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滅びゆく世界のキャタズノアール  作者: 北条トキタ
予期せぬ来客、新たなる旅立ち
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第七十四話

 黒い霧に突入してから、どれほど時間が経過しただろう。

 時の刻みを数えている余裕もないほど、俺達はずっと魔物ゴルグの襲撃を受けていた。

 俺達の乗る馬車に追いつこうと、全力で駆けて魔物ゴルグ達が追い縋って来る。


「……キリがないな。幸い今は持ち堪えているが、このまま走り続けてはいくら訓練を受けた馬達とはいえ、潰れてしまう。一度、どこかで休息を挟まなくては……。仕方がない、シンシア殿。ここで一旦、休息を取ろう。馬車をここで止めてくれ」


「ああ、承知した。だが、その間も魔物ゴルグ達は襲うのはやめてくれないぞ。どうするつもりだ?」


 シンシアの指示で御者席の竜人族の戦士は馬車を停車させたが、この機を待っていたかのように、魔物ゴルグ達は周囲から一斉に襲い掛かって来た。

 だが、キャビン内から飛び降りた俺は、中指と人差し指を揃えて「クン」と真上に向かって突き出す。

 すると俺達を中心とした周囲十メートルから黒い影がせり上がり、黒い格子の檻が出来上がって、馬車の周囲を取り囲んだ。


「俺が編み出した奥義『覇王影』の応用で作り出した影の檻だ。生半可な力では、破壊することは叶わない。さあ、先はまだ長いんだ。俺達も馬達も、ここで少し休んでおくぞ」


「見事な技だな、これが噂に聞くライゼルア家当主の奥義か。だが、話に聞くのと実際に見るのでは雲泥の差だ。『夜の刻の王』であるカルティケア王の実子である、ラグウェルを退けたのも頷けると言うものだ」


 シンシアは感心したかのように漏らしたが、すぐさま竜人族の護衛達に指示し、馬車の外で火を起こして、キャンプの用意を整えさせた。

 仄かに妖精鉱が照らす漆黒の闇の中で、パチパチと薪が燃える音と匂いが広がる。

 俺達はその炎を見ながら、キャビン内に用意されていた保存食を取り出して、簡単な食事をとることになった。


「さあ、遠慮なく食べてくれ。保存食のため、美味くはないがな。どうやら今の時刻は太陽が見えていたなら、夕暮れ時のようだ。今日はこのまま、ここで一夜を明かそうと思う。見張りは我々が行うので、客人である貴殿らはゆっくり休んでいてくれ」


 俺とヴァイツ、ノルン。そしてミコトとゼルは檻の外で、こちらを窺う魔物ゴルグ達に警戒感を抱きながらも、焚火にあたって体を休めた。

 それから俺達は各々、会話をしながら食事を取っていたが、しばらくしてミコトがすくっと立ち上がり、俺の元へとやって来た。


「アラケア殿、ギア王国では人前では晒したくない姿をお見せしてしまいました。ゼルから聞いたのでしょうか? あの私の本性とも言える姿が、何なのかを」


「いや……満月を見た興奮で痛覚を失った『血の酩酊に目覚めた獣』だとは聞いたが、それ以上のことは聞いていない。知られたくないことなら、進んで聞こうとは思わないが」


 それを聞いてミコトは顔を伏せたが、すぐにまた顔を上げた。

 その表情はこれから話すことに、強い決意が固まっているかのように見えた。


「え? あの姿って……ギア王国で何かあったのかい、アラケア? 一体、ミコトがどうしたのさ」


「よくは分からないけど、ずいぶん穏やかじゃない雰囲気ね」


 ヴァイツとノルンは満月を見て変化した、ミコトのあの獣のごとき姿を見ていないため、事情を呑み込めずにいたが、彼女の真剣な表情から、すぐにただならない空気を感じ取り、口をつぐんだ。


「いえ、あの姿を見られた以上、隠す訳にはいかないと、話す機会を今まで窺っていました。やはりアラケア殿……貴方には話さなくてはなりません。ヴァイツさんとノルンさんも、一緒に聞いてください。あの姿に秘められた秘密を。そして……私が過去に犯した罪を」


「ミコト、いいのですか?」


 ゼルがミコトの背後から尋ねたが、彼女は振り返って「いいのです」とだけ答えると、再び俺に向き直った。


「私にはかつて父がいました。その実の父によって、私は性的な虐待を受けていたのですが、始まりは住環境の変化もありますが、母が弟を妊娠している最中でした。そして弟が生まれてからも、これまでのように変わらず、父から性的虐待を受けていた私に、転機が訪れます。元々、浮気性だった父に愛人がいたことが、母に知られてしまったのです」


 ヴァイツとノルンは口を挟むことなく、真剣な表情でその話を聞いていた。

 ゼルも無言のまま、そして俺も黙って、ミコトの話に耳を傾けた。


「その日は綺麗な満月だったのを、よく覚えています。父と母はその愛人の家で話し合いをしたのですが、その場に私と弟も同席していました。しかしその話の途中、乗り込んできた男達にあっという間に母と弟は斬り殺され、私も頭を殴打されて、床に血を流しながら倒れました。その時、微かに聞こえた会話から、父が雇ったゴロツキ達だったようです」


 そこでミコトは一息ついて、更に話を続けた。


「一面が血に染まり、薄れゆく意識の中で、私が最後に見たのは窓から覗く綺麗に真円を描いた満月でした。その瞬間、私の中に湧き上がる感情が……どす黒い、殺戮衝動が、湧き上がってきたのです。……殺したいと思いました。父を、男達を、父の浮気相手を」


 ミコトは毅然とした表情だったが、己の過去を話すのに勇気がいったはずだ。

 そして一番肝心な、人に知られたくない話はこれからだろう。

 恐らくだが、ゼルから聞いたミコトの話と、俺の記憶にあった時事情報から、ミコトはあの事件の張本人なのだと、俺は大よその当たりを付けていた。


「しかし今、思い出そうとしても、私にはその直後の記憶はありません。次に目を覚ましたのは薄暗い路地裏……それから頼れる者がいなくなった私は残飯を漁りながら、浮浪者のように王都内を転々としました。ですが、私の中に芽生えた感情は、鳴りを潜めてはくれなかったのです。あの日同様に満月の晩になると、殺戮衝動が湧き上がってくるのです。血を見るために、殺しました。ただ愉悦のために、私は殺人を繰り返したのです」


「それって……まさか。ミコト、貴方はもしかして……」


 ノルンはミコトの正体に勘付いたのか、ここに来てようやく口を挟んだ。

 そしてヴァイツも同様に、恐る恐るミコトに尋ねた。


「ミコト、君はまさか……『血染めの切り裂き魔』なのかい? 被害者は数百人を軽く越える、あの惨劇の事件を起こした……」


 その質問にミコトはこくりと頷くと、ヴァイツとノルンの顔がみるみる驚きの表情に変わっていった。


「……何てことだ。十数年前に王都を震撼させた、連続猟奇殺人事件の犯人が、まさか、よりによって……栄えある聖騎士である君だったなんて。公表できないよ、そんな事実」


「じゃあ陛下は……それを知った上で、貴方を聖騎士に任命したのかしら?」


 ノルンの質問にも、ミコトは少し間を置いてから答えた。


「ええ、陛下は私の素性を知っておられます。私の凶行を止めたのは他ならぬ陛下でしたから。その際、負傷されながらも、陛下は言われました。その力、私のために使って欲しいと。その申し出を聞いた時……頃合いだと思いました。だから私は二つ返事で、それを承諾したのです。以降は聖騎士として、私の新しい人生が始まったことは、アラケア殿もよくご存じかと思います。これが私が犯した罪と、呪われた姿の真実です」


 そこまで言い終えたミコトは口を閉じた。

 ヴァイツもノルンは何も言わなかった。ゼルも無言だった。

 だが、俺は立ち上がり、「よく話してくれた」と言葉をかけた。

 そして俺はミコトに手を差し出すと、握手を求めた。


「アラケア殿、貴方は……私を許して頂けるのでしょうか?」


「俺に貴方を裁く権限はない。陛下が貴方を聖騎士に任命したのなら、俺はそのご判断を信じるのみだ」


「そう、ですか」


 俺の言葉にミコトは薄っすらと微笑んで、手を強く握り返したが、その時、俺の手に何か濡れた感触があった。

 それは……血だった。


「っ?」


「そう言って頂けて良かった。では貴方には私の本性をお見せしなくてはなりませんね。私の呪われしあの姿を、今一度……」


 パリッ、パリッ……突如、俺の手に静電気が走った。

 そして次の瞬間、徐々に徐々に……


 ――ミコトの姿が変化していった。


 目は赤黒くなり、髪は長く腰まで伸びて、白髪へと変わっていった。

 その荒々しい姿は、紛れもなくあの時と同様に……。


 ――獣さながらの威容であったのだ。


「なっ!?」


 凄まじい殺気に、俺は咄嗟に後方に飛んで、間合いを取ろうとしたが、ミコトは俺の手を固く握りしめて離さなかった。


「私は変わっていないのです。あの頃から何も。殺戮衝動は今も抑えきれない。いえ、その衝動はますます激しさを増している。たとえ満月を見なくとも……。さっきから私は、貴方も殺したくて仕方がなかった。私を受け入れると言うことは、そういうことなのですよ、アラケア殿」


 ミコトは獣となった姿で俺に微笑んだが、それは見る者に恐怖を感じさせるような冷たさを放っていた。

 だが、俺は何とか動こうとするが、まるで動けなかった。

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