8話 レジス
「お疲れ様です」
銀髪の少女から労いの言葉が僕達親子に掛けられた。肩口まで伸びた銀髪が流れるように揺れ、天辺で一つにまとめられた長髪は鞭のように跳ねあがった。両手を前方の下腹付近で添えるように重ね、肩を竦めながら会釈し、先ほどの言葉をおくる様子は労いの言葉ではありながらまるで謝罪の響きが感じられた。
現在、ギルドの方々の食事(父は食事と認めないらしいが)を作り終え、僕たちはとりあえず小休憩を取っている。
ジェノスさんという予想外兼、強力な助っ人が現れずいぶんと助かった訳だけど、それでも普段と比べれば過剰な労働だったことに変わりは無く、僕は簡易的な食事をとりながらダレているのであった。
「何とかなりそうでよかったよ。来年は絶対厨房増やしてよ? 当日のこと考えると正直給料とかどうでも良くなってきた」
いや、元々稼ぎなんてどうでもいいんだけどね。頼まれなくとも手伝ってた気がするし。
「確かにな、賄が増えるだけと、高をくくっていたが、これは・・・・・・甘かった」
エリスの労いの言葉に対し、僕はついつい不平をこぼし、珍しくも親父はそれを咎めずそれに乗っかってきた。
うん、僕がだらしないわけではないようだ。
まてよ? ・・・・・・しかしこれって明日も続くのかな?
微かな絶望感が僕の心の中を侵食し始める。
「すみません・・・・・・まさかこれほどとは・・・・・・。私の管理不足でした」
エリスがしゅんと肩をすぼめて謝罪してくる。それこそ僕達が気まずくなるほどの気持ちのこもった謝罪をしてきた。目じりに涙が滲んでいても不思議ではない表情で、だ。ソレを見て慌てる親父。うん、滑稽なほどわたわたと慌てている。
「いや、エリスちゃん。話を受けながら慢心した俺らが悪いんだよ。それに辛くはあるが無理ではない。これくらいは失敗の内にはいらないよ」
親父が必死になってエリスを擁護している。その様子は親ばか父親が泣き出しそうな娘必死になだめるかのような様子である。まったく、過去を振り返ってもここまで優しい言葉を掛けられた記憶は僕にはない。これは、下手しなくても確実に2,3段階は僕の位置づけは下かな。
なんの段なのかはこの際スルーすることを推奨する。
まぁ、エリスやエドワードさんとは家族のような付き合いをしているし、親父からすれば娘と言ってもいいのかもしれない。僕も妹のように思ってるし。母さんもそうだろう。ちなみに母の名はレイラと言う。ここで働く家政婦だ。
とにかく、そんなことよりも。親父焦らせるようなエリスの顔を作る原因となった言葉を発した自分に嫌悪感がつのる。何とかしないと・・・・・・えっと。
この空気を脱するために僕は――。
「そういえば、ジェノスさんはどこ? 先ほどまでいたと思ったけど」
無理やり話を逸らすのだった。ちょっとこれは無理があり過ぎだったかもしれない。
「どこって、ギルド員のほうで食べてるんでしょ」
そんな僕の心情を知ってか知らずか、エリスは僅かに呆れの入った声色で答える。うんまぁ、そうだとは思ったけどさ。とりあえず、「あぁ、そっか」と納得しておく。
しかし、ホントすぐさっきまでいたはずだったんだけど。なんかこう・・・・・・あの人薄いというか希薄なんだよなぁ。何処というより何時といった疑問が沸いてきた。
「ギルドといえばレジス。何時、認定試験を受けるつもりだ?そろそろ国内だけでもいいから慣らし始めろ。難しい試験でもないのだからな」
何時・・・・・・かぁ。そういえば考えてなかったなぁ。よし。
「じゃあ、エリスが発った二日か三日後にでも受けるよ」
「ずいぶんと急ね」
僕の言葉にエリスが眉を顰め、親父は「そうか」と言いにっと笑っている。笑ってはいるがその言葉には多少の寂しさを含まれているような気がした。
「今回で、実際にギルドの人たちと一緒に働くことになったわけだし。そのまま近い気持ちで行こうかなってね」
「そういうことか」
自分で理由になってないんじゃないかと思ってしまえる内容を口にしたわけだけど。なぜか賛同ととってもいい言葉が返ってきた。
僕も人のこといえないけど、エリスも単純かもしれない。
「なんか・・・・・・不愉快な思考を感じたんだけど・・・・・・」
「キノセイダヨ」
あぶないあぶない、他人の電波を受信する術をもっているとは。エリスもなかなか天然かもしれない。人のことは言えないけどね。とにかく気をつけなければ。そんな心情を知ってか知らずかエリスは半眼で僕に睨みを利かせながら、『フンッ』っとそっぽを向く。
「まぁいいわ。それでは午後もよろしくお願いしますね」
そして、エリスは大きくため息をついた後に真面目なキリっとした顔に切り替え、親父と僕に言う。そして「あいよ」「了解」という僕らの返事を聞くと部屋を出て行った。
う〜ん、僕たちもそうだけど、あいつも働きすぎだろう。そもそもここは、屋敷や、手がけてる業務の規模に比べて、使用人や従業員が少なすぎると思う。さらに言うならほぼ身内みたいだし。今更な感じがしないでもないけどこうやって屋敷内に入るのは久しぶりなのだから仕方がないだろう。
エリスは度々遊びに来るけど。
まぁ、僕の狭い世界で判断するのもおこがましいかな? 旅をすれば見えてくるのかもしれない。うん、急に楽しみになってきた。とりあえずは・・・・・・。
「さて、食ったら洗って片付けるぞ。その後在庫確認だ」
「おう!」
この数日間を乗り越えなくちゃね。
<サイド、エリス>
「お疲れ様です」
私は何かねぎらいの言葉をかけようと思ったけど、結局口にできた言葉はこんな当たり障りの無いものだった。
その相手となる二人はというと、私が部屋に入ったときには、別室でレイラが作ったサンドイッチを食べ、ようやくといった様子で一息ついていた。
久しぶりに夫と息子に食事を振舞える。と言って張り切っていたものだけあり具沢山だ。
まだ食事を取れていない私には、とてもおいしそうに見えて仕方が無い。
まずい、お腹が鳴ってしまいそうだ。
その二人の様子は心なしか疲れているように見えて、私は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
あぁ、気持ちがどんどん落ち込んできた。私の存在に気がついたのかレジスがこちらを見る。その目から疲れが見て取れた。
「何とかなりそうでよかったよ。来年は絶対厨房増やしてよ? 当日のこと考えると正直給料とかどうでも良くなってきた」
レジスはぐだぁっとした様子で頼むように言う。その声色には私を責めるものを感じることは無かった。実際にそんな気持ちも無いとは思う。何せレジスだし。
しかし、それでも私は自身の未熟さを指摘されているような気持ちになってしまった。なかなかに重症かもしれない。
「確かにな、賄が増えるだけと高をくくっていたが、これは・・・・・・甘かったな」
おじさんの声が続く。レジスその言葉にうなずく「予想外兼強力な助っ人が現れたからずいぶんと助かったけど」と小さくこぼしていた。
うん、ジェノスさんありがとう。
「すみません・・・・・・まさかこれほどとは・・・・・・。私の管理不足でした」
謝罪することしかできていない自分が嫌になる。今年はもう大人として振舞わなければいけなかったのに。
・・・・・・出だしからこんな調子かぁ。
「いや、エリスちゃん。話を受けながら慢心した俺らが悪いんだよ。それに辛くはあるが幸い手伝いも見つかったじゃあないか。これくらいは失敗の内にはいらないよ」
などと、思っていたら、おじさんが必死になって私に慰めの言葉をかけてくれた。
え、ちょっと。そんなに慌てられるとその慰めに申し訳ない気持ちを抱いてしまいそうなのですが。
でも、それでもそんな気遣いが少し嬉しく、甘えてしまいそうな私はまだまだ子供かもしれない。
しかし、
・・・・・・そんなに変な顔をしていちゃってたのかな?
居心地の悪いはずの空気。しかし、それと同時に心地よい。
とても暖かく、幸せな世界だと。何の前触れも無く私は思った。
父も母もいる私だけど、いつも一緒で、母のように接してくれるレイラ。その夫であるおじさん。
まるで家族のようだと私は思い苦笑してしまう。となるとレジスは・・・・・・まぁ、弟だろうか。
む・・・・・・。なんか、私の思考と一部において正反対な思考を抱かれた気がする。
とにかく、私は唐突ながらも随分と恵まれているこの成生活にあらためて感謝した。
「そういえば、ジェノスさんはどこ? 先ほどまでいたと思ったのに」
急にレジスが意図してかそれとも素か、強引に話題を変更してきた。
「どこって、ギルド員のほうで食べてるんでしょ」
私は僅かに呆れの入った声色で答える。レジスは私が答えると微妙な決まりの悪そうな表情で「あぁ、そっか」と納得した。
しかし、おかしいなぁとでも呟きそうに考え込んでいる。特別重要な用件じゃなさそうだし、別に聞く必要もない。
でも、例の違和感のこともあり、私はついつい尋ねてしまった。
「ホントすぐさっきまでいたはずだったんだけどなぁって」
それだけかい・・・・・・。
おじさん曰く、レジスが腑抜けたときに小さく声をかけてきたそうだ。
「ギルドといえばレジス。何時、認定試験を受けるつもりだ? そろそろ国内だけでもいいから慣らし始めろ。難しい試験でもないのだからな」
「じゃあ、そうだな。エリスが発って、二日か三日後にでも受けようかな」
「・・・・・・ずいぶんと急ね」
レジスの言葉に私は眉を顰める。おじさんは「そうか」と言いにっと笑っていた。その顔は『よく決めた』と言わんばかりの明るい表情だった。
しかし、その発せられた言葉に含まれる多少の寂しさが隠されているような気がした。
私の勝手な思い込みかもしれないけど、そう間違いでもないと思う。
「今回で、実際にギルドの人たちと一緒に働くことになったわけだし。どうせだからその、気持ちが近いうちに行こうかなってね」
レジスが理由らしきことをいっている。しかし、それは自分に言い聞かせているように私は感た。
「・・・・・・なるほどね」
理由になってないんじゃないかと思ってしまったが、気持ちの問題なのかもしれない。決心のつかなかった事柄をようやく決めたのだ。下手に追求して挫くのは無粋だろう。
・・・・・・。
なぜかレジスが生暖かい視線を私に送ってくる。
「なんか・・・・・・不愉快な思考を感じたんだけど・・・・・・」
「キノセイダヨ」
棒読みの答えが返ってきた。コノッ――絶対なんか考えてたでしょ!
じっとりと見つめるが、視線を逸らされた。
まったく・・・・・・。
しかし、いつの間にか先ほどまでの憂鬱な気持ちが吹き飛んでいたことに気がつき、そんな単純な自分にため息をつく。
「まぁいいわ。それでは午後もよろしくお願いしますね」
そして、私は気持ちを切り替え、二人に一言のこし、「あいよ」「了解」という二人の返事に送られながらフィリップと確認を取りに向かうのだった。
二人の負担を何とかして軽くしなければ。