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滅びゆく世界のキャタズノアール  作者: 北条トキタ
皆既日食・後編
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第五十話

「化け物だ……」


 露わとなったマクシムスの姿を見たヴァイツは思わず、漏らした。

 だが、確かに俺にもそれ以外に形容しようがない、異形の姿だった。


「ええ……人間じゃない。魔物ゴルグ以上に……醜い、化け物ね……」


 ノルンも口元を押さえながら、直視に絶えない奴のその姿をそれでも必死に目を逸らさないようにしている。

 そんな二人の様子を見たマクシムスはケタケタと笑いながら、複数ある顔の目を一斉にヴァイツとノルンへと向けた。


「ずいぶん辛辣なご感想で。しかし仰る通り、この姿は不完全で醜い。かつての私の姿が見る影もなくねえ。ある男によって魔物ゴルグの謎を解き明かす研究の実験台とされ、このような忌まわしき姿となってからというもの、実に二百年以上もの間、私はこの世界を彷徨ってきたのです」


 その言葉を言い終えると共に、地面が静かに鳴動し、マクシムスの全身を黒い怨念のようなオーラが纏い、いくつもの瞳は赤色に変わっていった。

 そして夥しい量の放たれる黒い怨念は、ますます禍々しさを増していく。


「……二百年だと? 貴様、いつの時代から生きている?」


 俺はルーンアックスを構えつつ問うたが、奴は答えない。

 代わりに奴の無数の目が、こちらを睨んできた。


「だから私はこの場からも生き残り、目的を成してみせる」


 オオオオロロォォオオオオォォ……ッ!!!

 それは……その場にいた全員に聞こえた。

 あまりに悍ましく獰猛な咆哮……この世ならざる者の叫びであった。


「ちぃっ!」


 俺は咄嗟に舌打ちをして、後方に飛びのいた。ギスタやヴァイツ、ノルンも同様に危険を察知し、その場から飛びのいたが、その刹那のことだった。

 マクシムスを中心として、怨念のような黒い瘴気が俺達の体を通り抜けると、辺り一面を包み込んだ。

 するとどうだろう。

 それに追随するように、ギスタが葬った黒衣の者達の地に伏した体がズズズ……と動き始めたのだ。


「ぐ、ぐぅ……あ……」

 

 裂かれた皮膚が、千切れた神経が、筋肉が、再生し彼らは立ち上がった。


「い、いたいぃぃ! くる、しぃ……ぃ……!」


 そして激しい痛みを感じているのか、自我を失っている様子ながらも動き出した彼らは己の肉体をその指先の爪で掻きむしっている。


「し、死体が……動いた!?」


「な、何なの……こいつら!」


 ヴァイツが恐れおののき、腰を抜かしたようになっている。ノルンも同様だ。

 常識ではあり得ない物を目の当たりにした様子で、その顔に驚きを浮かべていた。


「なるほど、確かにネクロマンサーだ。初めてお目にかかったが、死体を操る技と言う訳か。だが、そんなコケ脅しで俺を怯ませられると思っているなら大間違いだぞ、マクシムス」


 俺は奴の技に臆すことなく、ずいっと足を一歩踏み出した。

 そしてそのすぐ隣ではギスタもこの事態において、平常心を失うことなくアサシンナイフを片手に、いつでも飛び掛かれるよう臨戦態勢をとっている。


「おい、アラケア。じゃあここはいっちょ軽い運動でもしてみねぇか」


「ふっ、そうだな。先ほどは体力を消耗していたようだが、いけるか?」


 俺の問いにギスタは苦笑し、一呼吸ふぅとついた。

 そしてアサシンナイフを奴らに向けたかと思うと……。


「ああ、問題ねぇぜ。これくらいはな!」


 俺が奴らに向かって駆けたのと、ギスタが動いたのはほぼ同時だった。

 そして瞬く間に蘇った黒衣の者との間合いを縮めて俺が脳天を砕くのと、ギスタがアサシンナイフで首を斬り落とすのも、まったくの同じだった。

 つまり今のギスタはスピードだけなら、奥義によって飛躍的に身体能力が高められた状態の俺と、同等の域に到達していたということであった。


「腕を上げたな、ギスタ! 頼もしいぞ!」


「へっ、それでもあんたには到底、勝てる気はしねぇがな!」


 ギスタはマクシムスのいる方を見た。しかしマクシムスは二人の強さを目の当たりにしても狼狽えるどころか、喉を鳴らして笑っているだけであった。


「気に入らねぇな。あの野郎、ずいぶん余裕じゃねぇか。それともこいつがまだ切り札じゃなく他にも何か手があるってのか?」


 だが、マクシムスが手を掲げると、俺達にもすぐに奴のその余裕の理由が明らかとなった。

 新手のゾンビが俺達の前に姿を現したのである。

 それも一体ではなく、続々と起き上がって来る。

 それは俺達が殺してきた魔物ゴルグ達であり、または殺されて死体となった俺達の同胞である、兵士達の死体であった。


「さあて、この場の死体達をすべてゾンビに変えて差し上げましょう。ですが、貴方のような怪物を相手に数で押し切れるとは思ってはいません。本領はこれからです。さあ、とくとご覧あれ!」


 マクシムスが念を込めたかと思うと、ゾンビ達が唸り声を上げて苦しみだした。

 そして彼らの肉体が溶け始め、他のゾンビ達と融合を始めたのである。

 無数に蘇ったゾンビ達が溶けて合わさり、一つとなって大きな異形となった。

 そうして一回りも二回りも巨大な化け物となった異形は、いくつもある赤き瞳で俺達を睨みつけてきた。


「まるで狂気と呼ぶに相応しい化け物だな……。だが、ここまで巨大なら倒しがいがあると言うものだ」


 俺は一足飛びで、脳天目掛けて飛び上がり、ルーンアックスを振り下ろした。

 だが、結果は俺の予想に反するものだった。


「な、何だと!?」


 俺の一撃は確かに命中はしたが、僅かに食い込んだだけで斬り抜くことは出来なかった。

 凝縮された何体ものゾンビ達の肉の厚みによって、俺の攻撃は威力を殺されてしまっていたのだ。

 俺が驚愕している間にも、すかさず異形の化け物は反撃に出てきた。

 しかもその動きは図体の割に恐ろしく速かった。


「おい、アラケア! やばいぞ、そいつから離れろ!!」


「ああ、分かっている! だが、せめてもう一撃与えてからだ!」


 俺は異形の豪腕の強烈な攻撃を掻い潜ると、そのまま奴の胴体部分にルーンアックスを叩きつける。

 が、やはり大きな効果は望めず、そのまま距離を取ろうとしたが、異形の左腕が俺の足をしっかりと掴んで離さなかった。


「ちっ、しまった!!」


 奴は腕を勢いよく振り回すと、俺は地面に強く叩きつけられた。

 何度も、何度も。血反吐を吐きながらも耐えていたが、奴はやめる気配はない。


「ア、アラケア! くそっ、この化け物!」


「アラケア様、待っていてください! 今、助太刀に参ります!」


 その一方的に攻撃を受け続ける様子を目の当たりにしたヴァイツとノルンが助けに入るべく、俺の元へ走り寄ってくるが、俺は勝利を諦めてなどいなかった。

 ルーンアックスを握る右腕に全身の気を集中させると、斧の刃が青白く発光し始め、俺は力を振り絞って最大奥義を異形のゾンビ目掛けて繰り出した!


 ずどごぉぁあああああぁぁ!!!

 眩い閃光が辺りを白々と照らし出す。

 そしてそれが収まった時……俺の奥義は俺の足を掴んでいた異形の左半身を、崩壊させていたのである。

 しかしそれでもなお異形は動きを止めず、戦いを続けようとしていた。

 だが、その様子を見ていたマクシムスはぽんぽんと手を叩いて、その場にいた全員の注目を引いた。


「いやいや、お見事ですねえ、アラケアさん。金を積まれたとはいえ、やはり貴方に喧嘩を売ったのは間違いでした。勝機がない訳ではないですが、命を賭けるリスクを冒してまで依頼を果たす義理はありませんからねえ。金額に見合った働きは十分しましたし、そろそろこの仕事もこの辺で切り上げるとしましょうか」


 それを聞いて一番に反応を示したのは、今まで不気味に沈黙を保って動く気配を見せていなかった、民家の屋根に陣取る黒竜であった。


「マクシムス、仕事の途中で逃げるつもりなのか? 依頼はアラケアの抹殺、そうだろ? 今度こそあいつを殺すんだ」


 しかしマクシムスは喉を鳴らして笑いながら、黒竜の方を見た。


「生憎と命まで賭けるつもりはありませんよ、ラグウェル殿。あのゾンビは置き土産に残しておきますから、後は貴方が自分自身で復讐とやらを成し遂げなさい。では……さらばです」


 マクシムスは身を翻すと、生き残った黒衣の者達を引き連れて、恐るべき跳躍力で空に飛び上がると、王都の外へと走り去っていった。

 俺は追おうとしたが、奴らの手際の良さに後手に回ってしまい、迅速に逃げの一手を打ったその判断の早さに思わず舌を巻いた。

 後に残されたのは屋根の上から、こちらを見下ろす黒竜と俺達だったが、俺達は向かい合い、互いの視線が火花を散らした。


「アラケア、殺す……アラケア」


 そして言葉を発した黒竜ラグウェルは大きな翼を羽ばたかせ、大きく咆哮を上げた。

 これから行われるであろう戦いを暗示するかのように。

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