14話
『ギャンッ!!』
「くっ――ふぅっ!」
耳に残る削れるような金属音共に絞り漏れ出すような声、ここ最近で聞くようになった音が間近で聞こえた。
――あたたかい。
鋭い音と共に私を襲った衝撃は暖かく、包まれるように優しいものだった。
微かに、甘い香りがする。
『ドシャ』
イタッ・・・・・・。
『チュィン! ギャン!』
そんな事を考え終わる間もなく私は冷たい床へとダイブした。おそらくジェノスさんに突き飛ばされたのだろう。
耳障りな金属音が聞こえ、床に打ちつけ痛む体を起こしながら視線を向ける。
絶え間ない金属音、激しくぶつかり合う音は現状の激しさを物語る。
ジェノスさんが2本の銀食器で黒い短刀を防いでいる・・・・・・のだろう。
もはや黒い線と音と共に飛び散る光が確認できるだけだった。
床には小さく紅い点々が付いており、周囲にもそれは飛び散っていた。
・・・・・・ジェノスさんの血?
不味い――
私は初めて見る。彼の苦しそうに歪んだ表情を。
クッ・・・・・・杖があれば!!
『キンッ!』
小さいナイフが根元からはじけ飛ぶ。
『カチャリ』と『ジャシャリ』と合わさった。耳に触るような音を立てながら銀色の残骸が床をスライドしていく。
「危ない!」
私は叫ぶ。
体勢が崩れたジェノスさんに追い討ちをかけるように微かに光る黒閃が迫った。
「ジェノス!」
力強い声。
その声が聞こえる間もなく、黒刃を振り下ろした付き人は仰け反るように体勢を変える。
小さく聞こえる舌打ち。付き人のいた位置に数本のフォークが空を切り裂くような音を立て過ぎ去る。
あろう事かそのフォークのうち数本は床に突き刺さっていた。
体勢を急遽変えたため、ジェノスさんに迫った剣閃は逸れたが、床にはどれほどの力がこめられていたのか罅割れた後を残す。
背筋が凍った。罅割れは数メートルにも伸び、私は目の前の出来事がより現実から離れているかのように思えてならなかった。
背後から、始めの暴漢を無力化したフィリップが付き人へと杖を振り下ろすが、付き人はまるで背後が見えていたかのように避けると、舌打ちをしながら回転するように短刀を投げて逃走した。
『ガキィン』
「ケビンさん!」
「オウ!」
ジェノスさんは残ったナイフの柄で器用に打ち落としながら声を上げた。
「・・・・・・」
私は右腕から血を流すジェノスさんに声をかけようと試みるが。パクパクと口を開いたはずなのに、発する事が出来たのは荒い呼吸のだけだった。
さらには、上半身のみが駆け寄ろうとした姿勢で体が止まっている事に気がつく。
心音がうるさい。熱い。苛立つ。気持ち悪い。寒い・・・・・・震えが止まらない。
あぁ・・・・・・。
情けない。何が杖があればだ。
私は結局のところ、何もできなかった。
何をしようと関係なかった。
なんの意味も無かったと言うのか。
「お二人は・・・・・・大丈夫そうですね。フィリップさん後は任せます」
強い眩暈と違和感が薄れていくのを感じる。
「畏まりました」
ジェノスさんは私たちを一瞥しそう言うと、二人を追いかけた。
立ち去る時の見えた表情は、まるで何事も無かったかのような淡々としたものだった。
<サイドチェンジ>
「チィッ」
速い、ケビンは猛然とそう思う。配置されていた警備員は皆、獲物を破壊され外傷は少なく気を失わされていた。
あくまで、走りながら眺めた上の判断ではあったが、呻き声や、出血の少なさから死人がいないことは確かだった。
つまり、奴は会場内に元からいたことを踏まえると、警備員を無力化しながら、それも加減をして先に進んだことになる。
しかし、それでもケビンは追いつけずにいるということは脅威に値するものだった。
エントランスを飛び降りると、正面玄関を通過する人影が微かに見えた。
「動くな!」
「た、助け、てぇ・・・・・・」
首元に手刀を突きつけられた警備員らしき厳つい人物が顔を真っ青にし、これ異常ないほどに怯えながらか細い声をあげる。
その瞳は焦点があっておらず、忙しなく瞳孔揺れていた。
「その場では背を向けて這い蹲れ! そうすればコイツもお前も見逃してやる」
「・・・・・・それを信じると思うのか? 俺を殺れるのならそいつもろ共消して逃げりゃぁ良いだろうが」
ケビンは焦る気持ちを抑えながらも、笑みを浮かべて対応した。
「なぁに、単なる拘りだ。ターゲット以外は興味が無いのさ。まぁ、面倒なら消させてもらう」
ニタリと笑みを浮かべながら、指先に力を入れる付き人。
手刀を首もとに突きつけられた警備員は力が入るのを感じたのか「ヒィッ」っと悲鳴を上げ、目元には涙が流れている。
爪を研いでいたのか、突きつけられた首筋からは赤い液体がたれていた。
ケビンは思考する。現状況で奴が言う通りに逃げる気ならば被害は最小限にとどまる。幸い死者は無く、取り逃がすという失態は受けるが、自身の契約上問題は無いからだ。
現在、奴は無手。ジェノスに投げた黒剣が唯一の武器だったのだろう。
しかし、それは付き人がその状態で警備員の槍や剣といった装備を真っ二つにしたということ。
圧倒的な力と速さ。襲撃時とは合わない力量であるが、それは確実に付き人が異能者であるという事実へと近づけていく。
分が悪い。
訓練された者ならば個人で小隊と同等扱いを受ける異能者。
武器も無く、人質まで取られている現状では打開できない。とケビンは判断し、実際に警備員が死者無く済まされているという微かな希望にすがりながら、指示通り背を向けるしかなかった。
そして、後方を警戒しながら這い蹲ろうとした瞬間。
「シネェ!!」
あんまりな言葉が投げかけられ飛ぶように身を翻すケビン。
しかし、彼が見た光景は想定外のものだった。
付き人に切りかかる影、付き人は突き飛ばすように人質を解放する。その動作から彼は本当に彼らを殺すつもりは無かったことが伺えた。
しかし、仮にも暗殺者。己に害なすものに対して優しくなかった。
「・・・・・・馬鹿が」
騒ぎを察知し、隠れていたのだろう。
不意をついて無謀にも切りかかった人影――警備員の一撃を避けると付き人は傭兵の首めがけて手等を放った。
「ルーク!!」
風を切るような音。
「チィ」
澄んだテノールの声と共に、黒い影が付き人に向かって降下する。その動きは速く、さらには暗闇にまぎれて捉えることはできなかった。
しかし、それすらも付き人は上体軽く捻るだけで回避し、それと同時に奇襲をした警備員の男に流れるような蹴りを入れて混沌させる。
鈍い破裂するような音が響く。衝撃を受け止めた鎧は大きく陥没し、蹴りのすさまじさを物語っていた。
「――厄日だな」
付き人は低く呟きながら、流れるように身を翻し脱兎の如く逃げ出す。
あまりに、切り替えの早い行動にケビンが止まる。
「この! まて!」
――『ピュィーー!』
ジェノスは指笛を鳴らすと、即座に倒れた警備員へと駆け寄った。
ケビンは声を荒げて追いかけようとするが、付き人の動きはあまりに早い。
先ほどの隙は大きく、ケビンが駆け出す頃には既に付き人の姿は見えなくなっていた。
「クソ! ジェノ「ケビンさん」」
悪態をつき何かを告げようとしたケビンの声をジェノスが遮る。
「ケビンさん、後は追わせました。彼らの手当てを」
ケビンは呻き声すらあげずに横たわる負傷者を見て冷静になったのか、自身を思い留めるように頷き、疑問を投げかけるのだった。
「・・・・・・わかった。だが、後って何にだ?」
ジェノスがクスッと小さく笑う。
「私の相棒です」
その後、駆けつけたレジスの話により、他の警備兵は打撲と、軽い脳震盪程度だというのが明らかとなった。
レジスとエドガーがすでに横たわる警備員の処置を行なっていた。
報告を受け、被害が軽いことに襲撃者と退治していた二人は深く安堵する。
しかし、ケビンは蹴てられて気絶した傭兵から視線を離せずにいた。
金属製の物々しい鎧が見事に陥没し砕けている。それは、それほどの蹴りの威力を秘めた一撃。その衝撃は鎧だけではなく、傭兵の胴の骨を粉々にくだいたようだった。
意識を取り戻したが苦しそうに魘される鎧の主の様子を眺めながら目に見えて気落ちするケビンにジェノスが言葉をかける。
「残念ではありますが妥当だったと思います。自業自得ですし」
その声は潜める様子も無く。負傷した当人にも聞こえてしまうほどはっきりとしたものだった。
ケビンは鋭く責めるような視線をジェノスに向けるが、その人物が救った命であることを思い出し、感情を抑えながら漏れ出す程度の悪態をつくに抑えた。
「お前、何気にひでぇな」
ジェノスは心底不思議そうな様子でその言葉に首を傾げる。
「そうですか? 人質無視して切りかかった結果ですし。覚悟くらいはしてもらわないと」
さも、それが当然だと言わんばかりに。
「そうだがよ、怪我人に――いや、いい。俺が気づいてやれなかったのが・・・・・・」
「それは――いや、後にしましょう。私はフィリップさんと状況の確認に向かいます」
いまだ悔いるケビンに対し何か口にしようとするジェノスだったが、その言葉を飲み込むと要件を告げて小走りでその場を去った。
「あぁ」
ケビンはその様子を、苦虫を噛み締めたような顔で見送った。
自身を強く責めながら。
アクションってどう書くんでしょ・・・・・・。
淡々とした盛り上がりのないものになってしまった・・・・・・。