10話
「おぅし、んじゃぁ始めるか」
「「は〜い!」」
日が出て間もない早朝。
若干寝坊し、短めにした日課を終え、シャワーを浴びてすっきりとした私は廊下を歩いて私室に戻ろうとすると、私の日常には無い元気の良い声が厨房から聞こえてくる。
ふと気になった私は、挨拶を兼ねて厨房の様子を盗み見るために足を運ぶのだった。
中の様子を見ると昨日と同じ三人組が『トントン』『カチャカチャ』『ドスン』と不揃いで不規則でありながらも何処か小気味良く感じられる音を立てながら準備を行っている。
今思えば、よくもまぁ去年は二人でこなしたものだ。
漬ける、煮込む、寝かせるなど、手間のかかるものばかり、普段私たち親子は特別料理にこだわることがなく、簡単なもので済ましている。
作ってるのはレイラだけどね。
ちなみにレイラには現在、厨房への立ち入り禁止令が布かれている。エドガーさんいわく料理はまずくないけどむらがありすぎる。
とか言って誤魔化していたが、下手にデザート系を作らせないためだろう。
流石に劇物をメニューへ混入させるわけにはいかないからだ。
話がそれた。とにかく、パーティーで出す料理はそうは行かない。
私たちの国や町特有の地方料理は2,3日かけて作る手の混んだ物が多い。
特有と言っても発祥と言うわけではなくて、世界各国から集まった食文化を万国向けに改変したものらしいけど。
まぁ、なんというか手間もそうだけど種類も多い。中には極東の郷土料理も取り込んでいるくらいなのだから。
――そういえば、エドガーおじさんが『一品に懸ける心構えを学ばされた』とか言っていたけど。
おじさんにそうも言わせるとは・・・・・・恐るべし極東。是非とも本場でその料理を堪能してみたい。
あぁもう・・・・・・話がそれてる。
とにかく、招待客からかなり幅広い種類で期待がかけられているというわけなのだ。
とにかく、素人の私から見てもめんどくさそうな料理が多く、そしてそれを期待されている。
それを凝り性な二人(そのうち一人極度のだ)で作業する。想像するまでも無いだろう。
うん、改めて自分の浅はかさが嫌になってきた・・・・・・。
・・・・・・。
お〜し!
私は厨房に負けないくらいの元気な声で朝の挨拶をするために厨房の中へと踏み込んだ。
・・・・・・邪魔にならなければいいのだけれど。
「おはようございまっす!」
「おう! おはようエリスちゃん!」
「おはよ」
「おはようございます」
私の精一杯の挨拶に、にっかり笑みを浮かべながらいつも通り元気いっぱいに返すエドガーおじさん。視線をこちらに向け片手を軽く挙げて作業にすぐ戻るレジス。微笑を浮かべて小さくお辞儀をするジェノスさん。
三者三様の対応で挨拶が返ってきた。実に性格が表れていると思う。
まぁ、レジスは声で返ってくるだけいいほうだけどね。集中すると没頭するからアイツ。
普段は人見知り皆無の(エドガーおじさんほどじゃないけど)ゆったり丁寧、陽気なやつだし。
しかし現在、今レジスは大鍋を黙々とゆっくりじっくりとかき混ぜている。う〜ん、表情が真剣そのものだ。私との手合わせでもあんな顔を見た記憶は無い。
くっそぅ・・・・・・絶対に目に物見せてやる。余裕を見せていられるのも今のうちだ!
あっと・・・・・・そうそう。
「もう伝わっているかもしれませんが、念のため。今日のギルド員の賄いの件ですが、警備側は必要なくなりました」
「あぁ、その件かい。ならレイラから聞いているよ」
やっぱり話してあったか。そうだろうとは思ったけど。
「あと、ジェノスさん。今日の講習は免除だそうです。最初には顔を出して頂きますが、その後はこちらの手伝いをして頂きますので。もちろん報酬は上乗せさせていただきます」
「ほぉ! それは助かる!」
間髪入れるまもなくおじさんが歓喜の声を上げる。・・・・・・ごめんなさい。この喜びは現状の厳しさを物語っていると見た。
「はい、わかりました。・・・・・・報酬は別に元のままで構わないのですが。えっと、しかし、良いのですか? この国のマナーは詳しくないのですが」
おじさんに続くようにしてジェノスさんが了承と共に、何かを呟き、そして若干困惑しながら尋ねてくる。しかしこの人、嫌に礼儀正しいな。
いや、この国の人がフランクすぎるのか。私が硬すぎると言われるくらいだし。ちなみにフィリップは例外中の例外だ。
しかし、おじさん・・・・・・うれしそうね。その笑顔が眩し過ぎます。
いや、いつでもおじさんは喜、楽の象徴的存在だけど。
「問題ないですよ。フィリップからのお墨付きですので安心してください」
「はぁ・・・・・・。・・・それ・・れでプレッ・・・が・・・・」
私は笑みを浮かべながら彼の不安を払拭すべく(そこまで不安でもないだろうけど)言葉をかける。ため息のような返事の後に何か呟いたようだけどうまく聞き取れなかった。
なんか、余計なものを助長してしまった感が否めない。
まぁ、大丈夫でしょう。
・・・・・・たぶん。
「・・・・・・ひどいやフィリップさん」
訂正。確実に大丈夫だろう。二人に面識どころか交友の匂いが感じられる。
<サイドチェンジ>
「おっす!」
「こんにちは」
きっちりと使用人の服装で身を固めたケビンが片手を挙げながらにこやかに声をかける。金色の髪もきちんとそれらしくセットされており、その様子は違和感が無いどころか周囲の目を否応無くひきつけるほどのものだった。
その声に答えたのは黒のスラックスに白のワイシャツというラフな格好にエプロンをつけたままのジェノスだった。
「ごっくろうさん。どうだい調子は?」
「順調らしいですよ」
「そうかい。それはなによりだよ。・・・・・・で」
首をかしげるジェノス。
「なんでエプロンつけたまんまだよ。お前」
ジェノスは思い当たったかのように「あぁ」と先ほどエリスから伝えられたことを話す。しかし、その話の内容にケビンの表情に陰りがはいった。
「なぁジェノス――いや・・・・・・まぁ、がんばれよ。そういや聞いたか? 警備側のやつらは午後からだとよ。まったく、俺らは一日だっつーのによ。お前ほどじゃないがな」
「らしいですね。でも、会場設置の手伝いがなかったら休みでしたよ彼ら」
「そうだな。・・・・・・力仕事はあっちに任せるか」
低い声でケビンは何かを言いかけたが、すぐにいつもの明るい調子で話題を逸らした。しかし、ジェノスは気にした風もなく話しを合わせる。
そして、しばらく何事も無かったかのようにとりとめも無い会話を続けていると広間にフィリップが現れ、
「おはようございます。それでは早速ですが、簡単に今日の予定を説明させて頂きます」
本日の業務が開始されるのだった。