第五十一話
凄まじい地面を揺るがす音と共に、黒竜が地面に降り立った。
そして俺達を、その赤く煌々と輝く竜眼で睨みつけるが、その巨体は十メートルはあろうかという威容であり、迫力は十分であった。
「アラケア、僕の大事な人を奪った男。決して許すまじ」
黒竜は憎悪を込めた目で、再び言葉を発するが、その威風堂々とした姿とは裏腹に、その声質はどこか少年を思わせるのものであった。
「お前は何者だ? なぜ俺を狙う? 竜人族に恨まれる覚えはないが、俺がお前に近しい者を手にかけたというのか?」
「ああ、そうだとも。お前はあの人を殺した。その報いは受けてもらう」
恨みの言葉を放ち、憎々しげに俺を見る黒竜と俺達はしばらく睨み合っていたが次第に黒竜の紅い竜眼が、どんどん紅さを増していった。
それに伴って放たれる竜特有の気配も凄まじい勢いで高まっていく。
「いくぞ、死ね……アラケア!!」
黒竜は大きく口を開けると、そこには青白い炎がちらちら燃えている。
「全員、散れ!! 攻撃が来るぞ!!」
俺とギスタ、ヴァイツ、ノルンは瞬時にその場を飛び退いて放たれるが、今まで俺達がいた場所に高温の火炎のブレスが襲いかかった。
それは凄まじい炎の柱となって空高く燃えが上がり、周囲にあるものすべてを焼き焦がし、ドロドロに溶かしてしまった。
「まともに受ければ熱いでは済まんな。俺の最高奥義に比肩するほどの恐ろしい熱量だ。……しかしだ。ここまで派手に暴れてくれたお前を今度こそ逃がす訳にはいかん! 然るべき王国の裁きは受けてもらうぞ!」
俺は全身から蒸気を噴出させながら、黒竜との間合いをはかり、徐々に距離を縮めていった。
だが、先に黒竜へと攻撃を仕掛けたのはノルンだった。
「マクシムスの部下達には簡単に避けられて自信を失いかけてたけど貴方のような巨体なら絶対に外さないわ。いえ、今度こそ……決めてみせる!」
ノルンの足元の影が大きく広がりだし、それは黒竜へと大きく牙を剥いた。
――『巨獣影』!!!
ノルンの奥義が放たれ、読み通り巨大な獣の手となった影は黒竜を包み込んだ。
ゴリゴリ……メキャメキャ……グシャ……黒竜を握り潰さんと巨獣の影に強く力が込められていくが、その後の光景に驚いたのはノルンの方だった。
「……え? そ、そんな……そんなバカなこと!」
黒竜は全身の力を込めて、巨獣影を押し返していたのだ。
そして力任せに巨獣影に握り締められた状態のまま、ノルンの方へと足音を響かせながら、決して遅くはない速さで移動してきていた。
「な、なんて馬鹿力なの!」
驚きを隠しきれないノルンだったが、それでも巨獣影を解除せず襲いかかってくる黒竜の攻撃に備えて、防御か回避かの二択に迫られていた。
そしてついに黒竜の大きな腕がノルンに襲いかかる。
だが……一人の大きな体躯の男が、それを全身で受け止めていた。
「んんん! こいつは中々のパワーだな。だが、どうということはない。俺様の天下無双の怪力に比べればな!」
その男はハオランだった。受け止めた黒竜の腕を易々と押し返していく。
この男がここへ現れたということは……俺は背後を振り返った。
どうやら今まで行われていた騎士団と魔物達の戦いは決着がついたようだった。
見れば他の聖騎士隊や黒騎士隊も、俺達の元へと援護に駆けつけてきている。
「助かったわ、ハオラン。残る敵はもうこの黒竜だけと言うことね」
「ああ、そういうことだぜ。後はこのデカブツだけ! しかもこの手の重量級の怪物相手の戦いはお手のもんだ。俺様に任せときな、お嬢ちゃん」
ハオランは片手で黒竜の腕を逆方向に押し返すと、右の拳を握り締め、後ろに大きく引いた。
腕の筋肉が大きく盛り上がっていく。
そして黒竜へと飛び掛かると、顔面を殴った。
その一撃に黒竜は体を大きく反らせて倒れかかったが、しかし踏みとどまった。
右拳を受けても倒れず、体をゆっくりと起き上がらせた。
「ほう、耐えやがったか。じゃあ今度はお前の番だな。さあ、来な!!」
だが、そのハオランの言動にノルンは驚き呆れているようだった。
それもそうだろう。
相手に攻撃の挑発をしておいて、武器も構えずに丸腰のまま立っているのだから。
「あ、貴方、馬鹿なの!? 竜を相手に武器も持たずに素手で!」
「俺様の辞書に避けるなんて言葉はない。どんな攻撃も受けきって天下無双の腕力で叩き潰すだけだぜ! さあ、来い!!」
ノルンの言葉を意に介さずに、ハオランは更に挑発を仕掛ける。
そしてそのふてぶてしい態度に、黒竜は実に明確な答えで以って、応えた。
右腕を大きく振りかぶり、ハオランの顔面を叩きつけたのである。
「……やるな。痛かったぜ」
ハオランの顔面に攻撃された痕が残されていた。額から少し血が出ている。
「今度は全開でいくぜ。全力でぶん殴る!」
そして力強く大地を蹴ったかと思うと、突進し、再び黒竜の顔面を殴った。
ハオランの拳は黒竜の顔面にめり込み、今度は顔面は変形し、所々ひびが入り右目の眼球はあらぬ方向を向いていた。
「ぐっ、こいつ! よくも、よくも!!」
己の攻撃を物ともせず、痛恨の一撃を食らわせてきたハオランを黒竜は憎々しげに睨みつける。
が、ハオランは意に介さず拳を引くと、続けざまに放った。
ドン!!!
繰り出されたハオランの渾身の右拳によって、黒竜の腹部にクレーターのような大きな窪みが作られた。
硬い竜皮に覆われた黒竜の腹が大きくひび割れ、倒れ込んだのだ。
「がっ……あ、ああ……く、くそおっ」
あの黒竜が地に伏して苦し気にもがいている。俺はその凄さに目を見張った。
……ハオラン。この男の実力は明らかにアルフレドをも上回っている。
いや、あるいは聖騎士の中でも断トツの強さかもしれない。
俺にそう思わせたほど、ハオランの膂力と耐久力は桁違いだった。
だが、その評価は次の瞬間、すぐに改められることになる……。
「はっはっはー! どうよ! 俺様のパワーは!? 見ててくれたかよ、お前ら! わーはっはっはっは!!」
背後を振り返って、聖騎士5人や騎士団に対して勝ち誇っているハオランだったが、その間に黒竜は苦し気ながらも立ち上がり、その巨腕にてハオランを叩いて吹き飛ばし、民家の壁に叩きつけたのである。
意識の外からの攻撃に、さすがのハオランも白目を剥いて倒れてしまった。
油断、軽率……陛下がこの男を重用しなかった理由が分かった気がした。
「仕方ない。やはり最後のとどめは俺達でやらなくてはならないようだな。いくぞ、ギスタ、ヴァイツ、ノルン」
「うん、幸いあいつはかなり弱ってる。僕らが4人でかかれば無力化するのは難しくはないはずだ。やろう、アラケア」
すでに布陣が展開され、黒竜とマクシムスが残していった巨大ゾンビの周囲を黒騎士隊や、騎士団が取り囲んでいる。
俺達はその輪の中心へと、ゆっくりと警戒を怠ることなく進んでいったが、俺達は向かい合い、睨み合う形となった。
「お前が俺に抱く憎しみという感情。お前が何者なのか気になるが、まずはお前が戦闘を続行できないくらいには動きを止めさせてもらう。その後、お前の処遇は陛下が決めるだろう」
「ふん、やれるならやってみろよ。死ぬのはお前だ、アラケア。僕は負けない。あの人を殺したお前なんかに」
一触即発の状態で言葉を交わし、向かい合う俺達だったが、やがて痺れを切らしたかのように黒竜は竜のオーラを一層、大きく立ち昇らせた。
そしてそれに対抗するかのように俺の体からは絶え間なく蒸気が噴出し始めたが、それが戦いの再開の狼煙となったのである。