタにはツキがあるわねぇ」

「こんな風に繁盛することなんて、日銭を稼いでいた頃じゃ到底考えられなかったよ」



 今日の収益はなんと30万ゴールド。初日でこれはかなりの収支が見込める。


「これからはこの町に滞在してこの商売で生計を立てていくつもりかしら?」

「どうだろうなぁ。元は取り返しておきたいところだけれど。独り占めし続ける気はないんだ」

「そう。それならよかったわ。100億ゴールドを稼ぐのにこれぐらいの商売じゃいつまでかかるかわからないものね」

「ははは、野心ブレないなぁ」

「当然よ。あたしの臣下ならもっと金儲けしてもらうんだから」


 そんなこと言いながら売り子として働いたのだからなんともにくめない女神である。その報酬として金貨もたくさん与えた。



 そんな調子のアガトたちであったが、その気分は長くは続かなかった。

 宿泊する宿屋に戻るなり、そこの主人に呼び止められ不穏な知らせが入る。

「え……賊が入ったんですか!?」

「ああ。おたくらの部屋に入ったようでね、すまんが荷物を物色されたみたいだ」



 慌てて宿泊していた自分たちの部屋へと急ぐと、そこに広がっていた光景に二人は絶句する。

「なによ……これ」


 室内が無惨に荒らされていた。

 主人の言うとおり、置いてあった荷物が漁られ、衣類や道具が辺りに散乱している。

 硬貨の入れた皮袋の財布も見事に盗まれており、留守を狙った窃盗であるのは明白である。


 否応なく頭の中によぎったのは、報復の文字だった。

次回更新予定日9/14(月)

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