Sweet Memories...
綿畑の下には
死体が
埋まっている
私は毎日
綿を摘みに行く
あの人が愛した
綿を摘みに
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Sweet Memories...
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一日の始まり。
決まった時間になると、ベッドから抜け出し、裏の綿畑に行く。
今の季節だと、まだ世界は夜だ。
私は軟らかな土を踏み、人気のない綿畑の一角を目指す。
可もなく不可もないクルミの木の根本。
ここに朝のこの時間だけに開く綿を摘んで持ち帰る。
それが私の日常。
少し前まで、私はこの国ではそう珍しくもない戦士だった。
数多いモンスターと対峙し、暗く湿ったダンジョンに潜り、宝をあさる、冒険者。
危険な場所に出されたゲートに飛び込んでしまい、無数のネズミを相手にダガー1本で戦ったこともある。
人を殺したこともあるし、人に殺されることもあった。
なにかおかしいって?
そんなことはない。
だって、ここはそういう世界。
冒険者登録していれば生き返ることができるこの大地では、死は滅びではなかった。
死んだら、蘇生術ができるものに生き返らせてもらえばいい。
猛毒を飲んだり、魔法で焦がされたりしても、恐れることは何もないのだ。
だから、私には死は遊びの一つだった。
何もかもが楽しかった。
世界が全部自分のものだと信じていた。
そう、信じていたのだ。
あのときまで……。
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その日、私は竜が住む洞窟へ行った。
いつもの遊び。
ろくな防具も着けず、ショートスピア1本で、赤いドラゴンに挑む。
限界に挑戦!とか言っていた気がするが、そんなのは口実。どうだっていいことだ。
案の定、私はあっさりと焼かれて死んだ。
炎が体を包むときの灼熱感は酷い痛みを伴うのだけれど、痛みすらない灰色の世界に飛ばされるときの、一瞬目の前が真っ暗になる感覚が、うっとりするほど快感なのだ。
この話をすると、大抵の人間は呆れた顔をする。人の好みは様々ってとこだろうか。
洞窟の中には竜狩り目的の冒険者がたくさんいて、蘇生術を憶えているものもいるようだったが、他人の手を煩わせたくなかったので、洞窟を出て、一番近い町であるスカラレイに走った。
幸いなことに、町に入る前、郊外の綿畑でヒーラーと出会えた。
蘇生術を使えるヒーラー達は、修行なのかわからないが、汚い茶色のローブを着て世界中の至る所にいる。
私は彼らに興味がないが、こうして生き返らせてもらえるのはありがたい。
無表情なヒーラーに礼も言わず、私は再び洞窟に戻った。
まだ死体が残っていたので、無事に荷物を回収できた。
これでまた遊びが続けられる、と笑う。
そして再び、竜に挑んだ。
今度は鋭い爪にかかって死んだ。
激痛の後に来る灰色の世界。
心地よい私の世界。
はらわたが出た無惨な死体を残し、私は先程ヒーラーがいた場所に行った。
ヒーラーはまだそこにいて、幽霊の私が近づくと、何の疑問もぶつけず、蘇生してくれた。
なんて便利。
私は嬉々として洞窟に戻った。
そんなことを10回ほど繰り返したとき、今まで何も言わなかったヒーラーが私に尋ねた。
何に それほど 満ち足りたく 思うか
私は質問の意味がわからなかった。
何故死にたがるのかを聞かれたことはあったけど、この問いは初めてだったからだ。
「私は満足している」
こう答えると、ヒーラーは首を振った。
そして、呟く。
貴女は火に飛び込む虫のようだ
私にはわからなかった。
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その日、私は綿畑裏にある廃屋を買った。
ぼろぼろで崩壊寸前の割に、高かった。暴利だというと、それでもここの地価からすれば破格の値段だと言う。
嫌ならいいという売り主に詫び、感謝の気持ちに以前倒したドラゴンが持っていた青弓をプレゼントしたら、家に残されていた家具や道具を全部譲ってくれた。
ありがたいことだ。
そして私は毎日、綿畑の一角にあるクルミの木の下で瞑想するヒーラーを眺めて過ごした。
どこにも行かず、一日中、ヒーラーだけを見つめ、たまに話をする。
ただそれだけの生活なのに、死の瞬間よりもずっと心地よい。
不思議だった。
今までしてきたどんなことよりも、心満たされる思いだった。
こういうのもいいな、と思った。
そんなある日。
ヒーラーが言った。
私は もうじき 死ぬ
ワタシは笑って言う。
「生き返ればいい」
そんな私を悲しげに見たあと、ヒーラーは首を振って微笑んだ。
忘れたか?
冒険者でない者は 世界の理により 蘇生は叶わないのだ
私は愕然とした。
この世界から存在が消える!?
考えるだけで体が震えた。
そして、わかった。
死んだ瞬間の暗黒に快感を覚えていたのは、その後に生き返って、同じ事を繰り返せるという事実があるか
らだ、と。
私は、いつまでも続く生暖かい世界に浸って陶酔している、愚か者だったのだ、と。
私は生まれて初めて、泣いた。
そのとき、ヒーラーの手が私の頭に触れた。
今まで私に触れたことがなかったヒーラーが、私の存在を求めているようだった。
そっと手を重ねると、ヒーラーは微笑んだ。
私が死んだら綿畑に埋めてほしい
私は綿が好きだ
綿は人に摘まれ、紡がれて布になり、形を変えて人の中に入り、役立って、消える
どんなに摘まれても、時間が経てばまた姿を現し、また摘まれて世界に広がっていく
あるときは癒し
あるときは包む
私はそういうものに生まれ変わりたい
私は頷いた。
すると、ヒーラーは今までに見たことのない微笑みを向け、耳元に口を寄せて囁いた。
それにここなら
貴女の傍にいられる
私は貴女の 赤い綿のような髪が
とてもとてもとても 好きだった
そして、死んだ。
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私は遺言を守り、ヒーラーを綿畑に埋めた。
いつも瞑想していた、クルミの木の根本に。
それから、この綿畑では、一日に一度だけ、赤い綿ができるようになった。
だが、人はそれを知らないだろう。
なぜなら、クルミの木の下にはえたそれを、私がすべて摘んでしまうから。
紡いで織ると、できあがった布はヒーラーが着ていたローブの色、染めではでない明るい茶色になる。
私はそれをスカラレイの裁縫屋に卸して、生計を立てている。
もう戦士ではなくなったが、今、私はとても満ち足りた思いだ。
きっと、これもまた一つの冒険なのだろう。
以前やっていたゲームの中で書いたお話です。
設定盛り込まなかったので二次創作にはならないかなと短編で出してみました。
ゲームの中だと死ぬことって割と簡単だよなと思って書いた作品です