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占 -in the limelight-

「ねぇ、アニキ」

年の瀬も近づいたとある休日、一人で自宅を訪れた妹――香奈が、ラグに直に座ったままでふと聞いてきた。

「なんだ?」

「あのね、その……アニキは人前でキスするのってどう思う?」

「は?」

思わず素っ頓狂な声が出る。その反応に、妹の顔が即座に真っ赤に染まった。

「あのね違うの! 別に変な意味じゃなくて、なんていうか、男性の一般的な感覚としてどうなのかなって思っただけでその」

早口にまくしたて、そうしてラグの長い毛を無意味にいじくる。そんなさも落ちつかないといった様子にピンと来た。

「何かあったのか」

「ふぇっ?!」

ダイレクトな問いに、至極わかりやすい反応。直後降参したようにうつむいた香奈に、英一はソファの上で小さく息をついてから答えた。

「俺自身はそんなに気にはならないかな。海外じゃ挨拶代わりだったし、むしろ堂々とおおっぴらにしてるから、そういう文化なんだと思えば受け入れられたけど……いくらグローバル化が進んでも、日本はもともと奥ゆかしさが美徳の文化なんだし、世間の目ってやつも相当根は深いからな。こと『人前で』となれば、男女問わず抵抗感がある人もまだまだ多いだろ」

「そう、だよね」

どこか安堵した表情でつぶやく妹に、英一は身を起こしてテーブルの上のカップを手に取り、久しぶりに妹が淹れてくれたコーヒーを一口含んだ。それに倣うように香奈もカップを取り、自分は紅茶に口をつける。しばしの沈黙とともに緊張が解けたところで、再び口を開いた。

「見せつけたかったんだろ、きっと」

「え?」

男心の機微がよくわかっていないらしい妹に、カマをかけるついでに教示してやる。

「事情を充分に理解してるやつが、軽々しく違いを顕示するわけがないだろ。要するに『俺のだから手出しするな』って言いたかったんじゃないのか」

「え……? あ、アニキ、もしかして何か知って……」

「お前の反応を見ていれば、大体の予測はつく」

ぐっ、と言葉に詰まる様子に、やっぱりなと返した。

「アイツめ、やっと本性を現したか。何があったかは詳しく知らないが……いや、ことによっては、もしかしたら本当に我を忘れるほど夢中になっただけなのかもしれないな。いずれにせよ、マイペースが過ぎるお前たちにはいい傾向だ。そのぐらいがちょうどいい」

ガチャ、と今度こそ察してカップを置いた妹に、ダメ押しをかぶせて盛大にからかう。

「アイツは向こうの慣習がしっかり身についてるからな。今後はいつ何時むき出しにしてくるかわからないぞ。しっかり覚悟しておけよ」

「か、か、覚悟って、何を」

「独占欲ってやつをだよ。その気になればアイツは、俺よりかよほど大胆に出てくるだろう。仲がいいのは構わないが、最低限の節度は守れ。ここは日本だ、公序良俗違反で検挙されないようにな」

「も、もうッ! アニキのバカッ!」

息も絶え絶え、両手で顔を覆って心底困った様子。今までさんざん気をもませ待たせ続けた仕返しだ、と内心意地悪く笑っていると、玄関の方から足音が近づいてきて、リビングに続く扉が開いた。

「あら、カナちゃん。いらっしゃい」

買物袋マイバッグを手に下げた妻ジャスティナは、こちらの様子をうかがうと、不思議そうに少し首を傾げて歩み寄ってきた。

「おかえり」

「なぁに? なんだかカナちゃんがとっても幸せそうな顔をしているけど……なんのお話をしていたの?」

「ああ、ちょっとね。今後に向けて忠告を」

曖昧に返しながらふと思いついて、彼女をソファの後ろに招き寄せる。

「ジャス」

「はい?」

「少し屈んでくれないか」

はい、と素直に応じて近づいた彼女に、直前、したり顔を一瞬見せてからそっと口づける。

「こういう、ことだよ」

直後、やわらかでとろけるような、甘やかな表情を目に捉えて。


「俺も……人のことは言えないな」


愛おしさを焼き付けて一人転がし、苦笑と共に心のなかだけで反省した。


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