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繋 -brand new day-

目の前に、彼の手がある。

うずうずと衝動に押し流されるまま、自らの手をそっとそこに重ねた。




「……ん?」

駅へと向かい歩く途中、突然手に触れてきたぬくもりに、高遠たかとおとおるは振り返らずともその主を判別する。少し遠慮がちに込められた握りに、なすがままにされながら傍らのひとに問うた。

「なぁ、香子こうこ

「はい?」

久しぶりの正装。藍色のスーツに身を包んだ妻が答える。

「お前、今年でいくつになった」

その台詞に、繋いだ手がほどかれる気配がして、透は即座に力を込めてそれを止めた。

「そんなの、女性に聞くことじゃないでしょう」

かすかにむくれたような声色。すまん、と素直に謝ってから思い起こす。

そもそもの出会いは、上司がセッティングした見合いの席。そこに現れたのが香子だった。だがよくよく聞けば、彼女は同じ会社の社内診療所に勤める保健師で、しかも直属の上司の娘。これは当時の時勢としてはよくあった話で、その時はまだ、年頃になれば持ち込まれる、数ある中の一人に過ぎなかったのだが。

「不思議だ、と思ってな」

その後とある出来事がきっかけで距離は一気に近づいたわけだが、果たして自分の何が彼女の心を掴んだものか、トントン拍子に話は進み――もう長らく、こうして並んで歩いている。

「なぁ、香子」

「ん?」

二人きりでいくぶんか和らいだ語調に、浮かんだ疑問をすかさず投げかける。

「俺の、何が決め手だったんだ?」

ひどく無骨な言いようだなと自分でも思う。本当はもう少し色気のある言葉を使えればよかろうが、生憎と詩的なセンスは持ち合わせていない。

「聞きたい?」

案の定一度はいたずらっぽく煽ってくる。朗らかなからかいに思い直し「いや、やはりいい」と返そうとした刹那、解きかかった手にきゅっと力が込められた。

「手をつなぎたかったの」

「え」

こと女性の心理だ、具体的な要素が出てくるのだろうと思っていたのだが、案外ざっくりとしたそれに拍子抜けする。

「それだけか」

「他に何か期待してた?」

ふふ、ともったいぶる気配に根負けし、ひとつ息をついてから言い訳をかぶせた。

「英一の時もそうだったが、この間は香奈と浩隆君にも聞いたからな。実は自分のことはついぞ知らなかったなどと、今更言えんだろう」

「そういえば、直接透さんには話したことなかったものね」

「やっぱり、他に何かあるのか」

「そりゃあそれなりに」

「俺には……って、他の誰かには言ったのか」

「ええ。父と母に」

「……」

途端に羞恥が湧いてくる。同時に義父母、特にも上司だった義父の顔が思い起こされて渋面した。

「なんて言ったんだ」

それでも一旦火の着いた衝動は抑えきれず。照れ臭さを感じながらも素直に問うてみた。

「『彼と手を繋いで歩きたくなった。だから結婚します』って言ったの」

先程の発言とそう変わりない内容に聞こえるが……と、歩みを進めながら少し首をひねっていると、香子がクスクスと笑った。

「言っておくけど、特別フェチってわけじゃないのよ。あなたの手は好きだけど」

「……そうか。ところでお前、お義父さんに向かって『結婚します』って言ったのか」

「そうよ。何かおかしい?」

はじめて聞いた驚きをそのまま向けると、こともなげに返される。つい最近同じセリフを娘からも聞いたばかりだったが、まさか母親までとはと、ついつい眉間にシワが寄った。

母娘ははこ揃って剛胆なことだな」

腹を据えた女性は強い。そうして優位性を奪われることは、高遠家ではもはや日常茶飯事だったが、今日はそれが少しだけ悔しくも思えて。結局は手を引き導いてもらっているのかもしれないと、少々の情けなさを手のひらに載せて握りしめた。

すると。

「透さん」

「ん」

「そういうところよ」

「え?」

「あなたのそういうところが好きになったの」

突然の愛の告白。しかしその真意は相変わらず掴めない。

けれど漏れ出たそれが、まるで乙女の声色そのもので。一瞬にして当時の――初々しい、色に満ちた恋心が蘇った気がして背筋がぞくりとした。

「香子」

手の内に収めたぬくもり。それを大事に握り直して。

「あまり煽るな」

今日という日を越えて、迎えるべき日を祝い、やがて送り出した後には。

また二人相対する生活が待っているのだから。

「そういう、ところよ」

「……」

「楽しみだわ」

ふふと笑い、その身を擦り寄せてくる妻。

そうして年甲斐もなく胸が高鳴り、頬と耳がいつになく熱くなっていくのを自覚して、透はそっと鼻筋を掻いた。


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