9話
「明日、追加分の羊肉と果実、えっと、リンゴとイチゴあとブドウとかね。あ、あと海魚と貝、あと海草が当日の朝届くみたいだから、その日の朝の内に支払い頼むよ。まぁ、市場で先でも後でも支払い済ませれば大丈夫だから今からでもかまわないんだけど。無いとは思うけど追加があるときは親父からエドワードさんに話がいってるはずだから確認しといて」
りんごにいちごかぁ、デザートが楽しみで仕方が無い。普段食しているデザートがアレなだけに。
「は〜い。予算は足りそうなの? なんかあったら早めにね?」
父さんと共に、市場に再度確認へ行ったおじさんの変わりとして、レジスが現時点で確定した事項を私へ報告してくる。屋敷にいたギルド員はすでに解散し、いつも通り静かへ戻っていた。
「予算内だよ、きっちり値切ってきたからね。浮いた分は他に回したけどいいよね? あとは――とりあえず思いつく限りではないはずだよ。問題なしさ!」
「ならよし!」
レジスは報告を終えるとサムズアップをし、私も同じように返す。私たちはニッと笑いあいながら利き腕の拳をコツンと合わせ、この国特有の確認の儀式を行った。
そんなやり取りを玄関の中央でレジスと行うのも久しぶりな気がする。そんな干渉を抱きながら、会話の様子は極めて和やかに進んだ。
「相変わらず、まぁ変わるはずは無いけど、この屋敷は広いなぁ」
「エェ〜、何その、さも懐かしいみたいな言い方」
「俺は一年ぶりなんだけど、この屋敷来るのは」
・・・・・・そうだっけ?
首を傾げる私にレジスが呆れ顔だ。
「そうだよ、エリスは用事があるたびに母さんと一緒に遊びに来てたけど」
そういえば、あそび(組み手)以外では会わないからなぁ。学園にいた頃は良く会ってたけど。
レイラがいなければ接触は無かったかもしれない。
「あらためて考えると家の宿より広いとか・・・・・・敗北感が」
レジスはぐるっと見渡しながらぼそっと呟く。
私にとっては見慣れた広間。古ぼけた絵画や、壷などのアンティークでは片付けられないほど古いフィリップのコレクション以外派手な装飾品は置かれていない。
しかし、その部屋は確かに広く、レジスの呟きによって発生した声量は小さくも響くように反響すると共に吸収されていった。
「この屋敷は貴族のものほど広くは無いって聞いてるよ?」
「とりあえず比べる対象が間違ってると思う」
まぁ、私もそう思う。確かにこの家は広い。それに加えてここにはレイラを含む数人の使用人兼従業員とフィリップだけしかいないこともあってガラガラだ。
「ところで、急にギルド試験受けるってきめたけど、解決でもしたの? いろいろ悩んでたのに」
「あぁ、そのこと。いやさ、荒事専門ではないんだろうけど、ギルド員のジェノスさんから『大丈夫』っていう後押しをもらったからね。それもあるかも」
へぇ、あの人がね。確かに仕事はできる人だ。
だけどなぁ。
「・・・・・・社交辞令じゃないの? いかにも人がいいって感じだし」
ついでに言えばギルド員の実力も信用ならない。
ティファの件もあるしね。
「人がいいじゃなくて、いい人・・・・・・だろ。少ししか言葉を交わしてないけど、安易な社交辞令をする人では無いと思うよ。あくまで勘だけどさ」
そんなレジスの言葉を聞くと私はニッと笑いながらも、鼻で小さく笑う。そして、やけに自信がある様子を見て私は多少ながらも安堵した。
「そっか。あんたのそういった勘は当たるみたいだしね。そういうことにしとくわよ。でも、あんま鵜呑みにしちゃだめだからね」
コイツの勘は当たるから。私は、後半の言葉をレジスにそれと同時に自分にも言い聞かせるつもりで言った。
「分かってる。・・・・・・ジェノスさんどういった仕事してたのかなぁ。武器は携帯してないみたいだし、さらに言えば重心もバラバラだったんだけど。なんていうか隠してそうな気がしてさ」
そこまで見てるレジスもどうかと思うけど。
「気のしすぎじゃないの?」
まぁ、でもレジスにギルドで働くための判断材料が欲しいのかもしれない。どんな人か分かれば、何処まで信用できるか分かるだろうし。
「実はさ、ちょろっとギルドの履歴見だんだけど。そのぶんだと広く仕事してるみたいだったよ? どれが何かわからないけどね。たしか――仕事暦は4年。内容は、少なかったのはG〜Eが一桁で、あとAも5つだったかな? 他は3桁とか4桁に近いものもあったわね」
記憶に残っている漠然とした内容を伝えると、レジスは信じられないことを聞いたと言わんばかりの呆けた顔をする。
そして、興奮を抑えるように押し殺した声で私に気になったと思われる項目を確認してきた。
「・・・・・・Aがなんだって?」
レジスがちょっと怖い。
私はついつい一歩引き、重心を後ろに傾けながらレジスの問いに答えた。
「え、えっとさ・・・・・・だから5つ。最初に目に入ったからそこだけは正確なはずよ?」
「エリス・・・・・・Aランクの依頼って知らない? いや・・・・・・しらないんだろうけどさ、予想つかないかな? ランク分けとしてはあからさまな気がするんだけど」
A・・・・・・始めの文字? ああもうわからない。
「知らないわよ。アレって職種別に分けてるって話でしょ? 基本とか無難な職ってこと?」
「まさか! Aランクなんてそうそう受けるもんじゃないよ! ましてや僅か数年で5回だなんて!」
ちょっと――落ち着いてほしい。そして顔が近い。
「・・・へぁ?」
開いた口から間抜けな声が漏れてしまった。私は一体どんな顔をしているのだろうか。想像としては、レジスに対する驚きと怯え、恥ずかしさと困った顔がブレンドされた状態のはずだけど。
うん、想像もつかない。
「Aランクの依頼はね――」
そんな私の様子を無視するかのように、レジスは興奮した様子でごくりとつばを飲み込みながら言葉をつむいだ。
「――賞金首や上位魔獣の討伐だよ」
うん、
とりあえず。
レジスが興奮する程度に凄いということは理解できた。
<サイドチェンジ>
「んで?結局手伝うことになったと?」
屋台席のテーブルに置かれたトマトやパプリカといった彩り鮮やかな野菜で盛り付けられたサラダを皿によそいながらケビンは向かいの席の人物に呆れた様子で問いかける。周囲では様々な声が飛び交いにぎやかに食事を取っており二人の会話を気に留めるようなものは誰もいなかった。
「あはは。まぁ、はい・・・・・・そうです」
問いかけられた黒髪の青年は誤魔化すような笑みを浮かべ答えると、視線を周囲に回しながらコップに注がれている緑色の飲料に口をつけた。ドロドロとした液体とも固体とも判断できないその代物が流れ込むの様子を見るとケビンは「うへぇ」と顔をしかめながら自身の頼んだまともな飲み物を口に運ぶ。
「いや・・・・・・いいけどよお前自身のことだし。しかし・・・・・・ジェノス。よくそんなもん飲めるなぁ」
「慣れればおいしいですよ。野菜独特の臭みとか」
「臭みと言う時点で好んで飲む気になれねーよ」
もぐもぐと皿のサラダおいしそうに頬張りながら鶏肉のソテーをフォークで突き刺すケビン。だが、ジェノスが「おいしいのになぁ・・・・・・」と呟くとごくごくとドロドロとした液体を飲み込む様子を眺めるたびに顔を青ざめていた。ジェノスはそんなケビンの様子を眺めながら、少し不貞腐れたような表情でコップを両手で持ちチビチビと味わうように飲みこんでいく。流し込まれる液体はともかく、その様はまるで小動物を連想させ、見ていて庇護欲をそそるものがあった。
「コイツが厨房・・・・・・大丈夫か?」
「え?」
「いや、なんでもねーよ」
ケビンは首をかしげるジェノスを眺めながら小さく笑う。その笑いは若干の不安が含まれているようだったが、今この時を楽しんでいることはたしかだった。そして彼は諸々の状況を楽しむかの様に再び『当たり』の屋台の料理を堪能することに専念するのであった。
<サイドチェンジ>
「つ〜か〜れ〜た〜」
寝室に戻ると、私はため息と共に誰もいない部屋で一人呟いた。
レジスの如何に魔獣退治が危険かと言う説明をただひたすら1時間聞かされる破目になってしまった。
嘘でも知っているというべきだったと後悔している。
中位魔獣を倒すのにすら軍が派遣されるとか。騎士なら中隊から小隊、異能者や火器武装したものでも数人であたる、などという知識を披露されたわけだけど。
結局のところ、私にはさっぱりもとい、ピンと来なかった。わかったことといえば私には無理と言うことくらいだ。
騎士と言うのは言わばプロなわけだし、皆、レジスより――少なくとも私と比べるべくも無いほどに強いだろうという単純な考えからだけど。
ちなみに、レジスがそんな知識を何処で得たのかという疑問はこの際放っておくとする。おおよそ、おじさんかフィリップといった所だろう。
などと、私は父との夕食を終え、寝室で寛ぎながら今日を振り返っていた。
体をほぐすべく、大きく息を吸い込むと同時に伸びをする。
自分でも間抜けと思える気の抜けた音が口から漏れるが私は気にしないことにする。
そして、ベットに背中から倒れこみ、天井を眺めながら今日一日のことをあらためて振り返えった。
例の問題以外で父さんに確認を取ってみたけど特に変更点はないとのこと。その件以外では順調に事が運んでいるようで何よりだと思う。
エドガーおじさんたちに謝罪したあと、簡単な食事を取って給仕の様子を見に行ったが、驚くほど順調だった。あの様子だと、皆経験があったのかも知れない。まぁ、見覚えのある人も数人いたしね。
特に双剣の男、格好や髪型がまるっきり違っていたけど、あのキレのある動きは見た記憶があった。むしろ無かったとしても急遽、警備の人材から引っ張り込んだギルド員としては満点をあげることができるだろう。
この様子なら今のところ、厨房以外ではまったく問題なしと見てよさそうだった。
警備に関して私はさっぱりだったけど・・・・・・。
とにかく、その、目に見えてとまではいかないけど、可能性がある問題の厨房もジェノスというギルド員のおかげで何とかなりそうだし。
う〜む、他に何かあったかなぁ。
あぁ、そういえば。フィリップが嬉しそうに古ぼけた本を持ってたなぁ。これは問題というより、変わったことだけど。
う〜ん・・・・・・。
・・・・・・。
あぶなっ! うっかり寝てしまいそうだった。
若干、意識を手放していたような気がする。
流石にこのまま寝るとまずい。服に皺がついてしまう。
私は慌てて、起き上がり、両手を大きく広げるように伸びをしながら再び思考に戻った。
しっかし・・・・・・。
レジスが急にギルド登録すると言ったのにはすこし、ほんとに少しだけど驚いた。
確かにこのパーティーが終わればしばらく忙しい時期もないしタイミングとしては不自然なところなんて無いけどさ。
だけど、なぁ・・・・・・。
私は先月アイツがふとこぼしてきた言葉を思い出す。
『俺の剣でギルド員勤まるのかな・・・・・・』
深刻そうな表情で言っていた言葉。まさかギルド員の一言でこうも簡単に決心するとはなぁ。
その原因を作った人物も只者ではないみたいだったけど。まったく、レジスの興奮具合は驚いた。まぁ、もらった『お墨付き』が信用できるとわかったし良しとする。
外見で人を判断してはならないとは、まったく持ってそのとおりであることを私は学んだ。
まぁ、外見どおりの人もいるという事実を忘れるつもりも無いけど。
う〜ん、あの人が三人いれば完璧なんだけどね。こう――分身でもしてくれないだろうか。
「あ〜〜〜〜」
ありえないことを考えても仕方が無い。むしろ警護ではもったいない人材だし厨房に入るだけでも感謝しなくちゃね。
しかし・・・・・・『それもあるかも』か・・・・・・他にも何かあるのかなぁ? 考えすぎかな?