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滅びゆく世界のキャタズノアール  作者: 北条トキタ
予期せぬ来客、新たなる旅立ち
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第七十六話

「あら、何ですか。貴方が纏うその黄金色に輝くオーラは? 気配の大きさがさっきまでとは、比べ物になりませんよ。まだそんな切り札を隠し……」


「黙れ、ミコト」


 ミコトが言い切らない内に、ルーンアックスを片手に握りしめ、俺は駆けた。

 依然と全身から、黄金のオーラを立ち昇らせながら。

 その今までにないほどのスピードで繰り出した一撃はぎりぎりの所で、村正でミコトに受け止められたものの、強烈な威力は彼女を後方へとふっ飛ばした。


「驚きましたね、貴方がここまでの力を秘めていたなんて。今のは陛下の動きに限りなく近いレベルでしたよ。しかもその様子だと、この土壇場でいきなり開眼したって感じですかね」


 ミコトは地面に踏み止まって、衝撃に耐えると冷静に俺を見据えた。

 距離を置いて、俺とミコトの視線が交錯し、火花を散らす。

 いつ戦いが再開されてもいいように、互いに機を窺う一触即発の状態だった。


「でも、私には勝てませんよ。試してみますか? 陛下すら恐れた『血の酩酊に目覚めた獣』である私の力を」


「よく言うものだ。陛下を誰よりも恐れているのは、お前ではないのか? 陛下がいたからこそ、お前は殺戮衝動を抑えなくてはならなかったのだろう」


 ミコトは笑う。だが、その笑みとは反対にあまりにも強烈な殺気が、その全身から放たれている。

 俺もそれに対抗すべく体を低くして、全身の筋肉に力を漲らせた。

 黄金のオーラはまだ俺から噴出しているが、この力が何なのか分からず、完全に制御も出来ていないが、俺の基礎能力を何倍にも引き上げてくれていた。


「いくぞ……ミコト!」


「ええ、来るといいですよ」


 俺達のその言葉と共に二つの影が、元いた場所から姿を消した。

 滑るように地を走った俺は跳躍し、ミコトの頭上から大上段にルーンアックスを振り下ろし叩きつけた。

 だが、それをミコトは村正で受け止めてから横に弾いた。


「まだだっ! 続けていくぞ!」


 再度、俺達は激突し、激しく金属音が響き渡る。

 ほとんど残像しか見えない程の高速で、俺とミコトは幾度もぶつかり合い、間合いを取り、ルーンアックスと村正を、交差し合った。だが……。


「ふぅん、大体分かってきましたね。貴方の動きの限界が」


 ――ドンッ!!


「ぐ、あっ!」


 俺の攻撃をかいくぐったミコトが、掌底を鳩尾へと叩き込んだ。

 堪らず俺は吐血し、体を後方に仰け反らせた。


「あら、どうしたんです? もうスタミナ切れですかぁ!?」


 更にミコトは続けざまに、蹴りを放って俺の腹部に直撃した。

 それでも俺は何とか地面に踏みとどまったが、膝を折って蹲るしかなかった。


「ぐっ……痛みも疲れも感じない相手が、ここまで脅威とはな。まるで無尽蔵の体力を持った化け物を相手にしているかのようだ。魔物ゴルグでさえ体力は有限だと言うのにな……」


「お褒めに預かり光栄ですよ、アラケア殿」


 ミコトは微笑みを浮かべて言ったが、その視線は俺を見下ろすものだった。

 俺は一旦、ミコトとの間合いを取ったが、かと言って一息をつく暇もなく依然と無数の魔物ゴルグ達が、俺達へと襲い掛かってくる。

 そうした中でも俺やノルンは魔物ゴルグ達を斬って突いて薙ぎ払い、撃退しながら決してミコトから目を離さず、あの女が攻撃に移る瞬間を見逃すまいとした。


「……あまり長期戦は望めないか。この黄金のオーラ、予想以上に消耗する。どうやら制御するには、まだ時間がかかるようだな」


 そして最初こそ気付かなかったが、この黄金のオーラは俺に強力無比な力を与えてくれるものの、こうしてただ立ち昇らせているだけでも、絶えず俺の体力を大きく消費させ続けていくことが、時間の経過と共に分かってきた。


「そうですね、けれど確かに貴方の言う通りなんですよ。さっき貴方が言っていたことなんですけど」


 ミコトは斬り捨てた魔物ゴルグの血で濡れた村正の刀身をその舌で舐めると、微笑みながら俺を見据えて言った。


「ガイラン陛下は確かに私にとって、目の上のたん瘤なんです。あの人がいるから、私はこれまで従順に従ってるふりをしてましたが、けどいい加減に、それももう窮屈になってきたんですよ。だからそろそろ私は自由になりたいんです」


「何を言っているの? 貴方の今回の凶行は当然のことだけど、陛下にも報告しなくてはならないわ。貴方はもう終わりなのよ」


 ノルンが槍の先端を突き付けて、ミコトに言い放つ。

 しかしそれでもミコトは微笑みを崩すことはなかった。


「それはどうですかね。陛下も国を離れて目の届かない場所にいる私をわざわざ追ってくるとは思えないですよ。それにこの場で貴方達を皆殺しにすれば、死人に口なしじゃないですかぁ? 貴方達の死も黒い霧の中での、不慮の事故ってことにだって出来ますし、現に今も魔物ゴルグ達が、私達を食い殺そうと襲って来てるじゃないですか」


「だからこそ、今だったのか? この機会を狙って俺達を襲ったのは」


 俺はミコトを睨み付けると、意識して一旦、黄金のオーラを噴出を抑えた。

 努めて制御するよう試みたことで、この力の扱いも少しながら心得てきた。


「そうですよ、いつもは見張り役のゼルが監視していますし、陛下の目の届かないこの機は私にはチャンスだったんですよ。そう思ったら、この衝動がどうしてもどうしても抑えられなくなって。やっぱり私にとって理由なんて、ただ殺したいだけかもしれないですね。だから皆さん、私のために、この場所で血飛沫を上げて頂けますかぁ?」


 その言葉と共にミコトの姿が掻き消えた。

 地面から土煙が舞い上がり、その残像だけが軌道に沿って動いている。

 だが、黄金のオーラにより向上した動体視力によって、俺の目はそのミコト本人の姿を確実に捉えていた。


「そこだ!」


 ギィィィン!!

 俺は真横からの斬撃をルーンアックスで受け止めて弾いた。

 力がぶつかり合った反動によって俺とミコトが真逆の方向に飛ばされる。


「あら、反応がよくなりました? さすがは陛下のお気に入りですねぇ。この短期間でそのオーラの扱いが、ずいぶん上手くなったじゃないですか」


「お前とは踏んできた場数が違うからな。俺は格上の相手とも幾度となく刃を交えてきている。この戦い慣れた技量こそが、お前よりも確実に優る、俺の強みと言えるだろうな!」


 俺は抑えていた黄金のオーラを一瞬だけ噴き上がらせ、動きを加速させた。

 行動に緩急をつけることで、相手の動きの予測を攪乱させ、対応を遅らせる。

 俺の戦闘経験の高さからくるその動きに、ミコトは即座に対応出来なかった。


 ――ズシャァッ!!

 俺のルーンアックスの薙ぎ払いが、ついにミコトの肩口を僅かに斬り裂いた。

 痛みを感じないミコトは怯むことはなかったが、意外だと言う表情を浮かべている。


「私の体を傷つけるなんて凄いじゃないですか、アラケア殿。貴方との戦いは楽しいですし、もう少し殺し合いを楽しみたいですけどこの黒い霧の中で負傷するのは、私にとっても今後に差し支えますから、そろそろ終わらせましょうかぁ?」


 ミコトは村正を鞘に納刀し、居合の構えをとった。

 恐らく次に自身の最大速度での攻撃を繰り出すつもりだろう。

 それに対し、俺も右腕に黄金のオーラを集中させ、最高奥義の構えをとった。


「黄金の気を用いての『光速分断破・無頼閃』は俺にとっても初めての試みだ。どれほどの威力になるか、また俺への反動もどれくらい大きくなるか俺自身にも分からん。お互い覚悟は出来てるな、ミコト」


 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。


 気を高まらせて俺とミコトは対峙した。

 だが、激突が始まる前に戦いが終わる時がやって来た。


「そこまでだ、お二人とも。これ以上の戦いを見過ごすことは出来ない。双方とも武器を収めて頂けるか、アラケア殿、ミコト殿」


 俺達は声の持ち主を見たが、そこにいたのは巨大蛾の形態をして、透き通った羽のような長い髪をしていたが、その顔は紛れもなくシンシアだった。


「これ以上、やると言うなら私も横槍を入れさせてもらうぞ。そちらの事情は分からんが、私の指示には従ってもらう。いいな?」


 俺とミコトは顔を見合わせたが、しばしして高め合っていた気配を静めると、どちらも武器を下ろした。


「仕方ないですね。楽しみは取っておけと言う事ですか。あの妖精族の彼女も生半可な強さじゃないみたいですし、次にやる時はデルドラン王国で。お待ちしてますよ、アラケア殿」


 ミコトはそう言って身を翻すと、黒い霧の闇の中へと消えていった。

 それを見届けた俺は戦いの疲れが一気に押し寄せ、地面に片膝をついた。

 だが、一息をつく前に俺は力を振り絞って、覇王影を発動させると、馬車の周囲を再び黒い檻で覆ったのである。

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