2章 18話
田畑、そして果樹がきれいに区切られ、並んでいる。ところどころに民家は見えるが、とても町とは言えないものだった。
揺れるように走る風景は平坦で果樹や自然に生えていおり、木々の隙間からは青い空が覗く。列車内の窓からはそのような広々とした風景を延々と左から右へと写すばかりだ。
その情景は、見ていると心を和やかにさせると同時に睡魔を覚えるには十分な退屈を眺める者に与えていた。
そんな窓を眺めていた銀髪の少女は、眠たげな目をしながらすでに何度目かになる欠伸を小さくした。欠伸と共に肩口に揃えられた側面の頭髪がさらさらと靡き、後方で纏めた髪は車内の振動でぷらぷらと揺れている。
少女の膝の上には一羽の大きな鳥が鎮座していた。鋭い眼光、嘴、そして爪。さらに伸ばせは1メートル半にもなる漆黒の翼という攻撃的な見栄えだ。
銀髪の少女は、淡々とした作業に慣れていたが、何時間も眺め続けていたため、流石に飽きがきているた。後ろで纏めた長髪をくるくると丸めて暇をもてあまし、時折「ル〜ク〜」と膝の上の生物に触れて退屈を紛らわしている。
撫でられた鳥はというと、外観とは裏腹に大人しく、向かい合う人物に何かを求めるように喉を小さく鳴らしながらも佇んでいた。
黒い生物、ルークに視線と鳴き声を向けられている同室の人物。黒髪の青年の視線は銀髪の少女と同様に出発しした列車の窓に映し出される数時間大きな変化もない景色をずっと眺め続けていた。
しかし、青年からは全く飽きた様子など微塵も感じさせない。それどころか、黒髪から覗く、漆黒といってもいいほどに濃い色の瞳はまるで劇の観賞でもしているかのように楽しみと感動の光で輝かせていた。その様子は中性的な青年の外観を幼く見せた。
少女、鳥、青年と同じ部屋にはさらにもう一人、退屈そうな少女と同じ銀髪をオールバックでまとめた銀縁眼鏡の男がゆったりとテーブル尽きの席に腰掛けていた。こういったことには慣れているのか静かにしかしパラパラと眺めるように本を読み、時折二人と一匹の様子を微笑ましそうに眺めている。
「あ〜・・・・・・退屈。よくまぁジェノスは同じ景色をずっと眺めていて飽きないわね」
銀髪の少女は欠伸によって目じりに浮かんだ涙を指で拭うと憂鬱そうにため息をつきながらニコニコと楽しそうな笑みを浮かべながら外を眺める青年に問いかけた。
その声には呆れたような色がありながらも、微かに好奇心が含まれている。
「あはは。まぁ、私の趣味みたいなものだしね。確かに、似たような一風退屈な風景かもしれないけど、まったく同じってわけじゃないし」
問われた青年、ジェノスは困ったように笑う。男性にしては高く女性にしては低い声だ。顔立ちは整い、常に笑みを浮かべている。
「それにここ人たちがどんな生活をしているのかを見て知るのは楽しいよ」
心底楽しんでいるのがわかるほど目を輝かせながら言葉を綴った。銀髪の少女は「へぇ〜」と、感心したような相槌を返すが、不満そうに外の景色を眺めた。
「エリスにはハードルが高そうだな。山にでも篭れば得られそうだが、父として言おう。止めておけ」
銀髪の男は自身の娘、エリスからジェノスへと視線を移しながらニヤリと口元を歪めて呟く。
「えっと、それはどういう意味でしょうか? エドワードさん」
視線を移されたジェノスは苦笑しながらその意図を尋ねるが、銀髪の父親、エドワードは「気にするな」と言うと、本へと視線を戻した。
本来、ジェノスは常時敬語を使っていた。しかし、列車に乗ってからエリスに「堅苦しいから敬語はやめて」と言われ言葉使いを改めていた。
エドワードにも同じことをいわれ、会話の内容は親密になっているが「年上の方には相応に」とやんわりと断り、言葉使いは変わる事はなかった。エドワードは寂しそうにしながらも納得したが、断られたのを酷く残念そうにしていた。エリスはというと、そんなエドワードの様子を見て忍び笑いをもらしていた。
「早くケセルケンドにつかないかしら。あっ、そうだ。そういえばジェノスってどこ出身なの?」
「そうだな、私も興味がある」
本を読んでいたエドワードも本を閉じもうすでに聞く体勢に入っている。口元をにやりと吊り上げるその様は、悪巧みをしているかと思えるような笑みだ。本人の意図の有無は定かではないが、彼の笑みは総じてそのようなものだった。
「ガルバード帝国ですよ」
ジェノスはクスリと笑いそう言った。
その言葉にエドワードは驚いたような、エリスは思い出すような表情で数秒の時が流れた。
「ほぉ、なるほど、帝国出身か。う〜む、あの国者とは交友が無いな。むしろ、このように帝国人と言葉を交わすことははじめてかもしれん。そういえば、あの国はギルドに対して厳しいので有名だが、実際はそんなことは無いのか? それともわけありかな?」
そして、エドワードはその前の沈黙が無かったかのように言葉を綴ると、珍しいものを見たようにジェノスを見た。ジェノスのほうは困ったように苦笑している。
「いや、かなり厳しい部類に入るかと。ギルドに入ったことには特別意味はないですよ。まあ確かに私の国では変わっているみたいですけど」
エリスは国を思い出し、何か考えることがあったのか難しい顔をしていたが、先ほどまでの好奇心の強い表情でジェノスに尋ねた。
「へぇ、ガルバード帝国かぁ。ケセルケンドからそんなに遠くなかったわね。ねぇ、何でギルドに厳しいの?」
「確かに近いかもね。隣の国だし。ギルドのことはちょっと話が長くなるからやめたほうがいいというか、後で調べて欲しいなぁと」
「いいから教えて」
エリスが怒ったような顔をしながらも目を輝かせている。ジェノスは降参するかのように両手を挙げた。
「わかった。まずは国の説明から入ろうかな、ガルバード帝国はその名のとおり皇帝陛下が統治している国でね、軍事力にかなり力を入れていた国だったんだ。身分制度がある国だけど、身分はかなりあやふやになっているかなぁ」
「へぇ、私達セイルと同じね」
「身分制が弱いと言う点はセイル王国と同じかもね。かなりの実力主義だし。実質、権力を酷使できる状況にあるのは一部の貴族と皇帝陛下くらいって感じだよ。場合によっては軍が貴族以上の権力も持っているくらいさ」
「ほうほう」と相槌を打ちながら興味津々のエリス。目の輝きが強まっている。
「軍事力に力を入れているって話したけど、基本的には志願制で基本的には平民は軍、貴族は騎士って感じで作られている。ただ、例外的に、偉い人の目に留まった人は強制的に軍、貴族なら騎士に徴兵されるようになっているよ」
「強制・・・・・・努力した人が報われないってこと?」
「そうともいえないよ? 確かに戦時中はたまったもんじゃないけど、今の帝国では軍、騎士になるのは難しく待遇もいいからね。ほとんど誰も不満なく、むしろ大半の人が喜んで入っているみたいだよ」
エリスは釈然としないようで、「そういうものかなぁ?」と呟く。
「ま、当事者に聞かないとわからないかもね。ちなみに、権力を持つ親なんかが軍や騎士に媚を売ってまで子を入れようとすると囁かれるほどに人気だと付け加えておこうか。あとは、そうだな。技術力や文化に関して傲慢、というか変に自尊心が高い傾向もあるから国外組織と先進技術の象徴とも言えるギルドには色々とね、そこらへんへの心情と、あとは国民的価値観からきているのかな。国への誇りが強いから国家に所属しないことを良しとしない。価値観は決まった職業についてそれをやり続けることが何より立派のことだっていう考えが強くて。転職する人なんてほとんどいないくらいだ。短い契約で転転とするのに共感できないのかもね」
「それじゃ、利用者はほとんどいないんじゃないの?」
「ところがそうでもないんだよ。確かに帝国にはギルドは少ないし余り重要視されて無い上に働く人の扱いも軽いらしい。けど、逆にその軽い印象からか自分に合った定職を探したり、学生は小遣い稼ぎに、旅人は旅費稼ぎに働いたりして、その仕事先で就職を進められてそのまま住んでいるって人もいるって聞くよ」
「なるほどねぇ。そう聞くと、臨時雇用派遣組合の扱いとしては正しく思えてきた」
「正しいかはわからないけど・・・・・・。とにかく、帝国人でギルドを本職としている人はいないんじゃないかってくらいだよ。職を探す手段の一つという意味合いでなら最近は少し待遇よくなっているんじゃないのかな? でも、ここ最近――現在の皇帝陛下は変わり者って言われていてね。国外へ強い興味を抱いているって聞くから―――」
ジェノスの説明は長く、その後の話はまるでそれは愚痴をこぼすかのように永遠と続き、気がつくと数刻の時が流れていた。
しかし、その長々とした説明の中、車外を眺めていた時とはまるで別人と思えるほど楽しそうにエリスはその言葉に耳を傾けていた。
「説明聞いたらなおさら何故ギルドで稼ぎながら旅なんかしているのかわからないんだけど? ジェノスの話からだとよほどの意味があるか、変わっているかしないとギルドで働かないはずでしょ」
「私はその変わっているほうの人間だよ。まあ、俗に言う変人っていうのは私みたいな人ことをいうんじゃないかな? 理由といえば、ただ単に国外の遺跡を自由に調査するにはギルドを利用するのが便利だっただけなんだよね。私の本職は遺跡文化学者だし」
「へ? 遺跡文化学者? ジェノスは学者さんなの?」
ポカンとした様子でジェノスに尋ねる。エドワードも小さく「ほぅ」と感心するように息を吐いていた。
「そうですよ〜そっちが本職です。こちらは路銀集めの為に利用してます」
エリスはなんだかあまり釈然としない気持ちだったがとりあえず納得したかのように相槌を打った。顔には思いっきり出ていたが。
「信用してないな・・・・・・」
ジェノスの言葉が虚しく響く。
「なかなか着かないわね・・・・・・」
「そりゃそうだ、乗り換えの駅に着くのが明日の朝のはずなのだぞ? 数日はこのままだと思え。・・・・・・ん、もうこんな時間か。そろそろ昼食でもとりに行くとしよう」
「エェ〜」と嘆くエリスに苦笑しながら、エドワードは時計を見て言った。ジェノスの長い話のおかげでだいぶ時間がたっていたようだ。
「ん〜、意外と時間は経っていたのね。長い長いと思っていたけど時間が発つのも早いのかも」
エリスは大きく伸びをしながら言う。その様子をジェノスは微笑ましそうに眺めながら「そうだね」と呟き、そして再び外の景色へと視線を移すと席を立ち上がる。
「それでは、食堂へ行くか。鍵は閉めるが貴重品は念のため身につけていけ」
「はい」「は〜い」
そして、戸締りの後3人は食堂車へと向かった。その様子は、まるで仲の良い家族のようだった。
番外編の方は量が増えたので別に投稿する事にしました。
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