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家畜空間_24/7

作者: 勝賢舟

 個性を大事にする世界には差別がない。髪を何色に染めたかで自慢し合う不良も、目を輝かせながら宗教勧誘をする眼鏡っ娘も、同人誌でマイ設定を作って周囲から顰蹙を買う脂汗のオタクも、皆がお互いを尊重すれば差別は無くなるのだ。 By 底辺高校の犬




 24/7




「毎日、毎日、僕らはモニターのぉ~、前っで、座って、嫌になっちゃうよ~っと」


 送信。


「だ~っから僕は、道を歩いてる~、知障を、からかって、豚箱行きさ~」


 おにぎりをつまみながら送信。


「初めて食~べったクサいメシ、お~やの視線がっ、冷たくて~」


 おむつに漏らしながら送信。


「前科持~ちは、重いっけっど~、ネットは広いぜ~心が弾む~」


 メシを受け取りながら送信。


「両親共々手を振って~、僕のネトゲを眺めてい! た! よ~!!」


 この宇宙を眺めながら送信、っと。




 ◆◆◆




拝啓、『家畜空間』上の羊と犬と豚の皆様。あなた方から僕はどのように見えているのでしょうか? 僕から見たあなた方は七割が羊人間、二割が犬人間、残りの一割が気持ちの悪いゲスな豚人間です。それはいいでしょう。ともかく、今日はあなた方に僕の話を聞いて貰いたいのです。僭越ながら、僕は自分語りがしたいのです。自分はいかに個性的で、人とは違う、真に人間たる人間であることを、家畜を駆逐して備蓄に貯蓄するこの『家畜空間』上のあなた方に。色々言いたいこともあるでしょうが、時間も無いことなので、早めに始めさせて頂きます。敬具は糞食らえ。




『家畜空間』にいらっしゃる方にはご存じの通りでしょうが、『家畜空間』はMMO、オンラインゲームです。自分は犬人間と羊人間と豚人間しか居ない世界で唯一の猿人間……見た目としては普通の人間になり、他の家畜共と戦いを繰り広げるTPS――まあ、神の視点から自分を見下ろして操作をするゲームです。


 このゲームの面白いところは、まあ、知っているかもしれませんが、他のプレイヤーからは自分の姿が人間に見えてないところにあります。自分のステータス、所持金、レアアイテムの所有数などによって、他人から見た自分の姿が変わっていくのです。つまり、プレイヤーが戦いを挑む家畜も全員中で操作している人間がいるプレイヤー、という事になりますね。


 自分ではわからないステータスによって、仲間を組みやすくなったり、参加できるイベントが増えたり、色々とあるわけです。自分ではどんな姿かわからないから、他の家畜に聞いてみたり、聞かれても嘘をついてみたりと、姿だけでこれまた色々と楽しめるわけです。


 まあ、それは置いておいて。そんな家畜しか居ないはずの『家畜空間』上で、僕が自分以外の猿人間を発見した所から話は始まります。




 初めは驚きましたよ。膨大なビル群と共に溢れかえる羊の中に一人だけ、それはもう可愛らしい、アルプスに咲く一輪のエーデルワイスの様な猿人間が、ぼけーっと突っ立っていたのですから。周囲の羊はビルの間に突っ立っている猿人間に気がついていない様ですし、『家畜空間』のバクかな? とも思いました。ですが、試しに屠殺用ナイフでその猿人間を切りつけてみると他の家畜共と同じように血しぶきを上げていました。


 ビルの間に立ち尽くす可憐なる猿人間の頭上には『ミカドミツキ』という名前がゴシック体のフォントで表示されています。おそらく、中には操作している人が居るのでしょう。僕はナイフで斬りかかってからで恐縮でしたが、限りなくフランクに声を掛けました。


「よう、元気?」


 みたいな感じだったと思います。今にして思えば、血しぶきを上げているのに元気なはずが無いのですが。怒っているのか、可憐なる猿人間ミカドミツキはいつまで待っても返答そしてくれません。


『押してダメなら引いてみろ』と、どこかの犬人間が言っていました。それに習って――憎たらしくも――僕は一度『家畜空間』をオフラインの状態にして、一日待ってから再び話しかけることにしました。


 太陽の昇らない次の日の朝です。幸い、可憐なる猿人間ミカドミツキは前日と同じビル群の間に佇んでいました。僕は再び話しかけます。


「よお、元気? 見抜きさせてもらえないでしょうか……?」


『家畜空間』上で初めて見る生の猿人間、しかも、おそらく僕しか気がついていない。当時の僕は興奮冷めやらぬ、パラメータ羊人間と言った感情だったのでしょう。しかし、可憐なる猿人間ミカドミツキは僕のフレッシュなあいさつを相も変わらず無視します。失礼の上塗りをしてしまった僕にやはり怒っていたのでしょうか。


 結局、このままではとりつく島もありません。僕は再び『家畜空間』をオフライン状態にしました。




 ◆◆◆




『家畜空間』上の皆様、あなた方は猿人間を見たことがありますか? もし見たことがあるならば、この僕の話を聞いていないでしょうが。話を聞いている羊と犬と豚の方々には、是非とも知っていて貰いたいのです。この可憐なる猿人間ミカドミツキの正体、そして末路を。


 もしかしたら感づいた方がいらっしゃるかもしれないので結論から言ってしまいましょうこの可憐なる猿人間ミカドミツキの正体――中のプレイヤーとしての正体は、日本有数の大企業『御門重工』の跡取り娘、御門美槻(みかどみつき)です。二十二歳。身長は百六十五センチメートル、体重は五十キロ前後。肩まで伸びた黒い巻き髪と白のワンピースが特徴。上から八十、五十、八十一。現在は大学を休学中。ええ、羊人間の方は僕の発言に多少幻滅されたかもしれませんね。猿人間ミカドミツキに初めて会ったとき、『ミカド』という苗字で犬人間のようにピン、とひらめいたわけです。一日オフラインの間に調べたんですね。


 僕はこの可憐なる猿人間ミカドミツキが気になって仕方がありませんでした。何不自由もなく生活できそうな環境にありながら『家畜空間』上に本名で存在し、さらには個性かバグか、自分以外は羊と犬と豚しか居ない『家畜空間』上の世界で唯一、猿人間の姿をしているのですから。


 だから僕は、御門美槻に会おうと思いました。気分は『書を捨てよ、町へ出よう』ならぬ『パソコンを捨てよ、町へ出よう』と言った感じです。




 日が昇らない空の下、首都圏に立ち並ぶビル群を抜けた先に、北海道の酪農を想像するほどに大きな御門の家がありました。僕は『家畜空間』をモバイル端末で遊ぶことで暇を潰し、御門美槻が現れるのをじっと待ちます。しばらくすると、御門家の豚小屋から黒いリムジンが勢いよく飛び出しました。フロントガラスから中をちらりと覗くと、可憐なる御門美槻のご尊顔が見えたような気がします。


リムジンで外出するのは正直なところ予想外だったので、僕は焦りました。てっきりふらっと徒歩で外出すると、羊人間のように思ってしまったのです。このままリムジンに走り去られては御門美槻とファーストコンタクトする機会を失ってしまうのではないかと、考えだけでなく表情までもが愚かにも羊人間のようになっていたでしょう。


しかし、僕の焦りは杞憂に終わりました。勢いよく飛び出した黒いリムジンは、その勢いのまま豚小屋の周囲にあった電信柱に突っ込んだのです。車はフロントバンパーからフロントガラスまでが砕け、運転席のサイドガラスには赤いトマトジュースが血しぶきのように浴びせられていました。


可憐なる御門美槻は大丈夫かなあ、と運転席のサイドミラーを覗いてみると、そこには元気にガラスの破片で運転手の顔に赤絵の具でお絵かきをする可憐な御門美槻がいました。この様子だけでそれ以上は説明するまでもありませんが、御門さん家のミツキちゃんが『家畜空間』上で少し変だったのは精神に何らかの異常をきたしていたから、というわけだったのですね。チョッピリ、おもしろいね!


結局、ヱヴァンゲリヲン初号機のような表情でお絵かきをする猿人間ミカドミツキは僕の話を聞いてはくれませんでした。僕は『家畜空間』上での反省を生かして、これまた限りなくフランクに話しかけたのですよ。


「よう、元気ぃ!」


という感じに、トマトジュースで汚れたサイドガラスの隙間から手を振って挨拶をしたのですが、猿人間ミカドミツキは一切興味を示しませんでした。僕ではお絵かきの代わりになれないのでしょうか。


未知との遭遇とはいかず。僕はオンラインの『家畜空間』へと戻ることにしました。事故の後にいろいろな犬人間がリムジン周辺に集まっていましたが、その後のことはよく知りません。




◆◆◆




『家畜空間』上の皆様。可憐なる猿人間ミカドミツキの正体は重度の精神障害者、御門美槻、というわけです。あなた方はどう思われますか。羊人間ならば『怖い』、犬人間ならば『どうしてこんなことに』、豚人間ならば『明日は我が身かも』と言ったところでしょうか。どれも間違ってはいないと思います。が、僕はそうは思いません。僕は『家畜空間』のミカドミツキが、それはもう、輝いて見えたのです。羊でも犬でも豚でも無い、真の人間たる人間、猿人間であるからこそ、僕にとってミカドミツキは魅力的でした。




『家畜空間』上の皆様。あなた方は何故家畜空間上にいるのでしょうか。素直にパラメータを上げることに楽しみを感じているのでしょうか。他の家畜たちを圧倒的優位の立場から惨殺したいからでしょうか。もしそうだとしたら、だからこそあなた方は『家畜』であるのです。他人から自分が何に見られているかも解らず、自分に個性があると信じて生き続ける。そりゃあそんな世界じゃあ差別も起きないでしょう。だって、あなた方は何も知らない羊であり、従うことしか出来ない犬であり、醜い豚である、ただの与えられた平凡なキャラクターなのですから。


『家畜空間』とは、周囲が無個性な家畜でしかなく、自分だけが唯一の猿人間である。その優越感を楽しむものではないのかと僕は思うのです。『家畜空間』は、常に家畜の視線にさらされている僕が、初めて自分自身の猿人間になれる場所でした。




 ◆◆◆




 そろそろ、華麗なる猿人間ミカドミツキの末路を話しておきましょうか。華麗なる猿人間ミカドミツキはリムジンでお絵かきを楽しんだ後、何故か膨大なビル群の間には現れなくなってしまいました。当然、華麗なる猿人間ミカドミツキに心を奪われていた僕は犬人間のように『家畜空間』上の全てを探し回ります。羊人間の群れをかき分けて、時には犬人間の群れに潜り込んで一匹ずつ屠殺用ナイフで七つの部位に分けてから話も聞きました。


 そのように華麗なる猿人間ミカドミツキを探していただけにもかかわらず、いつしか僕は醜い豚人間の手先、青い服を着た犬人間どもに追われるようになってしまいました。周囲には家畜が産業廃棄物のようにいましたが、青い犬人間は僕のことをすぐに探し当ててしまいます。犬人間だけに、鼻が良いのでしょうか。


 追っ手から逃げとおし、僕がようやく華麗なる猿人間ミカドミツキに会えた場所はビル群のはずれにある、飯のマズイ豚箱の中でした。可憐なる猿人間ミカドミツキは、鉄格子の中で前に見た時と同じように、ぼけーっと突っ立っています。僕が鉄格子の外から限りなくフレンドリーに話しかけても、やはり言葉を返してはくれません。


 結局、華麗なる猿人間ミカドミツキの末路は家畜どもに監視されて一生を終えるという、何とも華麗とは言い難いものになったのでした。


ですが、話はここで終わりません。驚くべきことに、ミカドミツキを探している途中、僕は豚箱の中で見たのです。ミカドミツキと同じように監禁される、おびただしい量の華麗なる猿人間を。


ボーッと突っ立っている猿人間、壁のシミと会話をする猿人間、目に見えない何かと闘っている猿人間。それらはどれもいきいきとしており、羊でも犬でも豚でもない、個性的な存在でした。


 そこで僕は、『家畜空間』上の周囲から見えるパラメータには猿人間があることに気がついたのです。猿人間たるパラメータを持ったプレイヤーは豚人間や犬人間に幽閉されているだけで、本当は『家畜空間』上にあまねく存在していたのでした。


 僕が『家畜空間』上で出会った唯一の猿人間である御門美槻。そして、その他何百名の家畜共に幽閉された猿人間達。これら猿人間達が、ゴミのように溢れかえっている家畜どもに豚箱で監視されているなんて、個性の『こ』の字も知らないようなやつらに支配を受けているなんて、その理不尽たるや……どうでしょうか。おそらくは家畜であろうあなた方は、この件に関してはどう思いますか。


 僕は、『家畜空間』は言葉の通り猿の惑星になるべきだと思いました。真に人間として生きる者こそが、この世界を支配するべきです。なので、豚箱を支配する豚人間およびに犬人間どもを鍋にして食べてやりました。その気分は無双シリーズが如く。一匹一匹解体していく作業はとても疲れたのですが、この苦労で僕のパラメータは確実に上がったことでしょう。支配する者が居なくなった猿人間達を、僕は一匹一匹解放していきます。当然、華麗なる猿人間御門美槻も。


 しかし、僕の快進撃もここまででした。結局、拳銃の弾も跳ね返しそうな武装をした犬人間の大群に囲まれて、僕も豚箱の中で監視される身になってしまったのです。僕が解放した猿人間達も、今では僕の隣や向かいの部屋で一緒に過ごしています。もちろん、華麗なる猿人間御門美槻も。これから永遠に、死を迎えさせられるまで永遠に。


 


 ◆◆◆


 


拝啓、『家畜空間』上の羊と犬と豚の皆様。以上が、華麗なる猿人間ミカドミツキの末路。そして、おそらくは猿人間となってしまった僕が、家畜とは違う、いかに個性的であるかの自分語りでした。あなた方には、僕の姿が猿人間に見えるのでしょうか。その答えは、僕にはもう解らないのでしょう。豚箱の中に居る僕は『家畜空間』をオンラインにすることは出来ません。ですが、あなた方家畜どもに、こうしてオフラインの文章で猿人間の存在を伝えることはできるのです。


 オンラインだろうがオフラインだろうが、僕が、そしてあなた方が、二十四時間、一週間、毎月、そして未来永劫に、『家畜空間』というネットゲーム上の人間であることに変わりはありません。だから僕は、パラメータが羊であり、犬であり、豚である愚かな家畜どもに猿人間の素晴らしさを解き続けているのです。自分の姿が他人の意志に左右されない、真の人間たる猿人間になる素晴らしさを。初めにこの文章で述べたとおり、僕に残された時間はもう長くはありません。これを見た、与えられた姿を持つ家畜のあなた方がいつの日か猿人間に目覚めることで、この狂った『家畜空間』をあるべき姿に戻してくれることを、心から願っております。それでは、いつかあなた方がここに来る日まで。敬具は糞食らえ。


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