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プロローグ


「……除名、だって?」

「そうだよアガト、貴方には私のパーティから抜けて貰う」

 討伐の依頼を達成し、デュカットの村にある酒場で夕刻にしては一足早い祝勝の宴が一段落を終えた矢先のことである。

《柱の悪魔》討伐を専門とするパーティ『銀葬の剣』からそんな発表を受けた。



 商人職のアガトのつぶやいた言葉は、店内で漂う葉巻の煙と一緒に消えていく。

 ボサボサの茶髪にターバン。体格はやせぎすで撫で肩。野暮ったいトンボ眼鏡といった冴えない風体だ。



 それを聞き取った同じ席の少女は物静かに頷く。胸当てや手甲といった装備をしており、パーティの代名詞とも呼ぶべき銀色の剣を帯刀している。

 鮮烈な赤い長髪を後ろで束ね、凛とした顔立ちに収まった灰色の瞳が強い決意を秘めている。


 剣士職のユースティアはアガトの幼なじみであり、故郷の村を旅立ってからずっと冒険していた仲だ。

 彼女は村に封印されていた聖剣アンドラスを手にし、これまで幾多の怪物を討伐してきた。『聖剣のユースティア』として冒険者たちの中でも一目を置かれる女剣士である。



「本当は分かっている筈。これ以上アガトが私たちの闘いに参加するのには限界だってこと。今日の《柱の悪魔》を倒した時だって、背後に控えるだけでなにもできなかったでしょう?」

「それは……」

「実際足手まといだったよなー」



 言いよどむアガトを追撃するように、同席していた猫耳を生やした小柄な少女が頭の上で腕を組み口を挟む。

 頬には橙色のラインが数本あり、瞳の奥で獣の瞳孔が走っている。

 露出の多い縞柄の毛皮を身にまとい、椅子の後ろで愛用している身の丈ほどもある大斧を壁に立て掛けてあった。



 戦士職のティグ。見かけ通り獣人の彼女は道中で加入した仲間であった。

 性格は奔放で豪快。細腕からは考えられない膂力を誇り、大の男数人による腕相撲にも勝ったこともある力自慢の少女。

 だが、ユースティアの言い分に大いに賛同して庇う気配はない。



「だって階級差がパーティの中でもアガトだけかけ離れているし、実力も低い。たとえウチが三段階分降格した実力でも負ける気がしないよ? 弱い奴が食われる世界なんだから非力なのを恨むしかないんじゃないのー」

「ティグさん、こういう時はもっと柔らかく伝えるものですよ」



『銀葬の剣』のメンバーは更にもう一人。白の法衣に身を包んだ黒髪の美青年がいさめる。

 魔術士職のサーダン。同じく旅をしていて途中でパーティーに参加した謎の多い物腰柔らかな美丈夫の男である。彼の魔法の腕は並の冒険者とは比べものにならない。



 職業階級の格付けでDランクのアガト以外の全員は既にBランクに達しており、ユースティアに至っては今回の功績でAランクへと繰り上がっている。



「とはいえ、アガトさんが職業柄戦力として向いていないとはいえ、現状荷物持ちほどにしか期待できないのは残念ながら事実です」



 大概の商人職の冒険者はランクを上げていくにあたって戦地から足を洗うか別の職に切り替える。

 というのもアガトの務める職業というのは戦闘面に関して役に立つ面は少ない。覚えられる魔法は物の真贋・価値を見定める【鑑定】や頭の中で数字の計算を正確に導き出す【演算】といったもの。


 極めて非戦闘職と言ってもいいだろう。冒険者としては殆ど支援を担うのである。


「ぶっちゃけ戦闘になると邪魔じゃん? 庇わなくちゃならないし」

「だからそういう言い方はやめましょう。アガトさんなりに頑張っていたのですから。ただ、彼の現状を鑑みるに今後の戦闘では厳しくなるというだけで、彼に非はありませんよ」


 ティグとサーダンの追い打ち。

 三人を前にすれば商人としての実力は雲泥の差と言っても過言ではない。それはアガト自身も痛いほど分かりきっていた筈だった。

 だがこうして突きつけられると、胃に鉛が落ちるような気分だ。



 どうにか折衷案はないのかと、懸命に頭を働かせて言葉をつむぐ。


「それでも、ボクは戦闘面以外で旅の役に立てていた筈だよ。モンスターの素材や魔石が高く売れやすくなったり、武具やポーションに生活必需品といった出費を抑えられた。冒険者にとって金銭面の管理は重要なことだ」


 そうだ。人には得手不得手があり、自分なりにできることはある筈だと言い聞かせる。


「これからだって倹約といった間接的な支援で貢献していくよ。足手まといにならないように努力もする。検討してくれないかな?」

「たしかにアガトの職業の恩恵で金策に困らずに旅を続けることができた。商人職は駆け出しパーティには重宝される」


 けど、とユースティアの言い分はにべもない。


「私たち、デナリウス王国からお声が掛かったの」

「……え?」

「功績を認められてお抱え冒険者として支援してくれる話を先日取り付けた、勿論私たち三人(・・)が、ね。全員、その申し出を受けることにしたよ」


 ユースティア、ティグ、サーダンのことでありそこにはアガトが含まれない。そんな知らせも今初めて知った。


「従来の依頼よりも多額の報酬を約束してくれて、出費についての問題は今後悩む必要がなくなった。王国の支援がある中で貴方が役に立つことは他にある?」



 言って食卓の上に羊皮紙を滑らせる。そこにはこのパーティの活躍を称え、援助を申し出る内容の文面が記されていた。

 食い下がったアガトを黙らせるのには十分な材料である。



「ボクはお役御免というわけ、か」

「その通り」


 硬い声で彼女は肯定した。

 合理的で極めて事務的な除名通告。ついてこられないなら置いていく他にない。冒険者は傷の舐め合いで生きていける世界ではないのだ。


 だとしても物心ついた時から村でともに育ち、数年の旅もずっと一緒に行動していた幼なじみから言われるのは堪えた。

 昔はあんなに明るくて優しくて、よく笑っていたというのに。魔物や悪魔との闘いを経るごとに、擦り切れてしまったのか全く笑顔を見せなくなり、別人のように変わってしまった。

 その違いをまざまざと見せつけられたことも、ショックだったのかもしれない。



「もちろんこのままタダで引き下がって、とは言わない。これは手切れ金よ、デナリウス王国が出資してくれた」

 そうしてユースティアが置いたのは、一枚の小綺麗な金貨だった。


 この大金貨は100万ゴールドの値打ちがあり、まず一年は働かずとも暮らせるほどの大金である。


「此処からは互いに別行動を取るべきと思ったの。私たちはより多くの魔物や悪魔を狩り、アガトは商人としての本業に励むべきだと思う」

「そう、だね。君の言うとおりだ。ちょうど頃合いなのかもしれない」

 反論も思いつかず、アガトは了承を示す。


「これを元手にこの近辺で商売を始めるのも悪くないかも」

「同意と判断していいかしら」

「……うん。ボクはパーティを抜けます。お世話になりました」

「納得して貰えてよかった。これから王国から迎えの馬車がくる。此処でお別れです。商いの成功を祈っているわ」

「ユースティア」


 話を切り上げる様子で彼女が席を立つ。最後にアガトは呼び止めた。


「……」

「今まで、あり……」


 こちらが言い切る前に酒場を立ち去っていった。ティグとサーダンもそれに続く。



「じゃ、そんなわけでお達者で。せいぜい元気で商売してなよ」

「お見送りは大丈夫ですよ? 今の心境を察するに彼女と顔合わせしにくいことでしょう。わたしがよろしく伝えておきます」

「……うん、元気で」



 二人も別れの挨拶を交わして酒場を出ていく。

 あまりにもあっさりとした縁の切れ目に、胸中の整理がつかない。


 取り残されたアガトの視線は、煌めく大金貨を見つめたまましばらく動くことはなかった。





午後更新致します

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