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滅びゆく世界のキャタズノアール  作者: 北条トキタ
皆既日食・後編
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第四十七話

 俺達の戦いを離れた場所から、マクシムスは腕組みをしながら伺っており、その背後には黒竜が、真っ赤な竜眼でこちらを凝視していた。

 襲い掛かる黒衣の者達と武器を交える最中でも、俺は不気味に沈黙を保っている奴自身とあの黒竜の動向を伺うことを怠らなかった。


「やっぱり気になるか、あいつが。気を付けろよ、アラケア。お前が感じ取ってる通り、あの男は戦闘の実力も超一流だって話だ。それに嘘か本当か確かネクロマンシーに精通しているそうだぜ」


「ネクロマンシー? では奴はネクロマンサーと言う訳か? そんな学問が本当に実在して内容が眉唾ものでないとしたら、禁忌の道に足を踏み入れた狂人だと言うことだな」


 俺とギスタはそれぞれルーンアックスとアサシンナイフで黒衣の者達の攻撃を凌ぎながら言葉を交わすが、奴らは相変わらず連携して的確に俺達を襲ってくる。

 ギスタの話を聞く限り、マクシムスは悪魔のような男のようだが、ここまで部下を鍛え上げた力量は上司として一級品だと俺は舌を巻いた。


「……仕方がない。決して侮っていた訳ではないが、出し惜しみをしていて勝てる相手ではないと言う訳だな。ここからは本気で相手をしよう」


 本気を出さずして勝ち目はないと悟った俺は、戦いの流れを変え勝負を決めるべく奥義『光速分断波・鳳凰烈覇』を発動させると、炎の煉獄鳥を体内に宿らせた俺の全身から、絶え間なく蒸気が噴出し始めた。


「ほう、これはこれは……驚きましたねえ。恐るべき力を隠しておられたようです。いけませんね、これでは部下を悪戯に死なせてしまう。貴方達は下がりなさい。ここからは、私と黒竜のラグウェルとで彼らの相手となりましょう」


 その言葉に黒衣の者達はすぐさま攻撃の手を中断し、後退を始めたが、今度はマクシムスが床をカツカツと靴の音が響かせながら、俺達の前までやって来た。

 背後にいたラグウェルと呼ばれた黒竜を伴って。


「素晴らしいですねえ、アラケアさん。そこまでの力をお持ちとは私も本腰を入れてお相手しなくては危ないかもしれません。今回の依頼は私達にとって割りに合わない仕事になりそうですよ」


 マクシムスはくつくつと喉を鳴らして笑ったが、言葉に反してその態度からは余裕を感じられた。


「来い、マクシムス。でなくてはこちらからいくぞ」


 俺はルーンアックスを正眼に構えながら、奴がいつ仕掛けて来てもすぐに対応出来るように臨戦態勢をとった。

 しかし一向に仕掛けてこないマクシムスに痺れを切らした俺は、そのまま踏み込んで、至近距離からの脳天への一撃を繰り出した。

 しかし……その瞬間、俺は確かに見た。

 奴のフードの下に隠された顔が微かに薄笑いを浮かべていたのを。


「っ!? ぐ……な、何っ!」


 次の瞬間、強烈な衝撃音がしたかと思うと、俺の体は弾き飛ばされ、床の上で数回、転がってから止まった。

 俺は吐血しながら腹部を押さえつつ、立ち上がるものの攻撃の正体は俺の目をして見抜けなかった。


「ほう、これを受けて立ち上がりますか。大した耐久力ですねえ。ライゼルア家の当主と言えば頑強な肉体と異常なスタミナが売りだと聞いていますが、噂に違わずと言うことですか」


 だが、俺はその言葉を無視すると、注意深くマクシムスに視線を凝らした。

 加えて一歩後退すると、いかなる攻撃にも対応出来るように前傾姿勢をとってさっきの攻撃を警戒しながら、奴の出方を待った。


「ふむ、良い判断です。無策に特攻するだけが戦士の華ではない。しかしその距離だとまだ私の間合いなのですよ。さあ、次も避けられますか?」


 俺は奴の周囲の音を聞き漏らすまいと、神経を集中させた。

 そして……来た。何の動作の前触れもなく、奴から次なる攻撃が放たれたのを。

 ボンッ!!! しかし今度は俺は見逃さなかった。

 棒のような物が、俺に向けて放たれていたのを。辛うじて目で捉えたそれをぎりぎりの所で回避するが、脇腹に僅かながら掠って、俺に痛みと衝撃を与えた。


「ぐっっ!」


「野郎!! 余所見してんじゃねぇ!!」


 だが、痛みで脇腹を押さえる俺を横目に、ギスタの対応は速かった。

 腰を低くした態勢からマクシムスに逆袈裟斬りで反撃を仕掛けたのだ。


「中々、鋭い斬り込みです。しかし……」


 マクシムスは右手をギスタに向けると、先ほどと同様に「ボンッ!!!」と何かが放たれる音がした。

 ギスタもそれを本能的に危険を察知したのか、攻撃を中断し、後方に飛びながら防御姿勢を取って対応せざるを得なかった。そして不可視の攻撃が直撃する。

 後方に飛んだことで威力を殺していたとはいえ、それでもその衝撃は凄まじく、吐血しながら激しくギスタは壁に叩き付けられていた。


「ちっ、何だってんだよ。この野郎の攻撃は……速すぎて見切れねぇ」


「いや、俺には奴の技の正体が分かった。あれは恐らく……。ノルン、ヴァイツ、お前達もちょっと来てくれ!」


 俺はヴァイツとノルンを呼び四人でギスタが叩きつけられた壁の付近で集まると、俺が出した答えを言った。


「あの攻撃の正体。気によって極限まで硬度を高めた奴自身の骨だ」


「ほ、骨ですって? ……あれが骨だと言うんですか、アラケア様。ただの骨があれほどの威力を」


「ああ、あいつもライゼルア家に伝わる気を操れるとは予想外だが、ギスタも使えるんだ。そう驚くほどのことではないだろう。そして……奴が着ているあのゆったりとした黒衣だが、攻撃の瞬間を相手に悟られなくすることに一役買っているようだな」


「なるほど、殺し屋だって話だもんね、あいつ。相手の意表をつくやり口は十八番って訳か。それでどうする? 僕らが一斉にかかれば、さすがに対応は出来なくなるんじゃないかな」


 俺は少し考えていたが、現実は考える暇など与えてはくれなかった。

 戦いの様子を伺っていた巨大な黒竜が、とうとう沈黙を破って動き始めたのだ。

 そしてマクシムスは黒竜に跨ると、攻撃の指示を出した。

 牙が剥き出しとなった黒竜の大きな口から火炎のブレスが吐き出される!


「ちっ、作戦を練る間もねぇな! このままじゃ丸焦げだ! 攻略の糸口は各自、戦いの中で見つけるとしようぜ!」


「ああ、仕方あるまい!」


 俺達は散開して炎のブレスを回避すると、四方から黒竜を取り囲み、次なる攻撃を警戒しつつ、反撃の機会を伺った。

 竜人族の中でも鱗が黒の竜は別格の強さを持つと言われている。

 マクシムスが誰に雇われたのかは分からないが、それ以上に疑問だったのは、なぜあの男が竜人族、それも黒竜を従えているのかと言うことだった。


「考えていても分からないことか。真相はこいつらを倒して口を割らせる以外にないが、生け捕りが難しい場合は生死は問わないと命令を受けている。死も覚悟をしておけ、マクシムス!」


 俺は猿の魔物ゴルグを倒した時と同様に、奥義による気を右腕のみに集中させると、ルーンアックスを振りかぶり、刃が青白い光に輝き出した。


「いくぞ!! 奥義『光速分断波・武頼閃』!!!」


 ……ごわあぁぁぁぁぁっっっっ!!!!

 青白い閃熱が黒竜目掛けて襲い掛かり、そして直撃した!


「ガアッ!! アアアアアァ!!!」


 さすがの黒竜も苦悶の声をあげて悶え苦しんでいる。

 だが、それを見てマクシムスはほくそ笑んでいるようだ。


「これは人が悪いですねえ、アラケアさん。これほどの大技をまだ隠し持っていたとは……。まともに食らえば、私など一撃であの世行きとなってしまうでしょう」


 そう言うとマクシムスは今度は黒竜に語り掛けた。


「さて、どうします、ラグウェルさん? まだ続けますか? 私としては依頼主である貴方に死なれるとただ働きになってしまいますからそれは避けたい所なのですがねえ」


 その言葉に俺は耳を疑った。依頼主?

 今、こいつはこの黒竜が依頼主だと言ったのか?

 そして得た情報を整理しようと考えを巡らせようとしたが……。


「ア、アラケア……許すまじ……アラケアァ!!!」


 苦しみ悶えていた黒竜が、言葉を発した。しかも俺の名を叫んでいたのだ。

 それに対しヴァイツ、ノルン、ギスタも驚きの表情を見せた。

 いや、その中でもギスタの驚きはより大きいものだったらしく、目をぱちくりさせ何かに勘づいたようだった。


「こ、この声……マジかよ。お前……まさか……」


 そして突然、黒竜が羽ばたいたかと思うと、マクシムスと急ぎ足で背に飛び乗った十数人の黒衣の者達を乗せて飛翔した。

 そして玉座の間の崩れた天井のステンドグラスがあった所から、あっという間に飛び去っていってしまった。

 後に残された俺達は、黒竜が去っていった天井をただ見上げるのみだった。


「……逃がしたか。だが、謎は深まるばかりだったな。何者だったのだ、あの黒竜は……。ギスタ、お前は何かを知っているのではないか?」


 俺の問いかけに、ギスタはしばらく考え込む仕草をしていたが、やがて答えた。


「ああ、あいつは……以前、俺にある依頼をしてきた男だ。竜人族だと言うこと以外、素性も名前すら知らなかったけどな。だが、あの声は間違いねぇ」


 そして一呼吸おいて、ギスタは答えた。


「あの黒竜はな……アラケア。俺に……あんたの暗殺を依頼してきた男だよ」


 その言葉を聞いた時、ヴァイツとノルンの表情は固まってしまった。

 そして俺もまた予想外の事実に驚きを隠しきれなかった。

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