3話 黒髪の
自称、三人称形式でお届けします。
「ふ〜・・・・・・日が暮れる前につけた」
大通りの真ん中にこげ茶色の黒味のかかったコート姿にフードをかぶった人物が立ち止る。そして、右腕の袖で額の汗をぬぐうような動作をすると疲れを含みながらも楽しそうに呟いた。
数多の足音、呼び込み、会話の中では独り言など目立つわけもなく、その澄んだどこか幼さの残る声は気がつかれること無く喧噪のなかに溶け込んでいった。
その人物は特別、大柄と言うわけではなかった。だが、通行人が多い大通りで立ち止まっているために、周りの人々は避けながら、時には迷惑そうな視線を向けつつ通行していく。
その迷惑にも立ち止まっている人物は、そんな事には気にとどめる様子は無く、すっぽりとかぶっていたフードをとり、周囲の景色を仰ぐように顔を上げ、まるで美術館に陳列された作品を眺めるかのようにじっくりと見渡し、楽しんでいた。
空を赤く染め、まもなく日が落ちるはじめる。しかし、そんな様子とは裏腹に大通りは旅客、商人、町人でにぎやかに、むしろいっそう活気増し始めていた。
夕日によって赤く染まったレンガ造りの町並みや、大いに賑わいを見せている大通りの露店の様子は素朴さ温かさと共に十分な活気を主張している。時折、路地裏から暗さと粗雑さが見え隠れしていたが、そんな印象を吹き飛ばすほどに華やかだ。
ケンペルク王国、セイル、発展途上国でありながらも大国に囲まれその国々の流通の中心のとなっている。また、共通貨幣と国家通貨との換金税が安いためか世界でも有数の交易都市だ。そのため、大通りには商人や旅行者が多く様々な服装、人種であふれかえっていた。
町民や通行人たち、または露店商人たちの、茶髪や赤みがかかった茶髪、または金や銀、緑に赤、青といった明るい頭髪で街の大通りは華やかに彩られている。しかし、相変わらず立ち往生している人物の漆黒の頭髪はぽんと浮かび、強い存在感を放っていた。
また、フードを取ることによりあらわになった人物は中性的で整った、それでいて幼さを感じさせる顔立ちをしており、さらに黒い瞳は頭髪同様に漆黒といえるほどに濃い黒でよりいっそう強い印象を与えた。
数分ほど経ち、黒髪の若者はその場の風景には満足したように大きく息を吐き出すと大通りの中央を歩き出した。しかし、時折楽しそうに周囲を見回しては、立ち止まりと言う行為を繰り返しながら。
若者は大通りを目移りしながらしばらく進んだ後、宿舎が集まる路地に入り、別段選んだふうもなく、この都市では珍しくもない三階建てのレンガ造りの一軒の宿の前に立ち止まる。
そして、玄関の上に掲げられている木と鳥の彫刻を見上げるように眺めながら懐を確認すると、静かにドアを開いた。
「ごめんくださ〜い」
ドアを開けるとチリンという小さくも響く金属音が鳴る。その音か若者の声を聞きつけたのか奥から「あいよー」という返事とともに年が40半ばくらいの男性が陽気で人懐っこい笑みを浮かべながら現れた。
「お客さんかな?」
「7日ほど泊まりたいのですが、予約なしで大丈夫ですか?」
男が問いかけると、若者が答える。
その返答を聞くと、男は柔和な笑みをより深める。
「大丈夫、大丈夫。部屋は空いているから料金さえ払ってくれればいくらでも泊まっていってくれてかまわないよ」
そして、男は笑いながらカウンターから名簿とペンを出しながら黒髪の若者に言った。
「よかった」
「しかし、ここ3日ほどはこちらの事情で食事が出せないんだがいいかな?」
「わかりました。4日以降はでるんですか?」
「そこは任せてくれ。んじゃ注意事項をよく読んで、滞在日数と人数、名前をこれに書いてくれ」
若者が「ハイ」と笑みを浮かべながら返事し、ペンを受け取りすらすらと名簿に事項を記入した。
「おし、7日間でお一人、ジェノス・バーランドさん・・・・・・っとたいしたことはないが注意事項を念のため説明するぞ。 出入りは朝6時から夜12時まで、門限を過ぎるときはあらかじめ私に連絡すること、繰り返すが食事は今日を含む3日間は用意しないから各自で取るように。まぁ、故意過失のみられる物品の損傷は弁償――あっと・・・・・・ジェノスさん。先に7日分の部屋代を払ってもらうけどいいかな?」
「わかりました。・・・・・・いくらでしょうか?」
ジェノスと呼ばれた若者は懐から革でできた財布を取り出しながら言った。
「1800レンスだ」
「・・・・・・安いですね。えっと、なんかこう――変なのがでるってことは?」
ジェノスは驚き財布から言い値の金額を取り出しながらもいくらか疑惑を含んだ眼を男に向けて言うと、その視線を向けられた男はおどけながらも、若干申し訳なさそうにその視線に対し言葉を返した。
「デナイデナイ。いやなに、本来なら倍は掛かるのだがね。俺個人の所用で我が宿売りの食事を出せない謝罪だと思ってくれ」
「・・・なるほど、それにしても安いと思いますけどね。はい、2000レンスで」
ジェノスは苦笑しながら料金支払うと、男も苦笑を返した。
「はいよ、確かに受け取った。釣りは200「釣りはいりません」まいど! 部屋は206号室だ。これが鍵。無くすなよ? それでは一週間よろしく。私のことはエドガーと呼んでくれ。何か聞きたいことや頼みごとがあったら言ってくれ。だが、できる限りでよければね。ここ3日間はちょいと忙しいから、不便があるかもしれない」
と言うと、男、エドガーは笑顔でジェノスにキーを差し出した。ジェノスは「ハイ」と笑みを浮かべた。キーを受け取るとジェノスは奥にある階段に向かって歩き出すと
「あ、早速で悪いんですが」
ふと立ち止まり、カウンターから部屋に戻ろうとしているエドガーに
「ギルドがどこにあるか教えてもらえますか? できれば図面で描いてくれるとうれしいなぁ〜と」
頬を掻きながら照れくさそうにお願いをした。
「・・・・・・200レンスほどの期待はしないでくれよ?」
エドガーは意外そうな顔をしながらも、カウンターに置かれたメモ用紙にすらすらと客から受けた依頼の品を書き綴るのだった。
「おばちゃんこれ一つ」
「はいよ〜」
釣銭と共に受け取ったアプの実を頬張りながらジェノスはエドガー製の地図を取り出し、シャクリシャクリと新鮮そうな音をたてながらとおりを歩いていた。
「この辺だと思うんだけどな〜」
ジェノスは本当に簡単な地図を見ながらつぶやく。地図には宿の位置と大通りと簡単に書いた道とギルドのみが書かれている。説明も聞いていなかったら方角しかわからなかっただろう。
ジェノスは今たっているところからぐるりと見渡すと目の前の建物の二軒先の看板に羽ばたく鳥のシンボルとギルドの文字があるのを見つけた。
目的のギルドらしい建物を見つけ、短く息を吐き出しながらしげしげとその建造物を観察する。その建物は茶色や赤身がかった色で占められる街並みの中でひときわ目立っていた。白を基調とした清潔感あふれる外装。しかし、所々に暖色が使われており、何処か親しみやすい印象を受ける建物だった。
そしてジェノスはそんな建物の前で数十秒ほど門前で立ち止ると、微かに期待を含む声色で呟き、ようやく足を踏み入れるのだった。
「今度こそ安全な仕事を・・・・・・」
その呟かれた願いが叶えられることを祈りながら。