12話
深夜、私はふと目が覚めた。
普段こんな時間に起きることなんてないのだけれど、すっきりと目が冴えてしまっている。緊張しているのかもしれない。
珍しい。自分で言うのもなんだけどなかなか図太い精神を持っているはずなのに。
などと思いながら、見えない天井を見つめていたら、余計に目が冴えてきてしまった。
この分だとそのまま寝付くことができないだろう。
ん? まてよ? そういえば。
私は月明かりを頼りに扉を開け部屋を出ると、1階へ向かうため階段を目指した。
「こんばんは〜」
「あれ、エリスどうしたの? 親父ならとなりの部屋で仮眠中だよ」
おじさんがいるかもしれないので、しっかりと挨拶しながら厨房に入ると、奥でレジスが鍋の番をしていた。
火がついている鍋は二つ。
この二つの鍋のためにこの時間を割いているのだろう。
「そっか」
返事が返ってくる。この様子だと没頭しない程度に繊細さは無いのだろう。
しかし、それでもレジスは眠たそうに欠伸をしながらも視線は鍋の方へと向かっていた。
二人ががんばっている中、暢気に眠っていたという事実、それを今更ながらに気がついた私は無性に恥ずかしさを覚える。
「ごめんね、無理させちゃって」
そして、無性に申し訳なくなり気がついたら私はレジスに謝罪の言葉を投げかけていた。
するとレジスは私の顔をまじまじと見つめて――
「・・・・・・熱でもあるの?」
コノヤロ!
私の感傷を返せ!
「うっさい、人が気遣ったのに。なにそれ!」
「ごめんごめん。いやだって、急に謝られてもさ。それにこういう仕事なんだから気にしないでよ」
笑うレジスを見てからかわれたことに気がつく。怒ろうかと思ったけど、その笑みはあまりに優しくて、そんな気持ちは打ち消されてしまった。
くっそぅ。
「そうだけどさ」
決まりが悪い、そしてなんか恥ずかしい。
沈黙がものすごく長く感じる。
「ねぇ、エリス」
「な、なに?」
レジスの声が微かに低い。急に一体どうしたのだろう。レジスの声には強い不安が混ざっているのがわかり、私はつい、声がどもらせてしまう。
私の問いにレジスはゆっくりとした声で疑問を口にした。
「なんで、今回は警備を雇ったの?」
なぁんだ、何を言うのかと思ったらそのことか。
それならと父に説明を受けている。私は自身が受けた説明をそのままにレジスに伝えた。
「そうかそうか。それなら良いんだ。そうだよね。今までがおかしかったんだよね」
「そうそう。今まで雇わなかったことがおかしいのよ」
そうなのだ、今まで雇わなかったのがおかしい。いくら平和な国だとはいえここは交易都市。世界各地から様々な人たちが利用し出入りが激しい国なのだ。招待客には貴族の方々も少なくない。万が一であろうと問題があってはいけないのだから。
説明後、納得したような、そして明るい表情で話すレジス。しかし、それはまるで自分に言い聞かせるように聞こえた。
私は急に不安な気持ちが芽生えたが、それを払拭すべく明るい声で肯定する。
でも――それでも、私は胸の突っかかりを取り除きたいが為にレジスに聞いてしまった。
「変に気にしちゃってどうしたの?」
先ほどとは打って変わって明るい顔したレジスが誤魔化すと言うよりは自分の失態を笑うように胸のうちを話した。
それを聞いて私は深く後悔する。後のことを考えれば聞いてよかったのかもしれないけど、レジスの抱いていた不安をそのまま――いや、厄介ごとを背負い込むことは私の本意ではないのだから。
「なんか、嫌な予感がしちゃってさぁ。なんかこう、具体的にはおじさんたちやエリスが危険な目に遭うんじゃないかって――」
もっとも、本人は気づいていないから仕方が無い。伝えようかとも思ったけど、助けられたことも多いし、それにレジスは勝手に見当違いな罪悪感を抱いてしまいそうなやつだから。
でもさ、今回ばかりはやめてほしかったなぁ――
――レジスの勘って外れたこと無いのに。
「エリス、今更だけど、そんな格好でうろついちゃ駄目だよ」
「う、うっさい!」
寝間着なのを忘れていた。
<サイドチェンジ>
「ところで、大丈夫なんすか?」
とある一室に二人の初老の赤と白の混ざった頭髪の男と金髪の若い男。フィリップとケビンが声を落として話していた。
「わかりません。万が一のため私が傍へ仕えているつもりですが」
二人の表情は真剣そのもので、切迫した印象すらある。
その、硬い空気の中、ケビンは思い出したかのようにフィリップへ言葉を投げかけた。
「そうですかい。おっと、忘れてた。ジェノスとは知り合いで?」
その問いかけにフィリップは若干驚くが、話す手間が省けたと言わんばかりに小さく口元をほころばせる。仲の良い友人を語るかのように優しい声だった。
「何故そのことを? まぁ、知っているのなら話は早いですね。彼は信用できます」
その返答を受け、ケビンは堅物のフィリップが気を許している能天気な黒髪に対して強い興味を覚えていた。
「りょ〜かい。それが確認できただけでも心労が一気に減りましたよ。もっと早く教えてもらいたかったんですが」
ジトリとした視線を送られたフィリップは、若干申し訳なさそうにしながらも苦笑する。
「すみません。バーランドの姓は多いですから、同姓同名の可能性が捨て切れなかったもので」
「あぁ〜」と納得しいたかのような、忘れていたものを思い出したかのような声を上げ、若干嫌悪を抱くような難しい表情でその理由とも言える言葉を口にした。
「教会・・・・・・。まぁ、偽れなくはないですからね」
「はい、過信は許されません」
「ま、確認が取れれば良いっすよ。おかげで大分気が楽になったので。ちなみに、俺をこっちに配属したのはどういうわけで?」
「いえ、念のためです」
笑みを浮かべて返すケビンに対して、フィリップは、目つきを鋭くして言う。そしてその言葉にケビンはよりいっそう嫌な予感を覚えずに入られなかった。
「――敵が外だけだとは限りませんので」
その言葉は小さく静かに、二人だけの部屋に響いた。
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