ミートローフと説得
騒動が一段落したところで、アガトは宿を探しに動いた。
ひとまず二人部屋を借り、数日の生活拠点を確保。
「で、いいのアガト? あの鎌女放っておいて」
「彼女と結託して悪徳商人を懲らしめろっていうのかい? 普通に考えてメリットがなさすぎる」
「それは、そうだけど」
「根本的な解決方法を考えた方が健全だよ。そこまでする義理はある?」
「あんた結構ドライね……だったら」
備え付けのベッドに倒れ、足をバタバタさせたノーマがうんうん唸る。
それから間もなくなにかを思いついた様子で身体を起こした。
「塩をあたしたちで流通させてみるというのはどうかしら? 売り手は多い方が町の人も助かるでしょう? そしてアンタが儲かりあたしは献金が増える。そうよ! それがいいわ!」
「まずどうやって塩を手に入れるんだ? 既存の販路は全部抑えられているし、取引の伝手もない。ましてやパイの食い合いになるんだ。ただ安値で売るのはトラブルになるだろう」
「え、えーと、そういうのもひっくるめて商機を探すのが商人ってもんじゃないの?」
「つまりは丸投げってことか」
「なによー、せっかく提案してあげたのに」
唇を尖らせた女神だったが、実際その意見も一理あった。
需要は飛び抜けて高く、商機として申し分のない話である。
ただ、肝心なのはガイウス以外の競合相手となる商人がいないということとあれだけ強気な価格設定が、現状塩の売買が独壇場であるから許されているというのは目に見えていた。
最寄りに塩を買い付けられる販路がないのなら、あとは更に遠くから塩を確保するなり自力で手に入れるしかない。だが、作ると言っても海水を汲み上げてはるばるこの町まで運んで技術もないのに大量生産だなんて無謀もいいところだろう。
少し時間を置こう、と塩の流通について思考を中断した。解決のアイディアをすぐには求めずに寝かせておくと、なにげないところでひらめくということをアガトは何度か経験している。
「ていうか、そろそろ残りの金貨もあたしに預けなさいよ。いつまで出し渋ってんの」
「ダメ。これは保険だ」
「保険?」
「金貨を渡しきったボクにもう用はないと食い逃げされたらたまったものじゃないからね。君がきちんといい子にしていたら分けてあげるよ」
「そんな意地汚い真似するわけないじゃない不敬よ。あたしを誰だと思っているの。全く疑り深いわね」
なんて荷台に忍び込んで他人の金銭を盗み食いした女神が平たい胸を張って言ってのける。
「そうだ。もう日も暮れているし夕飯でも作ろうか」
はぐらかしつつ、とりあえず機嫌を直して貰うためにも存分に腕を奮おう。
「あたしキノコが嫌いなんでそこんとこよろしくぅ」
「……そうだ、昼間のステーキ、いまいちだったかい?」
「それがなによ?」
「ちょっと待っててね。この宿にちょうどオーブンがあるから」
アガトは市場で買っていた合い挽き肉にみじん切りのタマネギ、卵やコショウに香辛料、手持ちの塩と一緒に練り混ぜる。そこに隠し味のマッシュルームも細かく刻んで加えた。
好き嫌いはよくないし、気付かないのならそれでよし。
長方形に成形した塊をオーブンで焼き、端から切り分けていく。
「ミートローフだよ。冷めない内にどうぞ」
「四角いハンバーグみたいね」
早速ノーマは昼間の肉料理のリベンジに入った。
モゴモゴとほおばる彼女の頬にたちまち赤みがかかり、目を輝かせる。
「──んんぅ~……悪くないわね。アンタ、こっちの腕で食っていけるんじゃない?」
「本家には遠く及ばないよ。こんな出来合いで大袈裟だな。神様だって言うならもっと美味しい料理を食べているんじゃないの?」
ピタリと、ノーマの動きが固まった。
「……」
「ノーマ?」
「神殿に料理はない。あるのは食べ物だけ」
「どういう、ことだい?」
「肉は焼かない野菜は茹でないチーズはそのまま。神殿じゃお供えされたものしか味わえないのよ! 腐らないこと前提だから調理して堪能できる料理なんてありゃしない! ただのパンと飲めないワインと干し肉とか生野菜とか毎日毎日毎日毎日そういうものばっかり! だから余計あそこはうんざりなの!」
「……そ、それで色んなものを食べるわけか。まぁ、これぐらいのもので喜んでくれるならいいや」
アガトもパーティ離脱後、資金が貯まるまで安定した収入を得ようと別の仕事を探して色んな職人に頭を下げて頼み込んだことがある。
料理、陶芸、服飾、鍛冶……残念ながらどれもが適正を見受けられず、中途半端に終わってしまった。結局冒険者業で日銭を稼ぐことになっていたのである。
あの鬱屈とした暮らしとは違って懐に余裕のある今ならば存分に商売を
始められる。パーティにも属していないので誰にも迷惑をかけずに自由気ままだ。
食事を終えて一息吐きながらアガトはおもむろに地図を開く。そして、内陸部であるこの近辺をじっくりと眺めた。
ふと、おかわりに入ったノーマが食べているミートローフを見やり「塩が入るとあんなに反応が違うのか」と感心していると、
自分で作ったものと塩の味つけという部分にひっかかりを覚える。そして地図と正方形に切り分けたそれを交互に見やった。
もっと早く気付くべきだった。こんな単純なことを見落としていた自分を恨む。
「ノーマ。君は土の女神と名乗っていたよね?」
「そうよ、地母神と言ったでしょう。土のことならあたしに任せなさい」
「じゃあ地質についても分かったりするのかい」
「地質?」
質問の意図を図りかねた彼女は小首を傾げた。
†
翌日、アガトたちは酒場にいたファルクスに声をかける。
町の外へ繰り出す際に、護衛になってもらうためだ。
「……お前ほどの実力があれば、護衛なんて必要ないだろ」
「そんなことない。手伝って欲しいんだ」
「他を当たれ、どうせオレなんかがいたって……」
昨日の一件が堪えたのか以前と打って変わって覇気がない。
「平気よ、別に率先して魔物を狩るわけでもないし最低限の護衛ができれば十分だもの。あたしたちを知っているから雇うだけ。それとも此処でくさっていたいのかしら」
「こらバードッグ」
「同行者が欲しいのよ。町の問題を解決したいんでしょ?」
ノーマは得意げに鼻を鳴らす。今回はこの幼い女神の力を借りることになるだろう。
『鎧無き守護者』のサギタとロザリーの二人が支援系の職であるのを鑑みるに、前衛であるこの女戦士の力を借りたかった。そして、騒動にいち早く首を突っ込んでいるからこその抜擢である。
「この件から手を引けって言っただろうが」
「それはガイウスの商売に関して、でしょ。あたしたちはあくまで塩を手に入れて客に優しい商売をすること。そのついでに奴等へ一泡吹かせてやりましょうよ」
「……解決できるのか?」
「まだ確証はないけれど。でも直接ガイウス商会を叩くよりは遙かにやる価値があると思っているよ」
「詳しく聞かせろ」
「いいかい」
テーブル席に地図を広げてアガトは説明を始めた。
「この地域は元々、海の中にあった場所なんだ。度重なる地殻変動で地上へと長い年月をかけて隆起したんだろう」
「なんでそんなことがわかる?」
「それは大昔の地図と現代の地図を比較してみたからさ。僅かながらだけど、明らかに地形が変わっていたんだ。それで今も陸地が広がっていると推察した」
よってアガトが求めているのはその過程で地上に残った海の塩である。
「自然界では塩場という場所がいくつかある。泉のように湧き出て野生の動物が舐めにきたり、地層の下に埋まっていたりと様々な状態で存在しているんだ。そこを探して新たな塩の供給源にできれば、高い製塩を買い付ける必要はなくなるんじゃないかい?」
「簡単に言うが、どうやって見つける。アテでもあるのか?」
「そこはこの子の力を借りる」
傍らにいたノーマが自信ありげに鼻を鳴らした。
「バードッグには高い土の魔力適正があって、周辺にある金属や鉱石のことを匂いで判別する力があるんだ。塩もまた鉱物の一種で近くにあればわかるらしい」
「大船に乗ったつもりで任せなさい。ちゃっちゃと見つけてやるわよ」
「……事情はよくわかった」
土の女神として由来する力であるということは伏せた上での説明であったが、そこについては無事触れられずに済んだ。
「しかし、何故そこまでする。そんな義理はないだろう」
「そこに儲けがあるからさ」
言うまでもなく利他的ではなく利己的な行動だ。もしも高価な塩に代替しうるものが手に入れば間違いなく売れる。
そしていち個人の調査であれば収穫がなくとも損失は限りなく少なくしがらみもない。フットワークの軽さも発起できる理由のひとつだろう。
「でも、みんなが困っていることの助けにもなるとも思っている。言ったと思うけれど商人は利で動く。だから相互利益こそ理想の取引だとボクは思うんだ」
「……」
「協力してくれ、ファルクス。義理はないのはボクだけじゃないだろう。君だってそうじゃないか。町の人が困っていることにあぐらを掻いていたガイウスを怒る筋合いなんてなかったのに君は憤った。それは他人想いの裏返しだ」
テーブル席で顔を俯いていた彼女が、少しの間を置いて立ち上がった。
「タダ働きはしないぞ」
「前払いだっていいさ」
交渉成立の握手を交わし、アガトとノーマ、そして大鎌使いのファルクスは行動を開始した。
次回更新予定日9/11(金)




