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滅びゆく世界のキャタズノアール  作者: 北条トキタ
予期せぬ来客、新たなる旅立ち
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第七十七話

「ミコト殿にはしてやられたようだ。携帯型の妖精鉱が一つ盗まれている。彼女も黒い霧を抜けるには必要不可欠な命綱だから仕方ないと思うが、問題は馬車に設置された大型の妖精鉱に亀裂を入れられてることだな……」


 竜人族の戦士達と共に馬車の備品を確認していたシンシアが、馬車から出て来ると俺達に頭を下げた。どうやらミコトは去り際にとんだ置き土産を俺達に残していったと言うことらしい。


「幸いまだ光は保っているが、これではいつ消え入るか分からない。すまない、アラケア殿。この先は険しい道のりになるかもしれない」


「いや、責任はミコトの暴走を防げなかった俺達にある。気にしないでくれ。それに携帯型の妖精鉱がまだ残っているなら、少なくとも行き先の方向を間違えることはない。俺達も力を尽くす。デルドラン王国への残る道中、共に乗り切ろうじゃないか」


 俺は逆に謝ったが、シンシアはそれでも申し訳なさそうに再び頭を下げた。

 俺はそんなシンシアにヴァイツの応急処置をするため、手を貸してくれと声をかけると、二人で負傷したヴァイツを馬車に運び込み、黒甲冑を脱がせて手当てを行った。


「見事な甲冑だ。刀で斬られたというのに立派にヴァイツ殿の命を守り切っている。これを制作した鍛冶屋はかなりの腕前なのだろうな」


「ああ、この甲冑はアールダン王国でも指折りの鍛冶屋ダール殿の作でな。確かに噂に違わない熟練された技術のようだ。ヴァイツを救ってくれた彼の腕に感謝しなくてはな」


 シンシアがヴァイツの胴体を包帯で巻きながら、感心していた。

 体に刀傷はまったくなく、口からの吐血は恐らく打撲によるものだろう。

 まだ意識はないが、安静にしていれば命に関わるものではないと思われた。


「ところでアラケア殿。さっきの戦いのことだが……」


「ああ、どうした?」


 シンシアがヴァイツの包帯を巻き終えると、改まった表情で言った。

 彼女のその何か重要な話を切り出そうとしているような顔に、俺も思わず息を詰めるようにして彼女を見返した。


「貴殿が使っていた、あの黄金色を放つオーラのことだ。私の予想が確かなら……あれは恐らく妖精族の王家に脈々と伝わる『覇者の奥義』と呼ばれるものだ」


「ではあれは妖精族由来の技だったと言うのか? 俺に流れる妖精族の母の血が、ここに来て目覚めたと」


 俺の質問にシンシアは更に言葉をつづけた。


「そうだ。貴殿が同行者であるミコトに向けた力だが、あれは確かに先代の妖精王陛下が生前、使っていらした奥義に非常に酷似していた。その効果は身を以って知ったと思うが、詳しいことは現妖精王陛下であるポワン様にお聞きするといい。力の使い方も含めてな」


 それだけ言うとシンシアは竜人族の戦士達に声をかけ、馬車の外に出た。

 馬車の周囲に張り巡らせた影の檻内の魔物ゴルグ達は殲滅したが、黒い霧の中ではいつ何が起きたとしてもおかしくはない。見張り役を買って出てくれたようだ。


「アラケア様……早々から幸先が悪くなってしまいましたね。これから黒竜族の王との衝突が待っているかもしれない、デルドラン王国に向かおうと言うのに……。ミコトの裏切り、ゼルの死によって残ったのはもうアラケア様と私とヴァイツ兄だけになってしまいました」


 ノルンが気丈に振る舞いながらも、内心の不安を打ち明けた。

 まだ目を覚まさないヴァイツの方をちらちらと見て気にしている。


「必要以上に心配することはないぞ、ノルン。デルドラン王国ではギア王国の時のように国民全員が敵という訳じゃないからな。向こうには俺と血縁関係にあるポワン陛下などの理解者もいる。だから今度は俺達だけで、孤立奮闘する必要はないんだ」


「……ええ、そうですよね。ただ……私が心に引っかかっているのは裏切り者のミコトもデルドラン王国に向かうと言っていたことです。彼女の所属は処分が下るまでは、今もまだアールダン王国の聖騎士です。彼女によって両国の関係に水を差されなければいいのですが」


 ノルンが告げたのは俺も危惧していることだ。

 ミコトはデルドラン王国に辿り着けば、間違いなく殺戮衝動に身を任せて連続猟奇殺人を引き起こすつもりだろう。

 それは俺達の向こうでの立場を悪くする理由としては十分すぎた。


「それも心配するな。あの女は俺が今度こそ止める。次こそはあの女を倒せるだけの力量を身に着けてな……」


 だが、現時点ではまだ俺はミコトに及ばないのは先ほどの戦いでよく身に染みて分かっていた。

 だからこそ俺はより強くならねばならない。


「今日はもう休め、ノルン。この先の道中は厳しくなるぞ。明日に備えて体力を回復させておくためにな」


「ええ、そうですね。分かりました、アラケア様」


 そう言うとノルンは脚を曲げると、毛布を体に巻き付けて横になった。

 それを見届けると、俺も馬車内の明かりをつけたまま、毛布に包まり、激しい戦闘で冴えた目をぎゅっと無理に閉じて、眠りに入ろうと努めた。


(……世の中にはまだ上には上がいる。ノルンやヴァイツ、大切な者を守り切るためにも、俺はまだまだ立ち止まる訳にはいかないようだな……)


 そうして次第に微睡みに落ちていく中でも、外からは魔物ゴルグ達の唸り声や叫び声が絶えず、聞こえていた。

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