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塩探しへ



 三人は馬を二頭借りグロートの町を出発する。探索は夕暮れまで。

 魔物の遭遇はできるだけ避け、しらみ潰しに塩の匂いを辿って移動するのだ。



 沿岸沿いを練り歩き、周囲を散策しながら定期的に馬の足を止める。

「ここらへんはどう? 塩がありそうかい」

「……うーんダメ、泥や砂ばっかりで期待できそうにないわねぇ。海の近くだと潮の香りがかえって邪魔よ」

「そうか、じゃあ範囲を変えよう。森に入ろうか、泉や沼地に塩分が混ざっている可能性があるし」

「いいえ。そっちより山の方に行った方がいいかしら」

「山? なんだってそんなところに?」

「あたしのカンがそう言っているのよ」



 そういうわけで最寄りの山肌を登り、そこを重点的に探すことに。幸い危険な魔物の少ない場所のようで、大手を振って散策ができた。

 所々に新緑の木々が生い茂り、巨大な岩壁が連なるそこには海に関連するものとは無縁の景色が広がっている。

 アガトと一緒の馬にまたがっていたノーマはすんすんと鼻を鳴らして近辺を確かめる。



「……うん。ほんの僅かだけど塩の香りがするわ。この山のどこかにある筈よ」

「なぁおい、こんな調子で大丈夫かよ」


 先導する彼女の様子にファルクスはいぶかしげな視線を向けた。


「だいたい塩なんて単体で匂いがあるもんでもないし、こうも離れたところでわかるのか」

「正直ボクも半信半疑でね」

「はいそこー! 言い出しっぺが口にする台詞じゃない!」


 目を三角にして抗議する女神の少女だったが、その意気込みとは裏腹に探索は難航を極めていた。麓から山頂までくまなく調べて回るも、ノーマの嗅覚には正確な位置を割り出せず空振りに終わる。


 昼になるほどの時間が経ち、一行は山の中腹にあった湖で一休みすることにした。

 ポカポカ陽気とのどかな景色が相まってピクニックでも催していると勘違いしそうになる。


「そんな簡単に見つからないとは思っていたけれど、これは大分かかりそうだ。悠長にはしていられないのになぁ」

「そうは言っても腹が減っては戦ができないわ。長時間馬に乗っているとお尻だって結構つらいのよ」



 サンドイッチをむしゃむしゃと口に運びながらノーマは言う。実質馬に乗っていただけで特に動いていないのによく食べる。



「そもそも、塩場っていうのは探して簡単に見つかるものなのか」

「動物たちだって塩が必要になる。たとえば草食動物は塩舐め場から。肉を食う獣は草食動物の血肉で摂取する。本当なら鹿や山羊の後を追って見つけるのが正攻法だけれど、魔物と遭遇するリスクも高まるからそれは避けたい」

「だが、そっちの方が合理的だろ? そいつの鼻はいまいちアテにならん」

「なんですって~、護衛としてちっとも仕事してない癖にデカイ口叩いてんじゃないわよ。無駄に鍛えたデカ女戦士~、その腹筋カチカチで男からも恋愛対象からバイバイされてるんじゃないのぉ?」

「このクソガキ!」



 二人の売り言葉に買い言葉の有り様を眺めてアガトは息をついた。

 この山のどこかには確かにある筈だという彼女の主張は変わらない。

 しかしこのまま目星のないままうろついていてもいたずらに時間だけが過ぎていく。どうしたものかと考えていると、


(待てよ? これだけ歩き回っても見つけられないのって運が悪いからなのか?)

 そこで、思い込みに引っかかる。


(たとえば山のどこかにあるって言っても……表面(・・)だけしか確かめていないから?)

 そうだ。普通なら山を歩き通して地表に出土しているかどうかを決めるのが関の山だ。

 それに土の女神自慢の嗅覚はこれまでの探索から察するに、頂上に登って山の全域に塩があるかどうかを確かめられるほど精度は高くない。せいぜい近辺で把握できるかどうかだろう。


 もしかすれば、地中に埋没されている可能性も十分に考えられる。それなら見つからないわけだ。


 故に内部までを調べ上げた者など皆無だろうし、そこまでの労力と時間、人材やコストをかけようがない。

 それを覆す唯一の手段があった。


(一か八かの賭けに出てみようか……)


 懐にあったノーマに預けていない残りの金貨を交互に見やる。


「あのさ、提案があるんだけど」

 呑気にいがみ合う二人に向けてアガトは声をかける。


 立ちふさがる断崖にまで移動し、行き止まりになった。

 アガトの意図が分からず二人は困惑を深める。

「まさかこんな崖の上にあるとでも言わないだろうな」

「さすがにあたしは登れないわよ」

「そうじゃないよ。この辺が開通させるのにちょうどいいかなって?」


 開通? と疑問符を浮かべるファルクスと息を止めたノーマ。

 アガトは意を決して大金貨を一枚取り出す。


「ちょっと離れててね。土砂崩れが起こるかもしれないから」

「……アンタまさか──」

「【ゴルトス】!」


 ノーマが制止するよりも早く腕を振り上げて硬貨を投擲。光弾となったそれが、山を標的に穿った。

 100万ゴールド相当を用いた【ゴルトス】によって爆発が巻き起こり、斜面からごっそりと丸い大穴を開ける。


 その光景に女戦士は開いた口が塞がらず、舞い上がった土煙が落ち着くのを見てようやく感想を漏らした。


「……なんて、威力だ。グリフォンをやったのもこの魔法なんだな」

「褒めるとこじゃないわよなんつー無駄遣いしてくれてんのよバカァ! 大金貨使ったんでしょ!? 今溶けたのは100万ゴールドよ100万ゴールド! わかってんの!?」

「ヒャ、ヒャクマンゴールドォ!?」


 ノーマはヒステリックに騒ぎ、対価を知ったファルクスの声が裏変える。



 崩落が起こることもなくきれいにくり抜かれ、洞窟になったそこへアガトは足を踏み入れ、安全を確認。


「よし、大丈夫そうだ。これで内部を探せるよ」

「聞きなさいよ!? これでアテがはずれていたらどうすんの!」

「その時はまた別のところでトライするだけさ。鉱山で言う資源調査や発掘の費用、人材、時間を考えれば安いと思う。手持ちの分が足りなくなくなったら預けていた分戻してくれ」

「そんなに使うつもり!? ダメダメダメ! あたしの金を無駄遣いし──」


 問答の途中でノーマはピタリと動きを止めた。


「バードッグ?」

「……匂いが強くなったわ」

「じゃあ当たりってことだね」

「行くわよ!」

「待った。今灯りを用意するから」


 女神のはやる気持ちを諫めながら慎重にアガトたちはできたての洞窟へと入った。


【ゴルトス】が掘削した洞窟の長さは恐らく数百メートルにも及び、破壊力を物語っていた。この威力を《柱の悪魔》であるグシオンでさえも一撃で倒れたのは無理もない。


 暗がりを照らすと内部で幾重もの地層が露わとなっており、色の濃淡が変わっているのが見受けられ、途中でピンクがかった白い鉱床が姿を見せる。


 そこを示唆するとノーマは頷いた。

 壁壁を軽くナイフで削り、恐る恐る舐めてみる。

 まろやかな塩辛さを感じて確信を得た。


「岩塩だ。間違いない」

「これ全部がそうだとしたら大勢で掘り出す価値がありそうね!」

「ああ。町のみんなが知ったら喜ぶだろう」

「お前たち、本当に何者だ?」



 喜びが冷めやらぬまま、ファルクスが疑問を投げかけた。

「こんな大きなトンネルをあっという間に作ったり、本当に匂いで塩を探し当てたり、ただの商人とその妹だけでできる芸当じゃないぞ」

「ファルクス……」

「いや咎めたいわけじゃないから身構えるな。純粋な好奇心だ。こんな解決案想像しなかったし、実現したこともにわかに信じられなくてな。それ以上踏み込まれたくないなら追求はやめる」


 頬をかき、おもむろに女戦士は頭に巻いていた黒いバンドをとった。

 額には左右に小さなこぶのような角が隆起していて、三角に尖った耳が露わとなる。


「君は、オーガ族……?」

「半分はな」

 ファルクスは披露を終えてヘッドバンドを被り直す。公の場では素性を隠しているらしい。


「オレは冒険者だった人間の親父とオーガの母親から生まれた。並の人間の男ぐらいの腕っ節はあっても鬼としては非力な半端モンだよ。オレが女だって甘く見やがる奴と軟弱な癖にヘラヘラしている男が気に入らなかった」


 それでユースティアと一緒に行動していたにもかかわらず、それに見合わないアガトの存在が鼻について仕方がなかったと。



「でもお前は違った。オレたちじゃ到底勝ち目がなかった魔物を一撃で仕留めた。本当は町に現れた《柱の悪魔》を倒したのはアガトなんだろ?」

「……」

「最初は悔しかった。でも大金を犠牲にしていたなんて知らなかった。生活を稼ぐ為に冒険者を生業としている奴等にとって金は命綱同然。それを払ってまで戦っていたんだからな。だからその……悪かったな。詫びと言っちゃなんだが今後はなにか手伝えることがあるなら言ってくれ」

「えっ今なんでもって言った?」

「言ってねぇっ」


 食い気味に口を挟んだノーマの案はさすがに却下された。

「護衛、引き続き頼むよ」


 アガトの差し出した手にファルクスは応じ、本当の意味で和解を為した。




※次回更新予定日9/12(土)

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