第五十二話
黒竜と巨大ゾンビと俺達を包囲するように布陣した騎士と兵士は総数、約二千。
いつでも攻撃に移れるように、ビッグボウガンを構えて狙いを定めていた。
「いくぞ、ラグウェルとやら。だが、まずは……お前の逃げる手段を封じさせてもらおうか」
俺はルーンアックスを背に戻し飛び掛かると、四本の短剣を投げ付けた。
「死天呪縛!!」
それらは黒竜の四方に突き刺さり、結界を張った。
だが、短剣から放たれる気による負荷は、これまでのものより一段と強力であり皆既日食での戦いを経て、俺の技が一回りも二回りも成長したことの証であった。
「がっ、ぐがががっ! くそっ! こ、こんなもの! 殺してやる! 殺してやるぞ、アラケア!」
黒竜が力づくで破ろうとするが、さすがに簡単には結界から抜け出せまい。
とはいえ、この黒竜はノルンの巨獣影を押し返すほどの筋力の持ち主だ。
数分もすれば破って抜け出してしまうだろう。だがっ……。
「それだけあれば十分だ!!」
俺は跳躍し、黒竜の背中に降り立つと、ルーンアックスを一閃させることでその背から生やした漆黒の両翼を斬り裂いた。
「ぐああっ! あ、あああああああっ!!!!」
黒竜が堪らず、悲鳴のような雄たけびを上げると、半狂乱になって暴れ始めた。
手を足をがむしゃらに振り回し、そして……その抵抗によって、とうとう結界は破られ、地面に突き刺さった四本の短剣は腐ったように崩れて、横に倒れた。
「く、くそおっ! よくも僕の翼を! 許さない、絶対に許さない!」
黒竜は激しく体を振り回して、俺を振り落とそうとする。
「許さんだの殺すだの、そんな言葉は聞き飽きた。他に言葉を知らんのか? まだ言いたいことがあるなら聞いてやるぞ。牢獄の中でな!!」
俺は蒸気を噴出させながら、渾身の一撃を黒竜の背中に叩き込む!
黒竜の頑丈な竜皮が斬り裂かれて血飛沫が噴き出し、俺はそれを全身に浴びた。
痛みに喘ぎながら、黒竜は攻撃の機を伺っていたギスタの方を向いて睨みつけた。
「ぐ……うううっ!! おい、ギスタ! 金はやる! いくらでもだ! だから殺せよ、こいつを! お前にまた正式にアラケアの暗殺依頼をしてやるよ!」
ギスタは突然、自分に向けられたその言葉に面食らっていたようだが、すぐに表情を戻すと、どこか悪戯を叱られた子供をあやすかのような仕草で答えた。
「悪ぃな、ラグウェルさんよ。子供の我儘に付き合ってるほど俺は暇じゃねぇんでな。大人しく降参した方が身のためだと思うぜぇ? その男はあんた……いや、俺にだって手に負える相手じゃねぇんでな」
それを聞いた黒竜は激高し、怒りの形相になって雄叫びを上げたかと思うと、今度は怒りを通り越してしまったのか、涙を流して泣き始めた。
「くそっ! くそっ! 僕からあの人を奪ったこいつが悪人で僕は正義の裁きを下す心正しき断罪者なんだ。なのになぜっ! 皆、こいつの味方をする! 正しいはずの僕がこんな目に遭うんだ! くそっ、くそう……」
黒竜は地面に蹲り泣き喚いており、すでに戦意は喪失しているようだった。
俺はさすがにこんな状態の黒竜にこれ以上の追い打ちをかけるのは心が咎め、攻撃の手を止めてしまった。
「……これで決着のようだな。おい、誰か鎖を持ってきてくれ! こいつを拘束して、そのまま牢に閉じ込める」
俺がそう言って、周囲を取り囲む騎士団に呼びかけた時だった。
いつの間に現れたのか俺の視線の先、黒竜の眼前にあのマクシムスが残していった巨大ゾンビが立ちはだかっていた。
そして巨大ゾンビは崩れかけた半身を気にも留めず、両腕を振りかざすと俺を目掛けて振り下してきた。俺は咄嗟に回避しようと試みたが、このまま避ければ足元の黒竜に直撃してしまうと考え、それをルーンアックスで受け止めた。が、その時だった。
浴びていた黒竜の返り血で足元が滑ってしまったのだ。
「な、何!? しまった!」
その生じた隙を見逃さず巨大ゾンビは機敏にその両腕で俺を担ぎ上げた。
巨大ゾンビはそのまま街中へと飛び出していくと、体がみるみる内に大きく膨れ上がっていった。
まるで破裂寸前の風船のように。
「おい、まずいぜ! まさかあのまま破裂する気じゃねぇだろうな!」
「何だって! それじゃこのままだとアラケアは!」
「くっ……マクシムスの奴、最後の最後までやってくれるじゃない。早くアラケア様をお助けしないと!」
ギスタが叫ぶ。ヴァイツとノルンも起きている事態を感じ取って追いかけようとしたが、その間にも巨大ゾンビの膨らみは大きくなっていく。
「仕方ねぇ!!」
ギスタが目にも止まらぬ移動速度で巨大ゾンビの元まで瞬時に駆けて追いつくと、その体に両の手で触れた。そして念を込めたかと思うと……。
「このデカブツだけ上空に空間跳躍させるぜ。俺の奥義は自然の外気と体内の内気を融合させることで空間を自在に瞬間移動させることが出来るんだ! さっきのように間合いを飛び越えさせてな!」
そして巨大ゾンビの体だけ、ふっと姿を消すと俺は両腕から解き放たれて地面に転がり落ちて、咄嗟に受け身をとった。しばしして……。
上空で辺りに大きく響き渡る大轟音とともに、巨大ゾンビが破裂した。
その破裂の勢いの凄まじさは、あのまま巻き込まれていては俺もただでは済まなかったであろうことを伺わせた。
「助かった。礼を言う、ギスタ。あのままだったら俺は五体満足ではいられなかったかもしれない」
「気にすんな、助けられてるのはお互い様だからよ。けど……どうやらこれで戦いもひと段落したようだな。後はあの黒竜の奴をふん縛って終わりか」
俺とギスタは駆け寄って来たヴァイツとノルンと共に再び黒竜の元まで引き返すと、聖騎士隊、黒騎士隊、一般騎士団と協力して、黒竜の全身を太い鎖で縛り上げて拘束し、そして黒竜は王城の牢獄へと運ばれていった。
こうしてようやく皆既日食の最終盤であるこの日の夜は終わりを迎えたのである。