終末世界少女
かつてこの星には広く知的生物が生息していた。
私たちはそれらに造られた産業廃棄物の集合体である。
私たちは永遠の命と永久の不明目的のために陸地を這い回ることしかできない。
電気信号は攻撃命令を繰り返している。
だが、ここに攻撃対象など存在しない。もういない。
『《error1638》ヲ検知シマシタ。処理ヲ実行シマス。……《error4723》ヲ検知シマシタ。《error591《error11118》ヲ《error005《error《e《error1608》ヲ検知シマシタ。……《error641》ニヨリ処理ヲ実行デキマセンデシタ。……再試行ヲ行イマセンデシタ。全データヲ消去シマス。バックアップヲ消去シマス。機体『code069』ヲ完全ニ初期化シマス。』
かつて日本と呼ばれたその土地は、今や見る影のない鉄屑の墓場だった。
『こんなところに人が住んでたとは思えないな……』
遥か昔、人間の造り出した人工知能の致命的なバグにより人類とAIの戦争が勃発した。
結果として人類は敗北、僅かに残った人間は地球を捨て宇宙に飛び立った。
『酸素濃度が薄い……酷い空気汚染だ。この地区は特に酷いな。先が見えない』
顔全体を覆うガスマスクと特殊繊維のスーツを着ていなければ、たちまち汚染物質に体を蝕まれてしまうだろう。
そうでなくとも、ここはもう生物の住める環境ではない。草木の一本もなく、汚れた空気と二酸化炭素ばかりの星になってしまった。
汚れた霧の向こうで、何かが崩壊する音が響いた。
鉄筋造りの巨大な機械が、悲鳴のような音をたてて首元から瓦解していく最中だった。図鑑で見たキリンのようなシルエットに、口元からは機材を運搬するロープが垂れ下がっている。
『自律思考性の、タワークレーンか』
根元から首が錆び落ちてなお、その四つ足はどこかへ向かおうと動いている。踏み出す度に鉄骨がバラバラと折れ、遂に鉄のキリンはゴミ屑になった。
近付けばまだ、切れかけた蛍光灯のように弱々しい駆動音が聞こえてくる。
まるで、
『機械生物とは、よく言うな』
機械が向かっていた方向には、巨大な何かのシルエットが浮かんでいた。
それは、建設途中の巨大なビルだった。
風に吹かれて数分だけ、そのビルの足場に動くものが数体確認できた。多くはキャットウォークの上に倒れ、停止し、何もない空間に鉄骨を留め付けようと動いていた。存在しない部品を持ってビルを造り続ける作業ロボットは、躊躇いもなく足場から転落した。
『AIのロボット帝国は、所詮夢物語ってことだ』
荒廃しきった機械の共同墓地を歩いていると、そこここで先ほどと類似した光景が見られることがわかった。
彼らは工業用に製造された己が使命を全うするために、壊れるその瞬間までプログラムを実行するように造られている。
疑似生命にすぎない。
意思を持たない。
命令のまま動き続けることしか知らない。
……救われない。
『何だ、あれは』
荒廃した土地を歩き続け、先ほどよりは見通しの聞く場所に出た時だった。
先の方に、座り込む人影があった。
いや、人などいるはずもないのだから人型の何かというべきだろうか。
近付くとそれは、十代後半と見られる白髪の少女の形を模していた。
『ロボット……?停止しているのか』
やや俯いたそれの、短い髪の端から覗く白いうなじに四角い起動スイッチが見てとれた。
――きっと、この時の俺は気が触れていたのだ。
どうしてそのロボットを起動させたのかは分からない。ただ、何の考えもなしに、無意識に、彼女を起動させていた。
気がつくと、私はそこに座り込んでいた。
《攻撃対象ヲ確認 殲滅シマス》
意識を支配するのは不明のファイルから成る強制指示信号。
どうして、何のために殲滅しなければいけないんだろう。
私たちは、何のために動いているんだろう。
わからない。
ワカラナイ。
《不明なエラーが発生しました。システムの再構築を開始します》
目の前にいるのは、なに?
私は、一体なに。
《システムの再構築をキャンセルしました》
目を開いたロボットは、それ以上の反応を示さず沈黙している。
『壊れているのか……』
「わワ、ワタ……ワたシ、ハ、こコ、、壊レて……イるのデすカ」
驚いたことに、そのロボットはノイズのする声音でそう聞いてきた。部品の摩耗による劣化だろうか。
『代わりになる部品があれば、直るとは思うが』
首を動かして周囲を見渡すが、近くに使えそうなものは見当たらない。
『お前、動けるか?』
「……左脚部部に二、、、異……常をカンちしまま………た」
(ダメだな、こりゃ)
ひとつため息をついてその場を離れようと立ち上がる。
何を言うでもなく呼吸のような機械音を小さくたてるロボットは、まるで捨てられた犬のような目で俺の顔を見上げていた。
『……』
『おい、これでどうだ?』
「はい。安定、ています」
何をやっているんだ、俺は。
かつての町の中心街で、拾ってきたゴミ屑を繋ぎ会わせた部品をロボットにあてがう。先程よりはノイズの減った声を聞きながら脚部の部品を適当に固定する。
『不格好だが、歩くのに支障はないだろう』
滑らかな白い太股の先に着く鈍色の鉄骨で、少女は立ち上がった。ずいぶんと不格好な姿だが、本人は気にする素振りも見せず不思議そうにその足元を眺めている。
「あなた、は……何です、か」
感情の乗らないレンズをこちらに向ける少女は、無機質にそう問いかけてきた。
『俺か?俺は……人間だ』
「ニンゲン……この世界を作っ、もの。もう、そんざ ない生命体。なぜ、ここに るのですか」
プログラムされた学習意欲なのか、少女は俺について知ろうとしてくる。
このロボットは、人類の敵として動いているわけではないのだろうか。人型の精巧な攻撃機であるにも関わらず、これまで俺に敵意を向けては来なかった。ともすれば、諜報だろうか。今までロボットから人類にコンタクトが送られてきたことはなかった。
『俺がここにいるのは、地球の調査のためだ。ここが今どれだけ汚染され、どれだけ人工知能が栄えているかを知るために来た。……衛生の網を潜って地上に降り立てたのは、56人いた調査員の中で俺だけらしい』
彼女は有益な情報源になり得るだろう。何にしろ、調査には協力者が必要なのだから。
「人工知能、が、栄え……」
『良ければ、君も俺と一緒に行動しないか。そうすればその体も直してやれるだろう』
内心で少し怯えつつも、少女に左手を差し出す。
少女は動かない表情のまま、俺の手を取った。