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滅びゆく世界のキャタズノアール  作者: 北条トキタ
彼の地に、救世主あり
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第二話

「アラケア、朗報だ。カルギデの行方の情報が入ってきたよ!」


 俺の執務室の扉を勢いよく開けて入ってくるなり、ヴァイツはずかずかと俺の執務机まで歩み寄った。


「辺境のバロニア地方で見た者がいるんだって! しかも聞き出した村落の住人からの話からするとあいつ、災厄の霧の中へ立ち入ったきり、三日間も戻らないらしいよ!」


 かなり興奮している様子だが、何よりも優先させて調べさせていた情報だ。

 それがようやく飛び込んできたのだから、ようやく俺もカルギデ捕獲の仕事に乗り出せると、内心では期待感が高まっていた。


「そうか、ヨアヒムの息子、あいつの行方が……掴めたか。ご苦労だったな。これからまた忙しくなるぞ。支度をしろ、ヴァイツ」


「うん。この時のためにもう準備は済ませてある。いつだって向かえるよ。君だってそうでしょ?」


 俺はすくっと腰を起こすと、執務机に立てかけていた戦斧を持ち上げた。


「当然だ。霧の中とはいえあいつがそう簡単にくたばるとは思えんからな。行くぞ。さっそく出発だ」



 ◆◆



 バロニア地方、パノア村。手始めに目指すカルギデを目撃した住人がいるというそこはアールダン王国の辺境に位置する。

 人の生存領域ぎりぎりにあるその地の先には、あの災厄の霧が立ち込めている。

 ヨアヒムの息子、カルギデはその霧の中に立ち入ったというが、あの男は蛮勇の持ち主ではなく、まして自殺志願者などでもない。

 残忍だが、戦いに並々ならないセンスを持つ、閉じた右目の瞼に三つの傷がある長身の男。

 数えきれない武勇から鬼神などと呼ばれている。

 あいつが父親のヨアヒムから目的を引き継いだということは、何か狙いがあって霧の中に入ったに違いない。

 見つけ次第、その情報を引き出し、可能なら捕獲しなくてはならない。



「ようやく着いたか、辺境のバロニア地方。こんな所まで足を運ぶのは久しぶりだな」


 俺はヴァイツと僅かに連れてきた手勢とともに、山岳の中腹から眼下に広がる荒野と山林を見下ろす。

 その山林の奥には、世界の大部分を覆いつくす深い霧が広がっていた。


「世界の果てまで続く禍々しい霧。こんなものに世界の大半は覆われてしまっているとはな」


 この霧と霧に大きな影響を与えていると思われる、空に輝く凶星(キャタズノアール)の謎を解き明かすことが俺の一族が王から与えられた使命だ。

 先人達が苦心の末、霧の広がりを抑える術を生み出し、人類は何とか生き延びてこれている。

 今の所は……だが。


「感傷に浸るなんて君らしくないんじゃない?」


「この霧をどうにかするのが俺の使命だからな。思う所もあるさ。行くぞ、ヴァイツ。まずはカルギデを見たという近隣の村に向かう」



 ◆◆



 到着したパノア村の村長は俺達を出迎えると、深々と頭を下げた。


「ようこそおいで下さいました、アラケア様。ご入用のものがありましたら何なりとお申し付けくださいませ。ただ我が村はこの通り人口は少なく物資や食料の備蓄も十分ではありませんので……」


「構わない。物資はこちらで用意してきている。俺達が知りたいのはあの男の情報だけだ。この村に負担をかけるつもりはない。カルギデについて知っていることすべて教えて欲しい」


 俺がさっそく本題に入ると村長は恭しく語り始めたが、その顔は小さな農村には手に余る厄介ごとに巻き込まれた心労からか、どこか重苦しかった。


「はい、山林へ狩りに行っていた村の若者が武装した十数人の兵士と指揮官らしき男を見かけております。その後、その指揮官が送付されていた手配書に描かれた男に間違いないとその者は言っておりまして連絡させて頂いた次第です」


 だが、俺はその何気ない言葉に違和感を感じ取る。


「……妙だな。その若者は顔を識別できるほどの距離からカルギデを見かけたのか? だったら目撃者をあいつが生かして帰すとは思えんが。お前はどう思うヴァイツ?」


 ヴァイツは腕を組みながら、首を傾げうーんと難しい顔をすると、しばらく頭をぽりぽりとかいた後、口を開いた。


「……こそこそと逃げ回るつもりはない。ってことかな。君が嗅ぎ付けてくるのも見越しているのかもね。指名手配されてる罪人としてはちょっとまともじゃない思考だけど……彼、君に並々ならない対抗心を燃やしてたじゃない。あり得ないことはないでしょ」


「あいつがまだ正気を保っているとしたら、ずいぶんと執着されたものだな」


 俺の脳裏にあの男の顔が浮かんだが、確かに事あるごとにそういう面のある男だったのを思い出す。

 俺はやれやれといった調子で嘆息すると、村長の方に向き直った。


「村長、俺とヴァイツはこれからその山林から霧の中へと立ち入るが、もしあいつがこの村にやって来た時のために、他の部下をここに残しておく。万が一の際は部下の指示に従って欲しい。かなりの危険人物だ。決して近づこうとするなよ」


「恐縮です。で、ですが……たったお二人だけであの霧の中へ?」


 俺は戦斧を肩に担ぐと踵を返し、村の入り口を振り返る。


「最初からそのつもりだ。それが俺の仕事だからな」


 俺が石畳の上をかつかつ歩き出すと、ヴァイツもそれに続く。


「そういうこと。言っとくけどアラケアの黒い霧の脅威に対抗する力は三王国の中でも指折りだよ。じゃあ僕らは行くけど、くれぐれも用心だけはしておくんだよ」


「は、はい。どうかお気をつけて」


 俺達は不安そうな顔を見せる村長を尻目に村を出ると、怪物の口のようにこの世のあらゆる一切を飲み込んでしまいそうな、黒い霧が立ち込める山林へとゆっくりと足を進めていった。

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