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滅びゆく世界のキャタズノアール  作者: 北条トキタ
ギア王国への侵攻
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第六十四話

「アラケアさん、城内の蟲にはくれぐれも気を付けてください。せっかく靴を履き替えても、避けて通らなくては、すぐにこちらの動向がダルドアに筒抜けになってしまいます。おっと、言った側から……この通路は駄目なようですねえ。蟲どもが巣を張っています。少し遠回りになりますが、迂回して進みましょう」


 俺達は進もうとした道を引き返し、別の通路を行った。

 確かに先ほど靴を履き替えてからというもの、敵との遭遇率が大きく下がっている。

 マクシムスが言っていた通り、今までの俺達の動きは敵にバレていたのだろう。


「この王都へと向かう道中、俺達以外がやって来ていた痕跡を見つけたが、あれはお前達だったのだな、マクシムス」


「さて、どの足跡ですかねえ。確かに避けられなかった突発的な戦いはいくつかありましたが、その一つを貴方達に見つけられたと言う訳ですか。だとしたら恐らくそうなのでしょう。ん……? これは、いけませんねえ。東方武士団の兵士が十数人、私達の進行方向にいるではないですか。やむを得ません。私が手早く片づけてしまうとしましょう」


 マクシムスは兵士達の前に飛び出していくと、彼らは驚いた様子だったが、現れたのがエリクシアだと分かると、すぐに武器をしまい敬礼をした。

 だが、こいつはエリクシアではなく、その姿をしたマクシムスなのだ。

 マクシムスは両手を前に突き出すと、「ボン!」という音と共に兵士二人の頭が砕けて、脳髄が撒き散らされた。残った兵士もなぜ自分達が殺されるのか訳が分からないと言った表情のまま、マクシムスの攻撃で次々と血の海に沈んでいった。


「便利なものだな、その擬態能力。奴らは死んだ理由さえ分からぬまま、抵抗することもなく、お前に殺されていったぞ」


 俺は隠れて見ていた物陰から姿を現すと、正直な感想を述べた。

 マクシムスは愉快そうに喉を鳴らして笑っていたが、振り返って答えた。


「先を急ぎますよ、アラケアさん。エリクシア本人は恐らく玉座の間にてダルドアを警護しているはずです。本人に対してはさすがにこの手は使えません。エリクシアとダルドアと戦う際には、ぜひ貴方の力も貸して頂きたい」


「ああ、分かっている。俺もお前のお陰で助られているからな。少なくともダルドア打倒を果たすまでは、お前に協力をするつもりだ」


 俺達は再び八階にあるという玉座を目指して突き進んだ。

 マクシムスによれば、この城は十階建ての構造になっているという。

 そして俺達の現在位置は五階。残り三階を上へと駆け上がれば、ダルドアの待ち構える、玉座の間に出る。

 俺達を誘き寄せるために、自身を餌に城に残ったダルドアには恐らく、俺達を確実に仕留められる自信があるのだろう。

 すでに老体と聞いているが、俺も今度は出し惜しみをするつもりはなかった。


「罠だとしてもダルドアが自ら城内で俺達を迎え撃とうとしているこれは千載一遇のチャンスだ。この機会を逃す手はあるまい。それに恐らく陛下も、城のどこかで機を窺っておられるはずだからな。ならば俺達もこのまま突き進んで、ダルドアの首をとる」


 そう思い、先を急いでいた時だった。

 ふと俺達はある時を境に、敵の気配をまるで感じなくなったことに気付いた。

 確かにこれまでも敵のいる場所を避けて通ってきたため、敵と遭遇することは少なかったが、階自体のどこかしらには人がいる気配はしていた。

 だが、今はそれすらもなくなり、一切の人の気配がなくなったのだ。


「これは、敵も馬鹿ではないようですねえ。もしかしたら上手く敵を避けて通ってきたつもりが、特定の場所へと誘導されていたのかもしれません。見なさい、この先には国の重鎮らが列席するための大広間に続く通路があるのみ。他は蟲が巣を張っているため、ここを通る以外に道はないという状況です。……もし、敵が待ち受けているとしたら、この先の大広間でしょうか。今度は……戦闘は避けては通れないかもしれませんねえ。アラケアさん、くれぐれもお気を付けください」


 マクシムスは俺に用心するよう伝えると、俺達は足早にその通路を進んでいった。

 そして大広間の大扉を開けると、中へと足を踏み入れた。

 そこにいたのは……。


「待って……いたわ、アラケア。そして……誰かしら、もう一人の貴方は?」


 待ち構えていたのはエリクシアだった。今度は紛れもなく本人だろう。

 だが、俺の隣に立つ自分と同じ姿をしたマクシムスを見て、正体が何者なのか測りかねているといった様子だ。


「おや、私をお忘れですか、エリクシア? 貴方とは一度、ギア王国内で手合わせをしたことがあったはずなのですがねえ。あの時は結局、痛み分けでしたが、覚えてはおられませんか? 『黒太陽の悪魔』と呼ばれるこの私を」


「そう……お前だったのね、マクシムス。まさか……姿を変えられるとは思わなかったから、少し驚いたわね。お前がライゼルア家の当主と共に行動しているとは……ずいぶん意外性のある組み合わせじゃない」


「お褒めに預かり光栄です、エリクシア。さて……」


 マクシムスが一礼をしたかと思うと突然、「ボン!」という音と共に硬質化された奴自身の骨が放たれ、エリクシアに直撃したかに思えた。

 俺の目でもそう捉えられた。しかし実際には攻撃が彼女をすり抜けるかのように後方へとそのまま飛んでいったのだ。

 そして骨は壁に直撃し、大きく穴が開いた。


「ほう……今のを躱すとは。傭兵であり殺し屋でもある私は敵の虚を衝くのはお手の物なのですがねえ。殺し屋専門で、その道の頂点である貴方にはこんな技などやはり通じませんか」


 エリクシアは返事をせず、無言のままスタスタとこちらへと歩き出してきた。

 それも構えを一切取ることなく、自然な調子で。


「この大広間を抜けた先に……玉座がある8階に向かうための昇降機があるわ。私を倒すことが……出来れば使えばいい。ガンドが一階で足止めされている以上、私が残った貴方達全員を……相手しないといけないものね。早く終わらせたいの。だから……来るならさっさと来なさい、マクシムス、アラケア」


「ああ、言われるまでもない!」


 エリクシアが言い終わるや否や、俺は全身から蒸気を噴出させ、ルーンアックスを彼女目掛けて頭上から勢いよく振り下ろした。

 振り抜かれたその一撃はエリクシアに直撃し、「ザン!」と言う音と共に床を砕き破片が周囲に飛び散った。今度も目視では彼女を両断したかのように見えた。

 だが、先ほどの攻撃と同様、手に手応えはなくただ空を切っただけだった。

 しかし間近でそれを見た俺には、そのカラクリがようやく見えてきた。


「……そうか、なるほどな。体軸をぶらすことなく最小の動きで攻撃を躱している。だから先ほども同様に、傍目にはすり抜けたかのように見えたと言う訳か。ミリ単位で正確に間合いを測れる精密さがなければ到底、出来ない芸当だ。ならば……出し惜しみをしている場合ではないな。全力で……そしてこちらは二人、数の利を生かさせてもらうぞ!」


 俺が動いたのと同時だった。

 マクシムスも全身から黒い炎を燃え上がらせると腕に装着した手甲に仕込まれた刃でエリクシアに攻撃を仕掛けた。

 だが、エリクシアもまた最小限の動きでそれを回避したかと思うと、短剣でマクシムスのいた所を横一文字に斬り裂いた。

 その早業に空気が焼ける匂いがして、マクシムスの体は軽く傷つけられた。


「嫌なものね、……自分と同じ姿をした相手を痛めつけるというのは。けれど貴方達、私が……何の策もなくここへ来たと……思ってたかしら?」


 俺達が更に追撃を仕掛けようとしたその時だった。

 突如、凄まじい轟音と共に床を突き破って、数えきれない人数の男や女性、子供達が飛び出してきたのだ。


「な、何っ!? こ、こいつらは兵士ではない。民間人か!」


 床に開いた穴から続々と大広間へと、民間人とは思えない異常な身体能力を発揮した者達が飛び出して現れると、エリクシアの前に勢揃いした。


「さっきの言葉……そっくりそのまま、お返しするわ。確かに数の利を生かさない手は……ないものね。国民皆兵、弱者という概念の存在しない……国民すべてが魔物ゴルグと戦える力を持った……最強の戦闘国家。これでもう災厄の周期に怯える必要もない。ダルドア陛下が望み……シャリム様が実現させた、それが……今のギア王国の姿なのよ」


「っ!!」


 その数は百人やそこらではない。

 何百という人数の老若男女が殺意を剥き出しにして、俺達を睨んでいたのだ。

 エリクシアと同時にこの数を相手にしては二人しかいない俺達は一溜りもないだろう。


「いけるか、マクシムス? 傭兵であるお前の流儀では勝ち目の低い戦いは避けたいはずだ。俺達と戦った時のようにな。この場から逃げても俺は責めはしないが、お前はどうするつもりだ?」


 俺の問いにもマクシムスは喉を鳴らして笑い、動揺した態度は見せなかった。

 何か手があるのかこの状況にも関わらず、この男は勝ちを諦めてはいない様子だ。


「これは見くびられたものですねえ、アラケアさん。それに貴方だってまだ勝負を諦めてはいないのでしょう? 私はネクロマンサーです。死体が増えれば増えるほど、こちらの手駒は多くなる。とにかく奴らを殺しまくってください。その後は私が何とかしましょう」


「そうか……恩に着る。では最後まで付き合ってくれ。お前がこの場にいたことは俺達にとって奇跡に近い幸運だったようだ。ではいくぞ! 雑兵退治は俺に任せておけ!!」


 そう言うと俺は足を一歩、前へと踏み出した。多勢に無勢なのは明らかだったが、俺達はすでにダルドアの喉元に食らいつく距離まで辿り着いている。

 今、この戦いこそが正念場だと、俺は自分を奮い立たせたのである。

 だが、躊躇なくそれが出来たのは皮肉にも、かつて敵として戦ったマクシムスがいたことが大きかった。

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