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銀の浄化  作者: コゲタ野菜
始まりのセイル
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2話 日常と

「ふぅ〜」


 正面から広がり赤く拡散する朝日を浴びながら大きく両腕を伸ばしゆっくりと数回深呼吸をしたあとに左腕の肘を右腕で抱え込むようにして左肩の筋を伸ばし息をゆっくりと吐き出した。


 う〜ん、今日も良い天気だ。


 空は赤みがかり、空の高さを強調するように大きくも澄んだ色をした入道雲と、綿のような薄い雲で構成されている。毎朝目にし、そして日々換わり行く風景に私は小さな感動と感傷を抱いた。


 ストレッチと共に行われる深呼吸によって肺に取り込む空気は少し冷たいが心地よい。それと同時に庭に植えてある木のにおいがわずかに香り、心が洗われるようだ。


 やはり朝の体操は気持ちがいい。


 朝日と共に起床するようになったのは何時頃だっただろうか? などと思いながらも、真面目に思い出すつもりは無く、漠然と最初はつらかったという記憶が掘り起こせただけだった。


 私は体操で体が解れ温まってきたことを確認すると、庭の木に立てかけておいた金属製の杖を手に取とる。


 幼い頃少ない小遣いで買い当てたのは良い思い出である。


 銀色でなぞられた模様以外、杖には派手な装飾は一切無く地面につけると腰元よりやや高い位置に到達する程度の長さだ。


 本来この杖には一切の装飾も無かった。


 しかし、唯一つけられたその装飾は父がこっそり故郷特有の模様を銀で刻んだ結果である。


 当時の私はお気に入りを父の手で変えられてしまって1週間以上も不貞腐れていたが、今見るとその神秘的な模様は、芸術の粋に達しており、とても父が描いたものとは思え無いほどの出来だった。


 今では気に入っていたりする。


「す〜・・・・・・はぁ〜・・・・・・」


 そんな雑念を深呼吸で消す。


 杖を両腕で添えるように持ち、フィリップに教わった型を正確にゆっくりと反復する。半身から踏み込み上段や下段打つ基本から始め、突きからの打ち込みを流れるようなイメージで行う。


「ふっ」


 姿勢を落とし、前方や左右に滑るように移動しながら杖を打ち、突き、薙ぐ。僅かな無駄も無いように。


 形を崩さないように徐々に素早く鋭く杖を振るう。流れるようにそして、円を描くかのような動きで型をこなすイメージ。理想の形を連想する。


 自身の動き一つ一つが何を目的としているのかをしっかりと意識しながらも、ただひたすらに型の反復を行う。


 振るうごとに怠惰感が四肢に広がるのを感じるが、徐々に蓄積するそれは一つ一つの動作は自分の理想に近づいていると言う実感をともに明確に鍛錬の進行と成果を伝えてくれてるようで、不調を訴えるはずの感覚は心地よいとすら思えてくる。


 過去にどれほどの杖を振るっていただろうか? ふと、そんなことを思いながら、私は自身で設けたノルマを達成すると、額に滲む汗をぬぐい、背中がじっとりと湿っているのを感じながら整理運動を行った。


 あぁ、心地は良いが・・・・・・早くシャワーを浴びたい。


 両足を開いて前屈をしながら顔を左に向け、先ほどまで振るっていた杖を眺めた。


 初めのころはこんな細く短い棒にただ『振り回す(まわされる)』だけだったということを考えると、大分様になってきたと思う。


 もっとも、鍛錬を続けているとはいえ、こんな齧った程度ではいざというときに通用するか怪しいものだけど。


 フィリップ曰く杖術は『突けば槍 払えば薙刀 持たば太刀 杖はかくにも 外れざりけり』杖は突き、払い、打ちなどの左右から繰り出される千変万化の技を連続的に使い、相手をして応戦にいとまなしからむ状態に陥し入れる。だとか何とか。


 ちなみに、フィリップが直々に教えてくれたのはいくつかの型と心得だけだ。私としては本格的に習い、組み手などの実践的な訓練もしたかったのだけれど、頑なに『私は教えられる腕前ではない』と言い断られてしまった。


 迫りくる暴漢を一閃で処理した様を見ている私としてはとてもそうとは思えないのだけど。


 まぁ、私の技では千変万化とまではいかないし、片方面でしかうまく動けないものまである。とりあえず私は型を正確に行うことから始めるしかないだろう。どちらにせよ私に実践はまだ早いのかもしれない。


 とはいえ楽しみは止められない。実践的な組み手は心が躍るため、暇があれば幼馴染との組み手行っている。


 どちらにせよ、レイラや父からもそれぞれ柔術を教わっているのだし、杖術に括らず私がうまく取り入れればいいだけなのだから。


 しかし、そちらの方はここのところご無沙汰で、一月ほど組み手をしていない気がする。


 まずい、完全に思考が反省では無いものとなっている。こんなんじゃ上達できないかな・・・・・・。


 ――まぁそれはともかくとして。


「よぉうし! シャワー浴びよ」


 整理運動の締めである柔軟を終えた私は勢いよく立ち上がり木に立てかけた杖を持ち、小さく鼻歌を歌いながら浴室に向かっ――


 あっ・・・・・・あいつに対抗して始めたんだったか! 忘れた頃に思い出す。人の記憶は一体どんな構造になっているのだろう?


 って。あぁもうだから・・・・・・お風呂お風呂。






 汗を洗い流した後に朝食を済ませ、いつも通り書斎で執務を行う。ペンを走らせる音と紙を捲る音のみが室内を支配していた。


 ふと一息つき、紅茶を飲みながら明日の予定を思い出す。


 確か、明日の朝には臨時のスタッフや護衛――じゃなかった警備員がギルドから簡単な講習を受けにやってくるんだったか。


 ギルドからと言うのに私は少々不安を感じている。父は大丈夫だとは言っていたが、明日から講習するような状態で間に合うのか、と言う疑問が尽きない。


 しかしまぁ、よくよく考えればわずか1日の雇用に長期の講習を行うのもやってられないだろう。と疑問に無理やり答えを出して押しとどめた。


 まぁ、ギルドの方にも信用問題があるだろうし、下手な人材は来ないだろう。


 ・・・・・・たぶん。


 私は微かな不安を振り切って再び帳簿とのにらめっこを開始した。


 それにしても書類が多い。う~む、グレムス鉄道での運搬費と利用比率が芳しくない。やはりまだ危険なイメージがあるのだろう。最短ルートによる大型運搬が可能なこの列車は後々延びるだろうし、信用ができるまでの投資と考えるべきか、いや、早期に信用を得る方法を考える必要があるかもしれない。


 ・・・・・・旅行中私の仕事は大丈夫なのかな?


 あぁ・・・・・・フィリップ不在の悪夢がよみがえる・・・・・・。


 私は再びあの山のような、そして机の上がいっぱいになるほどの書類を見ることがない事を祈るばかりだ。


 ――コンコン


「は〜い、どうぞ」


「失礼します」


 ノックの後に部屋に入ってきたのは、赤毛の女性、レイラだった。普段の凛とした様子はなく優しげな笑みを浮かべている。手にはバスケットを持ちホンノリと香ばしく魅力的な香りが漂ってきた。


 ――嫌な予感がする。特にその手に持つ皿が。


「今日はクッキーを作りました。自信作ですよ」


「そ、そうなんだ」


 楽しそうにお茶を淹れはじめるレイラをよそに、私は恐々とテーブルに置かれている『クッキー』に視線を向ける。


 きれいな狐色に焼けている物体。まるや四角い形で大きさもそれなりに均一だ。


 とりあえず、今回は見た目に異常が見つからない。むしろ美味しそうに見える。しかしそれでも油断することはできないのが彼女の恐ろしさの一つなのだ。まったくもって、菓子作りだけどうしてああなってしまうのか。


 私は、覚悟を決めると一度書類から手を離し、心休まることを願いながら休憩へと赴くのだった。






 結局のところ、休息と言う休息も取らずに書類の整理をこなした私。


 クッキーについてはノーコメントとさせてもらう。むしろ察して欲しい。


 そして現在私は――。


「エリス!! ちょっと聞いていますか!?」


 レイラが私を屋敷からほっぽり出したため、町並みを眺めながらゆっくりと散策しているのだった。


 働きづめだった私を仕事から離れるよう気遣ってと言ったところだろうけど。


「聞いてるわよー」


 幼馴染兼領主様の娘であるティファニアもといティファに捕まってしまった。私は休めるのだろうか。


 いや、いいのだけどね? 普通に楽しくおしゃべるするのは気が紛れるし、程よい息抜きにもなると思う。むしろ癒される。ティファじゃなかったら逃げだしている。


 ちなみに昔、私は敬語で話していたのだけれど、涙目で懇願されて私が折れた。領主様やそれに伴う方々の前でなければと言う条件でだけど。


 しかしこの娘がソコマデして頼み込んできた理由がわからない。自分では私に敬語使うくせに、だ。


「真剣に聞いています?! 凄かったのですよ。ギルドの護衛でもやっとだった魔獣を一瞬で4体! 決定的瞬間に目を閉じてしまったのは一生の不覚ですが、あんなところに立ち会えるなんて!!」


 甲高いソプラノの声。少々声が大きめだけど、不思議と不快にならないその声色があたりに響く。


 その声主の少女は腰にまでかかる金色の髪をサラサラと揺らしながら、新しい発見、もしくはおもちゃを手に入れた子供のようにはしゃいでいる。


 決定的なグロイ瞬間など見なくて正解だと思うのは私だけだろうか? まぁ、瞬間を見ずともその残骸を見てしまうわけだからさして変わらないのかもしれない。


 しかし――


 活力がみなぎり輝く、くりっとした瞳とふんわりなびく髪。

 あぁ眩しい。髪もその笑顔も。街の皆も微笑ましそうにティファを眺めている。

 

 セイルのアイドルは今日も元気だ。


 そんなこの娘の話なら、本来なら喜んで聞くところだけど。


 ・・・・・・この話は三度目だったりするわけで。


 たしかに、貴重な体験かもしれないわね。


 でもそんな経験も、繰り返し聞かされれば飽きもする。


 さらに言えば、ギルドの人も魔獣もどれほど強いのかわからないからどう凄いのかがわからない。


 まぁ、確かに魔獣の群れに襲われ、ギルド員も倒れるなんて場面は例え体験しても一生に一回だろうけど。


 よくもまぁ助かったものだと思う。


 私は名も知らぬ話の人物に深く感謝を送ると共にその可能性を既に忘れている当事者にため息のような相槌をついた。


「へぇ〜」


「なんですか、嘘でもちょっとくらい驚いてくれたって・・・・・・」


 それはそれで怒るくせに。


「じゃあ聞くけど、その魔獣ってどれくらい強いの? レジス以上なのはわかるけど」


 参考までに、もう一人の幼馴染。私の鍛錬の原因となった人物を引き合いに出してみる。基準にするならよく知る人物だろう。


「いえ、レジスなら一人で二体は倒せると思いますが」


 ・・・・・・。


 よわっ。


「なんだ、たいしたこと無いわね。それより・・・・・・護衛弱すぎない?」


 下位とはいえ魔獣もだ。レジスで2体って、殺傷能力の無い杖を使う私でも1体相手に善戦できる。


 そんな腕で護衛など片腹痛い。対人の場合、下手すれば私に負けるんじゃないだろうか。街娘に負ける護衛、笑い話でしょう。


 当然、フィリップやレイラはもちろんのこと、無手の父にすら勝てないだろう。


「ふん、比較する相手を間違えています。レジスをそこら辺の人と一緒にしないでほしいです。だいたい――」


 あー、はいはい。


 ティファのレジス贔屓は今更だからほうっておこう。


 あぁ、それを考えれば私が善戦できるというのも間違った認識か。


 そう考えると、その話の颯爽と現れたらしい人物は中々に凄い人なのかもしれない。


 だが、護衛達の実力は認めない!


 ティファを危険に晒した罪は重いのだ!


「――そうそう、それでですね。最近いいお店を見てけたのですよ。今からそこに〜」


 私が己の世界に入っている間に、ティファの話の内容がいつの間にか変わっていることはご愛嬌。そして変わった話と申し入れは大変ありがたいのだけど。


「だーめ、この後家に戻らなくちゃいけないんだから」


 そう、さっさと家に忍び込んで作業を再開しないといけないからね。書類が山になっているのだ。


「えぇ〜! そんなぁ〜」


 ティファが頬を膨らませ抗議する。あぁもうしかたがないなぁ。


「明日少しなら時間空けられるからその時・・・・・・ね?」


「約束ですからね!」


 あぁ〜和む和む。この子の血筋は癒し効果抜群だ。


 何気ない仕草がやわらかく暖かい。


 私は先ほどまでの会話が繰り返されるなんて事が無いようにと願いながら、年下の幼馴染のお勧めに胸の期待を膨らませるのだった。


「一緒にお出かけするのはいつぶりでしょうか」


「ふふっ」とふんわり嬉しそうに笑う金髪の少女。


 それを見て思う。



 本当に――




 本当に無事でよかった。



2話修正



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