17話
「忘れ物はないですか? 生水には気をつけるてくださいね? 当たると大変ですから」
私の手を両手でしっかりと握りしめながらレイラが言う。
「だいじょうぶ。しっかり持ったから」
「無茶もほどほどにね」
レイラの後ろではレジスが笑みを浮かべる。声色は茶化すようでありながらも、ゆったりとした瞳から、私を気遣う気持ちが伝わってきた。
「レジスこそギルドで無茶しちゃ駄目よ」
「そうだね、でもエリスに言われたくないよ」
「どういう意味よ!!」
駅の構内。改札の前でレジスとレイラが見送りに着てくれいる。
いや、見送りというより荷物運びの手伝いのほうが労働としての比重が大きいかもしれない。
「そのまんまだよ。そう言えばティファとは話したの?」
「あっ・・・・・・」
「いや、『あっ』て・・・・・・。まぁ、あんな出来事の後じゃ仕方がないとは思うけどさ」
不味い、どうしよう。領主さまがあんなことになって、もちろんティファも大変で・・・・・・。
「まぁ、僕ができる限り宥めておくけどさ、お土産くらいは買ってきなよ? 少なくとも数日は『お出掛け』に付き合わされるのは必至だけどさ」
お、お出掛けデスカ・・・・・・。着せ替え人形にされる自分が目に浮かぶ・・・・・・。
「・・・・・・な、何を買えばいかな?」
「自分で考えなよ。まぁ、何を買ってこようと2,3日はご機嫌とりだろうけどね。あ、僕の分はエリスの気持ちに任せるよ」
「くそぅ。でも、それくらいなら・・・・・・何とか。お土産は最善を尽くすわ。だからその、お願い」
お土産・・・・・・ティファが好きそうなものか、レジスと御揃いのアクセサリーとかかな?
念のため、こっそりと私の物も買って、対応によっては三人お揃い。
うん。これがいい。
「わかったよ。あ、そろそろ戻らないと。」
「そうね、名残惜しいですが」
「あ~・・・・・・ごめんね?」
もう時間かぁ。態々見送りと荷物持ちをしてくれた二人に頭が上がらない。
別段多くはないとは言え、私一人では持ちきれない量の荷物が左右に鎮座していた。
これでも旅の日数に比べたら少ないほうだ。
父の姿はない。ギルドでジェノスさんと合流する。そういう手筈になっているから。
ここで集まってもいいような気がしたけども。向こうで合流して正解だと思った。
人の波、壁の向こう側が見えないほどに密集し、壁沿いとは言え、立ち止っているのが申し訳なくなるほど駅は混雑していた。
狙ったわけでも見越したわけでもない。父がうっかり書類の手続きを終えずに出てったと言う結果の上でだけど、被害が出たわけでもない。むしろ好転かな?
見知った人ならともかく、ジェノスさんは――いや、意外と直ぐに見つかったかもしれない。
黒髪はここでは珍しいし、何よりコート姿の人物もそう多くもないのだから。
しかし、まさかここまで駅が混んでいるなんてね。前日に指定席を確保したが、一等客室しか空いておらず出発早々、余計な出費をしてしまった。
やっぱりミスというものは大きくなくともどこかしら被害を被るものなのだろうか。
まぁ、お金はあるし、旅立つ前に這う形だったので随分とましではあるのだけど。
それに、今回の被害は選択肢がなくなったしね。
「では、御気をつけて」
「それじゃ気をつけて」
「うん、レイラもレジスもね」
二人が私と荷物を残して去っていく。
家のごたごたを処理しているフィリップたちの手伝いに戻るためだ。当事者である私たちが皆にまかせっきりでお出かけ・・・・・・皆ごめんなさい。
既に何度目になるかわからない謝罪を心の中で繰り返しながら、私は遠のく二人を見送るのだった。
・・・・・・。
絶え間ない会話と足音が私の周囲に響き渡る。
早くも人混みで二人の姿は見えなくなり、周囲には固い地面を叩く音と雑談、アナウンスで埋め尽くされている。
今私が二人を呼んでも気がつくことは無いだろう。
こんなに賑やかな場所なのに、私は寂しい気持ちでいっぱいになった。
早く来ないかなぁ・・・・・・父さん達。
う〜ん、まだまだ列車の時間には遠い。
そうだ、ジェノスさんのことはなんて呼ぼう。
長い旅で堅苦しい会話なんてのはご免だ。
彼の敬語を止めさせるにはどうしたらいいのか。
私はそんなことを考えながら暇で寂しい時間を紛らわそうとするのだった。
<サイドチェンジ>
「もう良いのかな?」
「えぇ、面倒ですが、簡単なものですので」
出国の手続きを終えたジェノスはエドワードと合流後、軽い挨拶もそこそこに僅か数日と言う短い期間でギルドを発った。
そして、駅に向かう途中、ジェノスは名残惜しそうに街並みを眺め、静かに、エドワードの後についていくのだった。
「ところで目的地はどちらですか?」
人混みで埋め尽くされた駅を遠巻きに発見するころ、ジェノスはふと疑問を口にした。
「あぁ、そういえば話していなかったな。ここから西の方角にあるハルベルク皇国のダーラ、その後ケセルケンドといった形だな、所々寄り道もするぞ」
エドワードが『寄り道』という言葉を発すると、ジェノスは目を輝かせる。その瞳には期待と喜びがありありと溢れ出ており、既に、新たな街へと胸を膨らませているようだった。
「やった、それは個人的に大歓迎ですよ。う~ん、しかし、ハルベルク皇国ですか・・・・・・」
「何か問題か?」
「いえ、想像以上に遠いなと思いまして。長期間留守にしても大丈夫なのですか? それにお嬢さんもさびしがるんじゃないかと思いますし、あんな事がありましたからね」
「まぁな、だがフィリップがいるなら屋敷のほうは問題ないだろう。しかし、エリスがなんで寂しがるんだ?」
「なぜって、親と長い間会えなければ寂しがるものでしょう? 確かにしっかりしていらっしゃるようですが」
「ジェノス、お前はエリスをいくつだと思っているんだ? あいつはもう元服してるぞ」
「・・・・・・え?」
気の抜けた声が返ってくる。そして、ジェノスはあ、あはは、と誤魔化すように笑うのだった。
「エリスの前では言うんじゃないぞ、気にしているからな」
エドワードはそんなジェノスに苦笑しながらも、人混みで大きくなった雑音に紛れ込ませるように、そっと言い含めた。
「まぁ、それ以前に――」
「遅いわよ!」
エドワードの声を甲高い声がさえぎった。そこにはしっかりと旅支度したエリスがいた。大きなスカイブルーの釣り眼をキッと強めながら、両手を腰にかけ仁王立ちしていた。
片方の腕に一つのかばんを掛けられ、隣にはそれよりも大きいかばんが、どっかりと存在を主張するように鎮座している。
現在手ぶらなことを考えると、おそらくエドワードのものだろう。しかし、片腕で持てる荷物のエリスはもちろんのこと、長期のたびにしては荷物が少ない。最もそれを言ったらジェノスの荷物など無いに等しいが。
「なっあ!?」
ジェノスは思わず突飛な声を上げた後、絶句した。護衛するのは一人だけだと思って仕事を請けたからだ。
「どうかしたかな?」
エドワードがそんなジェノスに尋ねの言葉をかけた。しらっと何が問題か皆目見当がつかないと言わんばかりの声だ。しかし、口元には昨日同様の笑みが浮かんでおり、確信犯であることは確かだった。
「あの? ジェノスさん?」
エリスが堂々としていたエリスが、ジェノスの様子を見て小首をかしげる。
「あ、あの〜。これは、いったいどういう事ですか?」
エリスの声で、凍結した時間から帰ってきたジェノスが現状を問いかけると、その様子を見て楽しんでいたエドワードが、さも今思い出したかのように説明した。
「そういえば、言い忘れていたかもな。メンバーは私とエリスと君の三人だ。心配するな、もともと危険な旅ではないから大丈夫だ」
「そういうのは早く話してください・・・まあ、よく確認しなかった私も私ですけど・・・」
エリスはジェノスとエドワードの様子に気づき自分の父親とジェノスを非難するような目で見た。「元々危険じゃないなら何故私は此処に」などと呟きながら。
「お父さん、ちゃんと伝えることは伝えないとだめでしょ。・・・・・・ジェノスさんもなんでそんなに驚いてるの? 私に何か問題でもあるの?」
「い、いやエリスさんに問題があるわけではないんですけど・・・・・・」
人物に問題はない。問題は人数である。只でさえ足りないと論じていたにもかかわらず、保護対象が増えたのだから。
「ふーん、まあいいわ。あ、それと私のことはエリスと呼んで。あなたのことは――そう、ジェノスと呼ばせてもらうから。ちなみに拒否権はありません。勝手に呼ばせてもらうからそのつもりでね」
そんな事は梅雨とも知らない様子で、にっこりと花のようなしかし、有無を言わさぬ笑みを浮かべながらエリスが言う。その様子を見てジェノスは微かに驚くが、すぐに諦めたかのような溜息をつき、くすり口元から音を漏らすと改めて柔らかい笑みを浮かべなおした。
「・・・・・・わかりました。それではエリス、よろしくお願いします。」
「ふむ、そうだな。私もジェノスと――しまった既に何度か呼んでいるな。私のことはエドワードもしくはなんなら愛称でエドとでも呼んでくれてもかまわないぞ。そのほうが君が護衛だと思われないだろう。何より物々しいのも好かんしな」
「いや、呼び捨てで呼んでくれてもかまいませんが、さすがに年上であるエドワードさんをそう呼ぶのは抵抗あるので「さん」付けで呼ばせてください」
「水臭い、立場ならまだしも年なんぞこの国で気にするやつはいないぞ? そこまで畏まって使うのはフィリップやエリスくらいだ」
「そうかもしれませんが・・・・・・私の国での風習ですので抵抗が。申し訳ございません」
「謝る必要はないが・・・・・・そうか。私が気にしなくてもか――残念だな・・・・・・。おっともう数十分したら出発だ。とりあえず少し早いが列車に乗り込むとしよう。話は列車の席でもできるからな。態々立ち話をする必要もあるまい」
「そうですね、それではこれからよろしくお願いします」
そうすると三人は列車に乗り込んでいった。
三人の旅が始まる。
とりあえず、長い冒頭が終わり、本格的な騒動に入る。と言ったところでしょうか。
折角、これからというところですが、諸事情により執筆ペースが極端に落ちることになりそうです。