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滅びゆく世界のキャタズノアール  作者: 北条トキタ
呉越同舟
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第九十話

 俺達が到着した時、ミコトの公開処刑が行われるカルティケア王の居城前の広場にはすでに人々がごった返していた。

 それはどれだけミコトが人々に恐怖を与えていたかを、窺わせるものであり、断頭台の上ではすでにミコトが拘束されて、処刑の時を待っていた。


「ミコトの奴はずいぶん落ち着いたもんだね。まったく取り乱してる様子がない。すでに助からないと、覚悟を決めるんだろうか」


 ヴァイツはそう言ったが、俺は最後まで気を緩めるつもりはなかった。

 デルドラン王国を殺戮を行うための新天地と呼び、王都中を恐怖に陥れていたミコトが、何の抵抗もせずに大人しく死を受け入れるとは思わなかったからだ。


「もうじき日が沈む。カルティケア王がこの国で権限を得られる時間だ。そろそろ始まるぞ、ミコト殿の処刑がな」


 同伴したシンシアと共に、俺達は最前列でその時を待っていた。

 王から招待を受けた俺達は処刑を一番、目に出来る場所へ通されていたのだ。

 武器の携帯も許されており、王達が俺達をどうこうしようとしている様子も、今の所はなかった。


「さて……このまま何事もなく、処刑が済めばいいがな」


 人々が、俺達が固唾を呑んで見守る中、いよいよ時刻は夜を迎え、断頭台へと続く階段を上って、カルティケア王と処刑用の大斧を持った処刑人が姿を現した。

 そして王は眼下で処刑を待ち望む民衆達に向かい、声高らかに話し始めた。


「余が愛してやまないデルドラン王国の民衆達よ、よく集まってくれた。余の部下らの尽力によって、王都を震撼させたアールダン王国からの尖兵を、こうして捕らえることが出来た。これでもう日々、怯え暮らすことはない。この女の死によって、我が国には再び平穏が訪れるのだ。さあ、その目によく焼き付けるといい、凶悪なる殺人者の最後の瞬間を!」


 そこまで言い切った王は、傍らに立つ処刑人に合図を出すと、指示に従って処刑斧を手にした彼は、拘束され身動きが出来ないミコトの側に立った。


「最後に言い残すことはあるか?」


 処刑人が最後に、処刑執行の際の定番である言葉でミコトに問うた。

 するとミコトは顔を上げると、ケラケラと笑い始めた。


「うふふ、私は死にませんよぉ……こんな所ではねぇ。まだ私は切り札を残していると言ったなら、信じますかぁ? ふふ、あははははっ! ギア王国で対陛下のために手に入れておいて正解でしたよ……最後の最後に、役に立つ時が来てくれました!」


 しかし死にゆく者の最後の戯言だと思ったのか、処刑人は意に介さず、処刑斧を大きく振り上げ、処刑を執行するべく振り下ろさんとした、まさにその時だった。

 ミコトが奥歯で何かをガリっと噛み砕いた音がした。


「っ!?」


 処刑人が違和感を感じた表情を見せた、その次の瞬間だった!

 突然、ミコトの体が膨れ上がったのだ。

 まるで空気を入れられたかの様に肥大化したミコトは、拘束具を破壊して、みるみるとその肉体を、別のものへと変化させていった。

 だが、その過程の中でも、ミコトは満たされた表情で笑っていた。


 ――そして、大きく爆ぜた。


 その予想すらしていなかった光景に、誰もが息を吞んでいた。

 しかし次第にズルッ、ズルッと、何かが這いずる音が聞こえ始めた。

 爆ぜ割れた肉片が、一か所に集まっていき、結合していっているのだ。


「う、う……うわぁ!!」


 集まっていた人々の中から、悲鳴が漏れた。だが、俺も直感で感じ取っていた。

 かつてない怪物が、この場から生まれつつあると言うことを。

 このままここに留まっては、取り返しのつかない事態になることを。

 そして恐怖の伝染は早かった。

 場はパニックとなり、人々が我先にとこの場から逃げ出し始めたのだ。


「ヴァイツ、ノルン! 戦闘態勢をとれ! まだ不完全な今のうちに、あの怪物を抹殺する!」


 俺の叫びに、ヴァイツとノルンは即座に反応した。

 俺もすぐさまルーンアックスを水平に構えると、未だ蠢いている怪物に向け、奥義である光速分断破を放った。


「ぐろおおあぁあああああぁぁぁっ!!!」


 それは不完全体のミコトに直撃し、肉の塊が雄叫びを上げる。

 それでもミコトは、ゆっくりと此方に、出来上がった目と思わしき部位から、狂気に満ちた視線を向けてくる。不完全ながら、形作られていっているその姿は、さながら、漆黒の蛇だった。その全長は優に十メートルはあるだろう。


「『風烈血破』!!」


 ヴァイツが昨日、披露していた技を連続で打ち込むが、形成は止まらない。

 それどころか受けた外傷が、瞬く間に修復されていってしまっている。


「あふあははぁ……えへへああははは、ひやぁうふふははぁ……っ!!」


 ミコトは狂ったように笑いながら、その姿は完全体へと近づき始めていた。

 もしこれが本来の形に完成してしまったら、どれだけの被害となるのか……考えただけでもぞっとする話だった。


 ――だが、その時!


 漆黒の鱗を持つ巨躯なる黒竜が、ミコトに襲い掛かったのだ。

 そして黒竜は両爪でミコトの体を斬り裂き、地面へと押し倒した。


「カルティケア王か!!」


 俺達の視線の先で、真の姿を解放した王とミコトが揉み合っていた。

 王の口内で青白い炎がちらめき、灼熱のブレスが吐き出されると、まともに直撃したミコトの全身は、瞬く間に青白く燃え上がった。


「死に場所を見誤ったようだな。大人しく処刑されていれば、苦痛なく死ねたものを。あくまで余の手を煩わせるか、不遜なる咎人よ!」


 だが、俺は揉み合いの中、ミコトの中の力が高まっていくのを見逃さなかった。

 来る、とそう判断した瞬間、俺は王に向かって叫んでいた。


「カルティケア王! 避けろっ!」


 ミコトの口から閃光が奔った。

 と、思った時にはビームのような熱焔が、王に向かって炸裂していた。

 それは王の竜鱗の体を溶かす程に燃え上がらせ、それでも何とか耐え切った王は巨躯を蹲らせながら、ミコトを睨み付けた。


「獣でも……人でもない。どうやら貴様……魔物ゴルグと化したようだな」


 王から放たれた言葉に、俺も頷いていた。

 ライゼルア家当主の俺の見解も、まったく同じだったからだ。

 人が完全な魔物ゴルグに……だが、この現象を俺は以前にも見たことがあった。


「ミコト、お前があの男と同様なら、自我は残っているはずだ。お前、どこでその技術を手に入れた?」


 しばらくミコトはこちらを見て笑っていたが、やがて人の言葉を発した。

 やはり……と、俺の予想は確信に変わった。


「どこでって、決まってるじゃないですかぁ。ギア王国で東方武士団の武将ガンドと、戦った時ですよ。あの時、あれしきの敵を一捻りするのは簡単でしたけど、大嫌いな陛下のために真面目に働く義理は、私にはなかったですからねぇ」


「ガンドの奥歯を仕込まれた薬ごと引き抜いて、隠しておいたと言う訳か。そしてその後にわざと負けて、俺達が不利になるように仕向けていたと」


「そうですよぉ……お陰で命拾いしました。もう誰も私を止められません。いくらガイラン陛下でも今の私なら、勝てるかもしれませんねぇ。ふふふ、あははあははは……手始めに、何度も私を邪魔してきた貴方達を血祭りに上げて、その後にデルドラン王国を蹂躙し、最後にはアールダン王国に攻め込んで、街並みを破壊し尽くすとしましょうかねぇぇぇっ!」


 俺は希望を語るミコトを無視すると、静かに距離を詰めていき、黄金のオーラを全身から溢れさせた。まるで怒りがそのまま俺の力となっているかのようだった。


「思いあがるな、お前ごときが陛下に勝てるなど、夢を見ないことだ。ここで俺達に倒されるお前には到底、実現不可能な夢だからな。用意をしろ、自分が今まで仕出かしてきたことを、後悔する用意をな」


 俺はそう言ってルーンアックスを構えたが、その両脇には、すでにヴァイツとノルンが居並んでいた。

 いずれも全身から、気を力強く纏いながら。


「うん、そうそう言うことだよ」


「それじゃあ……覚悟は出来ているわね」


「では……始めさせてもらうぞ、ミコト」


 その言葉と共に、一斉に俺達はミコトに飛びかかっていった。

 これは紛れもなくデルドラン王国の命運を左右すると言っても過言ではない、血染めの切り裂き魔である、ミコトとの最後の戦いが今、幕を上げたのである。

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