迷子の虹
また虹がいなくなった。
「ね~、ちょっと探してきて~」
母さんの空が言う。
やっぱり僕をご指名か。
「他の兄さんに頼んでよ、雪兄さんとか雲兄さんとか雷兄さんとか、みんなヒマしてるじゃん」
僕は言い返すが、無駄なことを知っている。
「だって~、雪とか雲じゃ見つけられないもの。雷はこういうの向いてないし~」
母さんの言葉を背に、僕は立ち上がって出発の準備をする。
「お願いね~」
僕たち兄妹の末妹である虹は、気まぐれで自由奔放だ。
目を離すとすぐふらふらとさまよい出て、そのまま何週間も姿を見せない。
別に放っておいたところで虹のヤツがどうにかなるってわけでもないのだけれど、やはり母親としては心配なのだろう、しばらくすると顔を見たくなるようだ。そんなときは決まって僕が探しに行かされる。どういうわけか、この気ままな末妹は僕が探しに行かないと現れないのだ。
僕が出ると、人間たちが逃げ惑うように散り、建物の下に駆け込んだ。恨めしそうにこちらを見上げてくる者もいる。やれやれ。僕はたいていの場合、みんなから疎まれているのだ。好きで嫌がらせをしているのではないのだけれど。
妹を見つけるのにはコツがいる。
まず、夜はだめだ。暗いと怖がりな妹は出てこない。
雲兄さんがそこらじゅうに広がっていて薄暗くてもしかり。
光の条件を整えたら、あとは運だ。妹は気まぐれだってことはさっきも言ったよね。
何日探しても出てこない場合も多いけど、今日は見つけられそうな予感がした。
「虹~、出ておいで~、母さんが心配しているよ~」
呼びかけながら探し回る。まあ、呼んだところで出て来ないのはいつものこと。
探しに出ておいてなんなのだけど、実は僕の方から見つけられたことって一回もない。
いつだって妹の方から僕の背後に忍び寄ってきて、驚かせてくるのだ。
「ばあ! お兄ちゃん、雨お兄ちゃん!」
ほらね。ちょっとびくっとしたのを押し隠しつつ、僕は振り返る。
こら虹いつもおまえは、と言おうとしたが、声にならなかった。
僕が通り過ぎた空間、差し込んだ光を受けて、虹が輝いていた。
綺麗だった。
踊るように笑う、美しい妹の姿に、正直見とれてしまう自分がいた。
さっき僕から逃げ惑っていた人々が、笑顔で虹を見上げている。
不公平だ、と思う。僕はいつも嫌がられているのに、ごくたまに現れる妹はみんなから愛されている。
「わあい、雨お兄ちゃん、びっくりしたー!」
でも虹の笑顔を見ると、そんな不満はどうでも良くなってくる。
やっぱりこの妹にはかなわんな。
さあ、その綺麗な笑顔を、みんなに見せてやってくれ。
僕だけがこのとびきりの笑顔を世界の中から見つけてこれるのだ。それが何より誇らしい。
もちろん、恥ずかしいから面と向かっては言わないけれど。
「ほら虹、母さんが心配しているよ、今日は帰ろう」
「え~、あたし帰りたくなーい、もっといろんなところ行きたーい」
ぐずる妹の手を取ろうとすると、するっと身をかわして遠ざかっていく。
「というわけで、じゃあね~雨お兄ちゃん、見つけてくれてありがとう!」
またあたしを見つけてね、という言葉を残して、虹は消えた。
妹は同じ場所でじっとしていることができない子なのだった。
やれやれ、お兄ちゃんは大変です。