7話 思ったよりは
「こんにちは」
「おう、エリスちゃん! 丁度良い!」
当たり障り無い極々平凡な挨拶を行うとエドガーおじさんが笑顔で出迎えた。実際、私に用もあったようだから手間が省けてうれしいのだろう。
そんな中、厨房の奥では幼馴染が神妙な顔で並べられている大鍋を交互にせっせとそして慎重にかき回していた。
その隣には二人と同じ割烹着姿の黒髪が、強い違和感を放ちながら抱えて持ち切れないほどの野菜を包丁で『トトトトトトト』音を共に刻んでいる。
はたから見れば乱雑に見えるそぶりであるが、よくよく見るとそれらは正確にいや、精密に切り出されている事がわかった。
・・・・・・あれ?
・・・・・・あの人給仕の講習を受けていたはずでは?
イヤイヤイヤ・・・・・・なんで厨房で働いている?
というか、何故この親子はいかにも当然と言った感じで作業しているのか。絶対これは追加で手配したという訳じゃない。
おかしいでしょ? おかしいよね?
どこの誰ともわからないギルドの――いやまぁ、コックとして雇ってるならまだしも、給仕のしかも気温を無視したかのようなコート姿の怪しい人物を厨房に入れる? 今は脱いでるみたいだけどさ!
そもそもなんでこの二人しか雇えていないもとい雇っていないのかは知っているはずなのだけど。
身内で開く拙く小さなパーティ。飾り気の無いこの集まりで、せめて料理において間違いの無いよう万全かつ安心第一の人選だったと言うのに。
とにかく、どういった経緯でこの状態になったのか把握しなければ。
私は二人に労いの言葉をかけることを忘れて問題の解決を優先しエドガーおじさんに問いかけようと――。
「早速で悪いんだが厨房に一人追加したいんだがいいかな? あぁ、エドには『見つかった』と伝えておいてくれ! こなせなくは無いが二人で回すとなると雑になっちまいそうでね!」
「あ、はいわかりまし――じゃなくて!」
エドガーおじさんが忙しそうに勢いづけて私に了承と伝言を頼んでくる。
あまりの勢いについつい飲まれてきびすを返しそうになってしまった。が、私は一寸停止し、息を整えて冷静になるように勤め・・・・・・。
「いえ、あの・・・・・・何故彼が厨房にいるのですか? 今はフィリップの講習を受けているはずですが」
ノリ突っ込みのような返答をしたことに羞恥を覚えつつもエドガーおじさんに問いかけた。
「あぁ、給仕組みは出来よくて早めの休憩中だよ。どうやら参加リストに手違いがあったらしくてね。急遽量を増やさなくちゃならなくなった。おまけにその飛び入り者が注文まで付けてきてね。飯は出すが料亭じゃない、が、可能な限りこたえてやりたい」
ちょっ――急にそんなのって・・・・・・。そもそもどれだけ図々しいのかその人物は。
「フィリップに人手が足りんとこぼしたらアイツが派遣されてね、安心してくれエリスちゃん。アイツ、有効地区外とはいえ食品衛生責任者の資格まで持ってやがるから中毒も心配ないだろう。腕もまぁまぁだ。それに念のため簡単なやつしか任せてねぇ」
私の様子を気に留める様子など無くエドガーおじさんは問題の人物に視線を向けながら答えた。
自身のことでもないのに得意げな様子で説明するエドガーおじさんを不思議にもいながらも視線の先にいる黒髪の人物に感心した。
――意外とちゃんとした人物なのだなぁ、と。
本人はこちらを気にした様子は無く見事な包丁捌きで大型の野菜を黙々と――いや、聴いたことも無いアップテンポのメロディーを鼻歌で小さく歌いながら解体を始めていた。
その様子は包丁を指でクルクルと回している様子が幻視できそうなほどに楽しそうだ。
あ、訂正。今、実際にくるって回した。手慣れていたけど危ないと思った私は間違ってないと思う。
まぁ、とにかくおじさんがあそこまで押すのだから大丈夫だろう。判断を下したのがフィリップなら尚更だ。
しかし・・・・・・しかしだ。
「難しいと思います。父には伝えてみますが許可できない可能性もあります。給仕も足りていませんので。もし駄目なら緊急で当日のみ手配するかもしれませんが」
私の答えにエドガーおじさんは肩を若干落としながら。
「そうか・・・・・・。だが、無理なら追加はとらないでくれないか。この時期じゃ急に集めてもまともな奴は皆採られていそうだからね。一応そこらへんもよろしく伝えておいてくれ」
と言った。
私が「はい」と返すとエドガーおじさんは「おぅし!」という掛け声と共に厨房にもどっていく。
う〜ん、気迫が伝わってくる。今まさに歴戦の戦士が戦地に向かっていったのだ。我が身を投げ打ってまで任務を全うするために。
・・・・・・うん。もうなぜこんなギリギリの定員で雇ったのかな? 予期せぬこととはいえ数週間前の私に小一時間問いただしたい。
くそぅ、警備員を追加したこと以外は昨年と同じだったから油断してしまった・・・・・・。
・・・・・・とにかく!
父に言伝だ。
謝罪はそのあとたっぷりとすることにしよう。
「そのことか。一応フィリップからも話は聞いた。エドには悪いが稼業外にジェノスくんが残れない限り無理だろう。・・・・・・当日は場合によるな。往復してもらうことになるかもしれん」
警備員のほうも一段落ついたようだ。一塊になって雑談、――もしくは割り振りをしている。いや、そもそもそれほど講習が必要なのかと言う疑問があるけれど。警備にも色々あるのかもしれない。
しかし、今更だけどその『エド』という愛称はお互いどうだろう? あんたも『エド(ワード)』だろうに。
まぁ、それはともかくとして流石はフィリップ! すでに話を通してあるとは。
「やっぱりそうなるよね。それよりも、彼・・・・・・ジェノスさんだっけ? 一時的とはいっても厨房なんか任せていいの?」
「問題ない」
そう言うと父は私に一冊のファイルを開いて見せる。
しかし、実に力強い返答だ。
ふむ・・・・・・なになに? ジェノス・バーランドっと・・・・・・。
へぇ〜減点0か。多分すごいのかな? 職業履歴はどれが何かはわからないけど幅広く活動しているようだ。
「ここだ」
父が活動履歴の一箇所を指差す。
・・・・・・字が細かい上に風でなびいて見辛い。私は目を凝らしながら読んだ。
えっと、なになに?
飲食店『熊の食卓』。契約内容、調理補助3週間。※雇用3日後契約変更、調理補助から厨房へ・・・・・・。
「なるほど。経験者ってわけね? でも・・・・・・調理に携わってるのはコレだけみたいよ?」
「そうだが、『熊の食卓』聞いたことないか?」
いや、全然わかんない。聞いたことはあるし、山のような書類の中でも見かけたから契約してることも知ってはいる。けどそれだけじゃわからない。
「契約してるのは知っているけど、他はさっぱり」
私はお手上げのポーズ。
すると父はあごに手を当て考えるポーズ。
そしてその二人とも時が停止したかのように数秒、時は流れる。
・・・・・・なんだこの二人? 自分で言うのもなんだけどさ。
警備員の集団のうち、数人がこっちを怪訝そうに見ている。
コッチミンナ! 恥ずかしいから!
いい加減説明を要求しようと思い両腕を下ろすと父がようやく言葉を発した。
「まぁ、十分だ。我々がその店主と契約結んだ日付が彼の契約期間と重なるのだよ。当日ご馳走になったが中々の味だったぞ」
イヤイヤイヤ・・・・・・。
「そんな契約する一店一店の、しかも日付まで覚えられないから」
大体それ以前に。
「彼がそれに携わっていたとは限らないんじゃないの?」
「おぉ」
父は、ポンと右手で左手のひらを叩く。うん、納得のポーズだ。
――何を考えてるのだろうかこの中年は。
私はさぞかし呆れた目で父を見ていることだろう。何せ体から力が抜けているのを自覚できるくらいなのだから。
私から光線を放つくらいの意気込みで送る白い視線を受けながらも父はにやりと笑う。
「冗談だ。そんな目で見るな。フィリップもその場にいたからな。OKを出したということは知っていたということだろうよ。そう言えばちょうど半年ほど前の話になるのか」
なるほどね、あの悪夢とも呼べる書類地獄の4日間のときね。でも、その冗談は面白くないと思うよ。
心の中でつぶやく。口には出さない、どうせ軽くスルーされるだけだし、父さんことだからわかっていながら言ってそうだ。ムキになって返すのならばそれなりに会話も楽しめるのだろうけど。
まぁしかし、それならまぁ納得だ。私はため息をつきながらいくつか今後の確認をとると、再び厨房に向かうのだった。
話が中々進行しない・・・