合 -pretty woman-
「ボイスドラマひろかな」にご出演頂いているキャスト様により、一部音声化していただきました!尊い……
「pretty woman」 ※SoundCloudにて公開
https://soundcloud.app.goo.gl/4R1vY
【キャスト(敬称略)】
国枝浩隆:ジョン・ドウ
国枝香奈:hana10
「ヒロ! 何してるの、早く!」
冬の入り口、11月のとある朝。急かす声に、コートをはおりながらはいはいと返して玄関に向かう。そうして、厚手のストールにブーツを履いて、いかにも出勤準備万端で待ち構える彼女に追いついた。
「まだ大丈夫、15分はあるから余裕だよ」
言いながらかがみ込んで靴を履く。きっと逆撫でしているんだろうなと自覚しながら、ことさらにゆっくり顔を上げると、案の定ぷりぷりと怒った顔が目の前に現れた。
「そんな悠長に構えていられないわよ。たかが1分、されど1分が都会のラッシュの分かれ目なんだから」
「その無益な攻防を避けたいがために、時差出勤にしたんじゃなかったの?」
「もうっ、いいから早く」
少し苛ついたようにいいざまドアノブに手をかける。その一瞬を捉えて背後に歩み寄り、「待って」と手を重ねて制した。
「なによ……」
振り返りざま、はっきりと苛立ちを宿したそのつぶやきを唇で奪い上げる。ふわっと触れたやわらかな感触に、吸い込んだ彼女の香り。甘美な一瞬の後、近づき重なった視線の中に羞恥と戸惑いを捉えて、今日も内心にんまりした。
「行ってらっしゃい、カナちゃん」
いたずらめいた出立の儀式。駅に着いてしまえば、あとはそれぞれ逆方向の列車だし……だから毎朝、このタイミングを狙うしかないんだ。
「ほら、電車に遅れちゃうよ?」
どこか惚けたままの彼女に意地悪く告ぐと、直後我に返ったその頬が少しだけ膨れた。これも毎日繰り返される反応。でもその中に少しだけ、待ち望んでいたかのような気配を覚って。
「ばか」
むくれた小声に次ぎ、爪先だった彼女と、再び触れ合う唇。
「行ってらっしゃい、ヒロ」
そう言って離れた君は、もうキャリアウーマンの表情に切り替わっていて。
「ほら! 行くわよ!」
自ら開いた扉の向こうに、今日も凛々しく発ってゆくんだ。
僕はそれを、いつも、いつも。