第四十八話
マクシムス率いる傭兵集団によって殺害された兵士達の遺体を手厚く葬ると、黒騎士隊に各自持ち場に戻るよう指示し、俺はというと陛下に事の成り行きを報告するため、ヴァイツ、ノルン、ギスタと共に北側の塀へと馬を走らせていた。
その途中……。
「ギスタ、あの黒竜の竜人族が、俺の暗殺の依頼者だそうだな。プロであるお前に依頼の成り行きを包み隠さず話せとは言わないが、奴らが再び攻撃を仕掛けてくる可能性は高いだろう。せめてマクシムスという男のことだけでもいい。陛下にお話してくれないか?」
ギスタは馬を走らせている途中、ずっと無言のままだったが、俺の問いにしばしして答えた。
「ああ、分かってる。でないと俺がお前達と一緒に戦う資格はねぇしな。けど隠す訳じゃねぇけど、あの竜人族の素性は俺も詳しくは知らねぇんだ。……本当にな。だが、マクシムスは裏社会ではその悪名で有名な野郎だ。奴についてなら、知る限りのすべてを話す」
そこにヴァイツとノルンも口を挟んできた。その表情は重く曇っている。
「マクシムス、か。皆既日食の真っ最中だと言うのに、面倒な奴らにまで目を付けられちゃったもんだね。人間だってのに下手な魔物よりもずっと強かった。実際に戦ってみた感想だけど、あいつらの一人一人が指揮官クラスの魔物に匹敵するんじゃないかな……」
「ええ、結局、私達はあいつらの誰一人、仕留められなかったものね。傭兵として勝てないまでも生き残ることに何よりも長けた連中だと感じたわ」
だが、ギスタやあんな連中をぶつけてまで俺を殺したがっている人物か……。
人に恨まれるようなことをした覚えを思い出そうとしてみたが、政や権力にも関心がなく、ただライゼルア家の使命を全うするべく、人より魔物相手の戦いに明け暮れていた俺には、そんな人物は心当たりがなかった。
考えられるとしたら敵国ギア王国の人間だと思っていたが、依頼主が竜人族だというなら、それも違うということなのだろう。
「何者か知らんが、ギスタといいマクシムスといい、熟練の使い手ばかりを雇っている所を見ると余程、俺はあの竜人族に恨まれているようだ。だが、俺にも魔物達から人々を守り抜くと言う使命があるからな……。奴にどんな事情があるにしろ、次にまた襲撃してきたとしても俺は大人しく殺されてやるつもりはない」
俺達は言葉を交わしながらも手綱を握り、馬を走らせていく。
そしてしばらくして塀が見え始め、真下まで辿り着くと、俺達は馬から降りて昇降機を使い、陛下のいる塀の上まで移動していった。
「ほう、マクシムス・ルナデムか。名前は聞いたことがあるな。主にギア王国で数々の悪事を働き、指名手配されている傭兵団の頭だったか。ずいぶん厄介な連中が、今の時期に我が国にやって来たものだ」
俺からの報告を頷きながら聞いていたガイラン陛下だったが、賊を逃がした俺達を咎めることはせずに、ただ「ご苦労だった」と労ってくださった。
だが、ギスタは膝まづきながら、陛下の言葉に続ける形でマクシムスについての更なる詳しい経歴を話し出した。
「奴は裏社会でも危険視されている男です。戦闘の腕も一流ですが、それ以上にダーティーワークを好み、多くの虐殺事件に手を貸しています。それゆえ大勢からの恨みを買い、復讐に燃える者達に殺されたという噂が出回ったのですが、どうやらしぶとく生き残っていたようです」
「ふむ、正真正銘の狂人という訳だな。経歴は分かったが、目的はなんだ? いくら奴の傭兵団が強くても国家そのものを敵に回しては勝ち目はあるまい。そんなリスクを負いながら奴は何を求めている? 金だけのためとは思えん。狂人ながら奴には何か目的があって仕事をこなしているような……私にはそんな気がしてならないのだ」
ギスタは少し考え込んだ後、陛下の質問に答えた。
「崇高な目的があるとは言っていましたが、俺には想像が及びません。ただ奴は金以外には死体を集めることに躍起になっているようです。それが目的に関係しているのかは分かりませんがね……」
陛下は顎に手を当てて考えていたが、やがて何か一つの答えに辿り着かれたようだった。
「ふむ、死体か。臓物や骨を売りさばくために墓を暴く犯罪者もいるが、それで金を得るためとは思えんな。奴は死体そのものに高い価値を見出しているのではないか。ネクロマンシーなどと言う戯けた学問を盲信し奴なりの考えに沿って、何かの高みに到達しようとしているのかもしれん。依頼主だと言う黒竜の竜人族の目的とはまた別にな。……まあ、良い。問題は奴らがまたやって来た時、どうやって撃退するかだ」
陛下は一呼吸置くと、背後に控えていた聖騎士の二人の名前を呼んだ。
「ゼル、ミコト。今日からお前達には東側の塀を担当してもらう。敵は空を飛行出来るようだ。王都に飛来する何者をも見逃さず撃ち落とせ」
「「はっ」」
ゼルと呼ばれた古豪と言うにはまだ若い、達人を思わせる精悍な顔つきの軽装の聖騎士と、重鎧を身に纏い、左右の肩当てに青の紋章があるミコトと呼ばれた妙齢の女性聖騎士が揃って膝まづきながら、陛下の命令を承った。
「では陛下、私達は如何様にいたしましょう?」
俺は自分と黒騎士隊の今後の身の振り方を陛下に尋ねた。
「皆既日食の期間ももう終盤だ。しかしあれからというもの魔物どもは一向に襲って来る気配がない。まだ油断は出来ないが、そろそろ腰を落ち着けて私とお前で話をしてみてもいいのではないか?」
「と言いますと?」
陛下は少し間を置いて続けたが、その目は険しいものに変わっている。
「皆既日食が始まる前、お前を瀕死の重傷まで追い込んだ者のことだ。何者なのだ? あの現場を見る限り、お前以外の血は流れてはいなかった。恐らくお前を一方的に圧倒したのであろう。かなりの化け物だったのだろうな。ギア王国にはそれほどの者がいたというのか? 教えてくれ。私がギア王国を攻める決意をしたのは、そいつを倒すためでもあるのだからな」
陛下のお言葉に俺はあの時の苦い記憶が蘇ってきた。
だが、それに負けまいと俺は強い意志でこみ上げてくる挫折感とグロウスへの恐怖の感情を抑えつけた。
「……ギア王国の宰相シャリム。いえ、奴はあの時、本名はグロウスだと名乗りました。かつて俺の父を殺し、それについての情報を明かすと俺を呼び出し俺達は対峙しました。そして戦い……いえ、戦いと呼べるものではありませんでしたが、俺はまるで歯が立たず後は陛下の仰る通りです。一方的に俺は体を破壊され奴に敗れ去りました」
俺の言葉を最後まで聞き終えると、陛下は目を瞑り「そうか、よく話してくれた」とだけ仰って、しばらく考え込んでいたが、やがて口を開かれた。
「報復は必ず行う。皆既日食終了後、お前達も私に同行するのだ。選び抜かれた最精鋭で奴らギア王国を撃滅まで追い込み、宰相シャリムと国王ダルドアの首を取る。アラケア、ヴァイツ、ノルン、良いな?」
「はっ」
「喜んで」
「承りました」
俺達三人は跪き、陛下が新たに下されたその任務を拝命した。
ギア王国にいるであろう強敵達の姿を思い描きながら、俺はグロウスとの再戦の時が近づいていることを感じ取っていた。