13話
「領主様、今晩は」
「今晩はエリス。良いパーティーですね」
ついに始まってしまった年に数回のパーティー。
ちなみに、私が成人した者として始めて社交の場でもある。
ただ単に齢が15になっただけだと言うのにこうも緊張するのは何故なのだろう。
「ありがとうございます。至らない点はありますが楽しんでいただければ幸いです」
何人か顔なじみの取引相手と雑談をしていると、領主様と遭遇した。
正直に白状すると私は若干息を詰まる思いだったが、それでも助かったという気持ちが大きかった。
「至らないなんてとんでもない。このパーティーは私にとって数少ない楽しみなのだから。それに君の父上には助けてもらっている。頭が上がらないよ」
勿体無さ過ぎるお言葉だ。父は一体どれほど有能なのだろうか。
まぁ、領主様が謙虚なだけなのかもしれないが。
そんな、事を思考しながらも、私の頭の中は真っ白とはいかないものの、霞がかかっているような状況だった。
子供から大人、一人前の者として見られるということ、それは自身の行動に責任を持たなければならないと言うこと。
別に今まで責任を意識しなかったわけではないけど、あらためてそういう意識を持ってしまうと、重くのしかかってくるものだった。
「そんな、もったいないです。・・・・・・私も力になれるよう、精進しますので」
しかし、
あぁ、癒される。
緊張はするけど楽しい。気遣われている気がするのが辛いけど、これは私が未熟なためだ。私が言える立場じゃないけど領主様はよくできた人だと思う。
器が違うとはこういうことを言うのだろうか?
「ハハハ、もう十分助けられているのだよ? 貴女のおかげでエドワードが私の相手をする時間が増えているのだからね。ティファも迷惑をかけているようだしね」
そういうものだろうか。どこか釈然としない気持ちで言葉をありがたく受け止める。しかし、ティファか・・・・・・不味い拗ねていないだろうか。結局一緒に出かけることはできなかったし。
「そんな、迷惑だなんて。ティファには好くしていただいています。有難く思う事はあってもそんな事はありません。父を十分に使ってやってください。」
「ハハハ、言葉に甘えさせてもらうよ。それと、出発前に会ってやってくれないかな? 部屋に引きこもってしまっていてね」
ティファ・・・・・・ごめん。でも引き籠るのはどうかと思う。
「あ、申し訳ございません。是非寄らせていただきます」
「ありがとう。あの子もエリスほど大人になってほしいものなのだが・・・・・・。おっと、フレムスが急かしているので、すまないね」
「はい、それでは」
そんなやり取りの末に、フレムスと呼ばれた付き人と共に笑顔で去っていく領主様。
ちゃんとやれただろうか? などと不安に思いながらも、私は先ほどと比べ落ち着いていることに気がつく。
我ながら単純にできているようだ。
その後、取引相手の方々と、対話しているうちに、あっという間に時が過ぎていく。
一通り、挨拶を終えてようやく落ち着いたところで、あらためてパーティーの様子を見渡し、観察した。
平民、貴族といった身分関係なく雑談か商談を行なわれているその風景。
見たところ微かな諍いはありそうだが、終始問題なく進みんでいた。
ひとまず安心だ。
・・・・・・おや?
ジェノスさんが給仕をしている。どうやら、厨房のほうは落ち着いているようだ。
客から我々側に視点を切り替えあらためて会場を見渡す。
双剣の人、ケビンさんは、テキパキとしかし、あたりに忙しさを感じさせないような佇まいで料理の状況のチェックや、ドリンクの配膳を行なっていた。
他の方々も手馴れており、滞りなく進んでいる。
空の料理も放置されていない。
うん、はじめはどうなることかと思ったけど、順調そうだ。
私は準備当日から抱いていた懸案事項が片付いたことに深く安堵し、小さくため息をついた。
もしかしなくても、今回のギルド員は豊作だと思っている。
<サイドチェンジ>
「おーし、とりあえず一段落だな」
小さく安堵しながらエドガーは呟いた。
「そうだね、とりあえずデザート類と後・・・・・・何を準備しておくの?」
それに対し、レジスが鍋から離れて相槌を打つ。彼も安堵しているようで、先ほどまで微かに厳しげだった目元が緩んでいた。
「そうだなぁ」
エドガーはレジスの問いに考えをめぐらしていた。
「あ、給仕に回りながら様子見てきま〜す」
そこに、陽気な声を発したのは割烹着を脱ぎ始めているジェノスだった。
中は既に給仕の服装だ。
「おう、まかせた」
エドガーが了解の意を告げると、ジェノスは割烹着をかけると、生き生きとした様子で、さらに言うならば小走りで次の仕事へと向かっていった。
「働くなぁ、アイツ」
「そうだね。それにすごく楽しそう」
残された二人は、その様子を若干の呆れが入りつつも微笑ましそうに見送るのだった。
「お、ジェノス今度はこっちか」
「ハイ。あ、減りの早い料理ありましたか?」
「あー、そうだな。 ローストチキンと・・・・・何だっけあれ? 固めたライスの上に生魚がのってるやつ」
「たしか、スシ? でしたっけ。 黒い液体の調味料につけて食べるやつですよね?」
「そう、それだ。アレのピンク色の軽くあぶったやつと、煮たような魚が乗ったやつが残り少なかったはずだ。あとはそうだな、サラダ系統は満遍なく減ってたぞ。アウフラウフ――グラタンって言った方が良いか、それはまだ大丈夫そうではあったが、アレはすぐ作れるのか?」
「う〜ん、早めに伝えておきましょう」
微笑みながら応えたジェノス。
「・・・・・・どうした?」
しかし、その後に、笑みとは別物の細められた目をケビンは見逃さなかった。
「いえ、すみません、ちょっと頼みたいことがあるのですが良いですか?」
ジェノスはケビンに悟られたことに驚きながら、しかし、それ以上に悟られないようににこやかな様子で小さく、静かに言葉をつむいだ。
<サイドチェンジ>
雑音。微かにざわめく様な違和感が私の中に走った。
例の違和感だ。ふと私はその発信源の容疑者であるジェノスさんを見る。
――違う!
そうであって欲しいという、希望を私は、より強い違和感で打ち消されることとなった。
これは別種だ。
私に気がつき会釈するジェノスさんからは察知した違和感と同等以上の強さを感じたが、締め付けるような押しつぶすような感覚は無い。
それでも普段の私なら、気にも留めなかったし、警戒するとしてもジェノスさんだろう。
しかし・・・・・・。
レジスの勘だ。
レジスの言葉を思い出す。
私は急に不安になり、あたりを見渡すと、父とフィリップを探すべく急ぎ足で会場内を歩き出すのだった。
「エリス。挨拶は終ったのか?」
「とりあえずは、失礼が無ければいいけど」
引き攣るような感覚を抱きながら探し回っていたけど、当人を見ると一気に気が抜けた。
父も一通り挨拶を終えたのか、フィリップと共に会場を呑気に見渡していた。手元にはきれいな緑色をしたドリンクを持ち、いつもと変わらない意地の悪そうな笑みを浮かべている。
手元のグラスではきめ細かな気泡が踊っている。なかなか美味しそうだ。
「大丈夫ですよ。遠巻きに拝見させていただきましたが皆さん実に楽しんでいられている様子ですので」
私が答えると、フィリップが慇懃な、しかし微かに温かみを感じる言葉を投げかけられた。
私はいつもと代わりの無い二人の様子に安堵する。
よくよく考えてみれば、父にはフィリップがしっかりとついているのだ。
問題が起きることがありえるのか。いいや、ない!
そう改めて思う。そう自分に言い聞かせる。
私の感じる根拠の無い違和感などなんの意味も無いのだからと。
しばらく父と会場を見渡しながら話していると、領主様が付き人――金髪の男性と共に現れ、父と仕事の話をし始めた。
明日の予定を確認しようとした矢先だったため、多少残念というか、もやもやとした感情を抱いたが、それを起こしたのが領主様なら万事問題無しである。
付き人の方が胸元から取り出した手帳を眺め父と領主様に何かを伝えている。
「しかし・・・・・・エドワード、何時頃戻るつもりだい?」
「そうですな、一月から三月・・・・・・まぁ、聖石節程でしょうか」
その内容を確認しながら、会話する父と領主様。気がつくと、その会話は仕事の内容から離れていた。
「そうか、羽を伸ばしてくると良い。私のわがままに付き合わせてばかりだったからね」
「そうさせていただきましょう。そうそう、本社から私の代りが来るでしょう。彼らは慣れずともこの街には領民、旅人、部下、隣人、居つく者居つかぬ者も過ごしやすいが人が多い。遠慮なく扱き使ってくれて構わんので」
「あぁ、その言葉に甘えよう」
領主様の付き人。最近になって見慣れ始めた顔だ。鋭い目じりでありながらも落ち着いた人相。小さく後ろで束ねたブロンドが小さく揺れ、その様は尻尾のようだった。私も人のことは言えないけど、男性ではなかなか見ないと思う。
フィリップに父、領主様に付き人さん。
いつか、私もあの位置に立ちたいものだと思いながら、理解の及ばない会話であろうと私は、今後のためにも記憶に刻み付けていた。
――――?
まただ。
ふと、にじり寄る違和感。
ふと私はあたりを見渡す。
「ふぅっ・・・・・・?」
オカシイ、正常であるはずの景色が歪む。周囲から聞こえてくる笑い声が頭の中で反響する。
私は、あまりの違和感に景色が歪むような感覚に陥った。倒れないのが不思議なほどだ。
しかし、父もフィリップも領主様もそれどころか会場にいる誰もが何事も無いかのように時を過ごしている。
私は微かに声を漏らしたが、それでも何事も無いかのように振る舞い、歪みの原因を探した。
見知らぬ男が見える。
男が、懐に手をいれる
どうしようもない嫌な予感がする。
思考が定まらない。景色が渦を巻くようにぐるぐると回る。
漠然と感じていた違和感の向きすらもわからない。
そんな朦朧とした意識の中、その男は――
「領主様!!」
――ナイフで領主の後方から刺殺するべく走りだした。
猛烈な眩暈を押しのけ、やっとの思いであげた私の声にフィリップが気づき領主を押しのけ男に対峙する。
『ガギャンッ!』
――轟音
突き飛ばされ倒れる領主様。杖を打ちつけられ、発光するナイフ。
そしてその轟音と共に領主様の付き人が
「フッ――」
滑るようにと父に切りかかった。
そのすべてが遅く、まるでそれは走馬灯のようで。
咄嗟に、父との間に割り込んだ私はただただそれを
ゆっくりと眺め。
鈍い音と共に、視界は黒で塗りつぶされた。
アクションの描写がうまく書けないことに絶望。
いえ、アクションというほど動いているわけではないのですけどね。