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人魚のおいしい調理法


 【人魚】

 水中に生息するとされる伝説上の生き物。下半身が魚の女。マーメイド。今日ではジュゴンの見間違いであるという説が有力である。







 人魚を拾った。大きさは140センチほどで、金髪碧眼の少女の上半身に艶やかな青い鱗を持つ魚のような下半身。透けるような尾ひれは白っぽく、布のように滑らかだ。

 彼女は、身体中が傷だらけだった。

 ぼろぼろの姿で、岩場に打ち上がっていた。


 「お前、ニュースで流れてる奴やんな」

「……」

 言葉が分からないらしい人魚は、不思議そうに俺の顔を見る。付けっぱなしのテレビからは、人魚のニュースが流れている。どこからやって来たのかも分からない、正体不明の生命体。

 「きっとあれやね、お前、世間様に捕まったら生きては帰してもらえんやろな」

「……」

「……俺は守ってやれへんぞ。連休明けたら仕事やし。うちの水道代、お前のために上げられへんもん」

「……」

「お前、どっからきたん」

「……」

「喋れんのか。海ん中やったら、イルカみたいに超音波で話とったりしてな」

「……」

「なんや、ペットみたいやな。お前」

「……」

「……どないしよ。こんなん連れ帰って、誰かにばれたら大事やぞ」

「……」

「……警察にでも届けたらええんやろか」

「……」

「せやなぁ。お前も、人間の都合で実験動物なんかなりたないよな。海に帰したったらええんか」

「……」

「海に逃がしたところで、どこぞの漁師に捕まりそうや。ちゅーか、この現代に人の目の届かんとこなんてあるんやろか」

「……」

「お前は、どうしたいん」

 人魚は風呂の縁に両手をついて、俺の方をただじっと見つめている。時折窮屈そうに尾ひれを翻し、水音を響かせる。

「お前、何か考えたりはしとるんか」

「……」

「犬猫でさえもっとまともな反応するで」

 頬をつついても、片腕を持ち上げてみても、人魚は表情ひとつ変えない。

「……腹とか、減っとるんか」

「……」

「人魚って、何食うねん。肉……魚か。海に棲んでんねやろ。うち今乾燥昆布しかあらへんぞ。この時間やったらスーパーやっとらんしなぁ。あ、煮干しや。昆布よりましやろ。ほれ、どうや」

「……」

「食わんか。何ならいいねん。明日まで絶食やぞお前。ツナ缶とかいっとくか?」

「……」

「……もしかして、これが食いもんて分からんのと違うか?無理矢理口にねじ込むのも気ぃ引けるし、どないせぇっちゅーんじゃ」

 人魚は無表情に、目で俺の動きを追う。ただ動くものに反応して顔を動かしているだけかもしれない。

「桜エビのふりかけとか、どうや」

 袋の封を切ると、煎りエビの香ばしい匂いが漂った。中身を小皿に出して見せると、人魚は首を伸ばして中を覗き込んでくる。

「なんや、エビ好きなんか。ほれ食え」

皿を目の前に出してやると、人魚は片手で皿を水中に叩き落とした。

「うおっなんやねん!」

水に浮くエビやら刻み海苔やらを器用に食べながら泳ぐ人魚は、窮屈そうに尾ひれをばたつかせた。


 「政府にバレたら大変なんやで」

「……隠匿とかの罪に問われるんやろか」

「人魚の隠匿ってなんやねん。虎やカミツキガメちゃうねんぞ。どっちかっちゅーとあれや、金魚とかそこら辺くらい害ないで」

「お前、ボケッとしとるけど、また浜辺に打ち上げられたりせんよな。生存本能働かせて、どっか安全な場所まで逃げなあかんで」

 抱き抱えていた人魚を防波堤の上からなるべく優しく海へ放す。

 夜の海は暗く、月明かりを反射して煌めく小さな金髪の頭が浮き沈みするのがようやく見える程度だった。

「ほんま、ボケッとせんで生きなあかんで」

 人魚は振り返ることもせず、ただゆらゆらと波間を地平線めがけて泳いでいく。

「捕まったら、あかんのやで」

 防波堤の上からは、もう人魚の姿は分からない。

「ずっとずっと、遠くへ行くんや。止まったらあかんねん。誰にも見つからんように、賢く生きてかなあかんのや」

「一人で、生きていかなあかんのや」

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