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滅びゆく世界のキャタズノアール  作者: 北条トキタ
予期せぬ来客、新たなる旅立ち
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第七十一話

 ――ギア王国王都、陥落。


 その知らせは、俺達の帰還と共に、瞬く間に広まった。

 ギア王国との長きに渡る確執に、一応の決着を見たアールダン王国の人々はガイラン陛下の功績に歓喜し、口々にその活躍ぶりを想像し、噂し合った。

 元々、民衆から人気が高かった陛下だが、皆既日食から王国を守り切った功績に加えて、今回のこの件が続いたことで、それが確固たるものとなった。


「ガイラン陛下万歳! ガイラン陛下万歳!」


 と、今もまだ熱気冷めやらず、王都中から人々の陛下を称える声が聞こえてくる。

 ちなみにここまで陛下が人々から尊敬され、慕われている理由。

 それは天才的な武芸の達人であることに加え、憧れを抱かれるほどの美丈夫であり、下々の者にまで気軽に話しかける陛下のお姿に、人々は安心したからだろう。

 そしてギア王国の王都を陥落せしめた際にも、降伏した将兵にその能力を惜しんで手厚く遇し、逃亡を図る者がいても陛下は決して追っ手をかけることはしなかった。


「はっはっはー! 俺様は陛下にお仕えしてることを誇りに思うぜ。代々国王が出来なかったことをやってのけてしまわれたんだからな」


 俺のすぐ隣でビール樽を飲み干しながら、ハイランが豪快に笑う。

 今、俺達は皆既日食が終わってまだ間もない時分に王城で盛大に祝うことを嫌い、陛下と共に王都内の酒場で祝杯を挙げていた。


「今日は無礼講だ。私に敬語を使う必要もないぞ、存分に楽しんでくれ。ささやかながらギア王国を落としたお前達の苦労に報いるために開いた宴の場だ。今日はお前達が主役なのだからな」


 酒場の皆の会話を聞きながら、陛下は厨房の奥で料理を調理しながら仰った。

 何と今日は陛下自らが、手料理を振る舞ってくださっているのだ。


「似合っていますよ、ガイラン料理長」


 カウンターに座りながら、ミコトがニコニコと微笑んでいた。

 体を限界以上に酷使したことで負傷した傷も、もう治り始めているようでこうして宴にも参加して、先ほどから料理に手を付けている。


「ふっ、料理長か。昔、城で雇っているコックから習ったことがあってな。まあ……たまには部下にこうして振る舞ってやるのも悪くないだろう」


 俺も酒をぐびりと飲むと、喧騒としている祝いの席の雰囲気を楽しんだ。

 貸し切りなどせず、民衆らと共に酒の席を設ける陛下らしい祝杯の場と言えた。


「陛下、私にはまた苦味のあるカクテルをお願い致します」


 ゼルは先ほどから決まったカクテルを何度も注文している。

 余程、陛下が作るそのカクテルの味が気に入ったようだ。


「ねえ、アラケア。ダーム城での戦いはどうだったのさ? 結局、美味しい所は君達が持っていっちゃったよね。僕らはただの陽動で危険はそこまでじゃなかったのは良いけど、僕ももっと手柄上げたかったな~」


 ヴァイツが俺の横で愚痴をこぼした。

 どうやら少し酔いが回っているようで、テンションがいつもより上がっている。


「まあ、敵の居城だけあって激しい戦いだったぞ。一般の兵士一人とっても、ドーピングで人間離れした戦闘力を持っていたからな。特に東方武士団の武将ガンドは手を抜いて倒せる相手ではなかった。これまでのように俺一人で頑張ってどうにかなる戦場ではなかったしな……。少数で圧倒的多勢に立ち回る、今回の戦いには俺も学ばせてもらった」


「ふ~ん、それで君はまた強くなっちゃったんだね。こりゃ……また差を大きくつけられちゃったかな。でも、負けないよ。一応、僕は君に並ぶことを目標にしてるんだからね」


 じと~とした目で俺を睨みながら、ヴァイツは酒を一気に飲み干した。

 目標を持ったことで自分の強みを理解し、自分に合った戦闘方法を確立させたのは見事だと思うし、俺も悪い気はしていない。

 なのだが、今のヴァイツからはどう見ても、僅かながら殺気が漏れていた。


「酔ってるのか? まあ、さっきからずいぶん飲んでるからな……」


「ヴァイツ兄が簡単に追いつけるほど、アラケア様は凡才じゃないわよ。それにヴァイツ兄のは所詮、装備に頼った強さじゃない。いくら使いこなしていたって、装備は所詮、装備よね。まずは気の扱いでアラケア様の前に私に追いついてから言って欲しいわね」


 ノルンが軽蔑したような目で、そんなヴァイツを一瞥した。

 相変わらず兄のヴァイツには厳しいが、他の人間にはここまでの態度は取らない所をみると、実の兄だからこそ甘えがあるのだろう。


「いってろ~……お前もアラケアも絶対いつか追い抜いてやる~」


 ヴァイツが酔い潰れてカウンターに突っ伏し、寝息を立て始めた。

 だが、そんなヴァイツに毛布をかける老齢の男性が1人。


「…………お嬢さん、そう言ってくれるな。彼の装備はワシが拵えたものだ。…………中でも彼の甲冑は傑作と言えるレベルでな。…………軽く見られるのは面白い気分ではない」


 彼はアールダン王国屈指の名工ダールだ。

 俺やノルンの妖精鉱で拵えられた武器も彼の作品であり、腕が良いのは王国中の誰もが認める所である。

 失礼があったと俺はノルンに謝るよう促した。


「すみません、別に貴方の作品を悪く言うつもりはなかったんです」


 ノルンが深々と、頭を下げた。


「…………いいのだ、お嬢さん。ワシも大人げなかったようだな」


 ギア王国へ向かう馬車の中でも寡黙を貫いた無口な彼だが、納得したようで満足げにカウンター席に腰掛けた。


「さて、酒の席ではあるが、この先の予定についてだ。宰相シャリム一派を追うための軍艦の整備が終わるまでまだ日にちがかかる。ここしばらく動かしていなかったからな。不備がないか今、徹底的に調べさせている所だ。だからお前達はそれまで各々、自由にしていてくれて構わない。明日、明後日で終わるものではないから、今日は引き続き楽しんでくれ」


 そう言いながら、陛下はシャカシャカとカクテルをシェイクし始めた。

 だが、そんな中……酒場に一人の客が入ってきた。そしてその客は俺達の姿を見つけると、こちらに歩いてやってきたが、そいつは俺達のよく知る姿をしていた。


「やっておられるようですねえ。私も座ってよろしいでしょうか? 同じ戦場で轡を並べた仲ですし、私にもカクテルを一杯頂けますか?」


 そう、マクシムスだったのだ。

 だが、相変わらず姿はエリクシアに擬態したままなのだが。そして厄介なことにこの男の擬態能力について俺はまだ全員に説明していなかった。


「あ、貴方っ! エリクシアじゃない! 何でこんな所に!!」


 案の定、ノルンが驚愕の表情で大声をあげる。更にハオランまでが……。


「お、何だ何だ、知り合いかよ? へ~、ずいぶん色っぽいお嬢ちゃんじゃねぇか。おい、お嬢ちゃん! こっち来て俺様に一杯注いでくれよ。わははは!」


 マクシムスは豪快に笑うハオランの元につかつかと歩いていくと、その隣に腰を下ろしたが、ノルンはなおも殺気だった目でこの男を睨み付けている。


「せ、説明しよう。こいつは……」


 俺は説明しようとしたが、時すでに遅かったようで、ノルンはマクシムスのことを誤解したまま、影を大きく広げて巨獣影を発動させた。


「敵襲よ! 皆、戦闘態勢をとって!」


 そして巨獣影は酒場の椅子やカウンターを破壊し、マクシムスに襲い掛かった。

 しかしマクシムスは涼しい顔で指を一本突き出すと「ボン!」と指先から骨を射出し、それが命中すると巨獣影は形を維持できなくなり崩壊していった。


「え!? な、何をしたの!?」


「ツボをついただけですよ。人体と同様に形あるものには必ず急所がある。その技はすでにガルナス城での手合わせで見せて頂きましたからねえ。アラケアさんと同じく私にも同じ手がそう何度も通用すると思わないことです。それに……戦いに来た訳ではないのですから席に座りなさい、ノルンさん」


 その言葉を聞いて、ノルンはようやくこの男の正体に勘付いたようだった。

 しかし、それでも信じられないのか「でも、まさか……どう見ても……」と狼狽えていた。


「まあ、信じられないのも無理はないが、これがこの男の能力なんだ。ダーム城では俺達もこの男には助けられた。分かったら席に座ってくれ。いや、後片付けが先だな。ノルン、俺も手伝うからお前が破壊したこの椅子やカウンターの掃除をするぞ」


 ノルンは俯きながら、しゅんとした様子で俺の指示に従った。

 ハオランだけは事情が呑み込めないようで、今もマクシムスを口説いている。

 だが、何とか騒ぎが収まったようで、俺は胸を撫で下ろしていた。


「さて、そう言うことなら新しい来店客に料理を出さなくてはいかんな。では私の得意としている卵料理を振る舞おう。遠慮なく食べるといい」


 そう言いながら、陛下は手際よく両手で、それぞれ2個の卵を割り始めた。

 宴の席はなおも続く。戦士達はひと時の休息を楽しむのだった。

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