第三十六話
「ところでヴァイツ。先ほどからも気になっていたが、その兵装はなんだ? どちらかと言うと、黒騎士隊の甲冑を着こむのすら煩わしいと言っていたお前らしくもない重装備だな」
ヴァイツはこれまでとは違い、手にした陽輪の棍以外に背中にビッグボウガンを背負い、甲冑の胸元には投げナイフも携帯させている。
他にも細かい装備類一式を身に着け、かなりの重装備と言える出で立ちだった。
「あ、やっと突っ込んでくれたんだ。何を隠そうこの鎧はオーダーメイドでね。僕のこれからの戦い方に合わせて、鍛冶屋に作ってもらったんだ。ふふっ、まあ、見ててよ。これが魔物と戦い抜くために考えた僕の答えだからね」
ヴァイツが笑みを浮かべ、得意げに語るその様子は自信があることを伺えた。
ならばその答えは、地響きを鳴らしながら徐々に距離を縮めつつある大鎧の魔物相手に如何なく発揮されるだろうと、俺は目の前の敵に向き直った。
オセ騎士団長も他に地上まで降り立った五人の聖騎士達も、それぞれ武器を構えて臨戦態勢をとっている。
「……頃合いだな」
俺達と奴らとの距離は後、数十メートルと言った所か。
だが、塀の大門を破壊してしまいかねないあのデカブツ達をこれ以上、背後の大門に近づかせる訳にはいかない。
そう意を決した俺は一番乗りで駆けだしたが、それと同じくして、その場にいた全員が俺に続き、大鎧の魔物へ向かっていった。
「まずは奴らの装甲がどれほどのものか確認せねばなるまい! はあぁっ!!」
俺は奴らの1体をターゲットに絞り、大地を蹴って跳躍すると、一瞬で大鎧の魔物の肩口の位置まで飛び上がり、手にしたルーンアックスでその肩を目掛けて渾身の力で叩きつけた。
ガァアアアァン!! まるで金属に叩きつけたかのような感触だったが、しかし手応えはあった。
斧の刃は肩に深く食い込み、血飛沫が噴き出すと更に妖精鉱で作られたこの斧はその効力を発揮し、白く燃え上がらせた。
だが、それでも大鎧の魔物の進行は止まらず尚も進み続ける。
「図体がデカいだけあって多少の傷では怯みもしないか。ならば手加減はなしだ。奥義で以ってお前を破壊させてもらうぞ」
大鎧の肩に降り立った俺は、精神を集中させるために一瞬、体を脱力させると、アルフレド殿との模擬戦で完成を見た『光速分断波・鳳凰烈覇』を発動させた。
俺の体が熱を帯びて全身から蒸気が立ち昇ると、俺は大鎧の頭横に目掛けて渾身の裏拳を叩きつけた。
ゴギャアァァンッッ!!! 首が捻り折れて、大鎧の体が大地へと倒れていく。
「ふんっ!!!」
そして俺は大鎧の魔物達の体の上を次々と飛び移ると、その大鎧に目掛けて拳や蹴り、そしてルーンアックスによる攻撃を繰り出して頭を、腕を、足を容赦なく破壊していった。
一体、また一体と地に伏していき、進行を止めてゆく。
「ぶわっはっはっは! 戦神の如しじゃな。これではどっちが魔物だか分からんわい。これはワシらも負けてはおれんな」
「さっすが、アラケアだね。相変わらず……いや、いつにも増して凄いや。でも、君に頼ってるばかりじゃ駄目なんだ。僕も特訓の成果を見せる時だね」
ヴァイツは背負ったビッグボウガンを取り出すと、大鎧目掛けて矢を放った。
対魔物用に開発されたそれは厚い鉄板すらも易々と突き貫くが、ヴァイツが狙ったのは、それも魔物の急所である経穴であった。
黒騎士となった者は皆、最初は座学を受けさせられる。
ライゼルア家がこれまで調査してきた魔物の肉体の弱い部分などを徹底的に教わっており、黒騎士達はその知識を以って魔物相手に有利に戦いを運ぶのである。
もっとも魔物にはいくつもの種類があり、それぞれ経穴も違うため瞬時に相手の経穴を見抜くには、数多くの戦闘経験が必要になってくるが、黒騎士隊長として数多くの魔物と戦い抜いてきたヴァイツは、そういったことに長けていた。
「よし、やった」
ヴァイツによって足の経穴を正確に射貫かれた大鎧の魔物は大きくバランスを崩すと、大地に膝をついた。
「好機!!」
ヴァイツはそう言い放つと、体勢を崩した大鎧の魔物に向かって駆けだし、その体を伝って肩口にまで飛び上がった。
そして……大鎧の顔面に右手の平を接触させ、ぼうっと右手が燃え上がったかと思うと……次の瞬間! 爆発を起こした!
ドグォオオオァァァァァアン!!
大鎧の魔物は顔面に大きな爆傷を負って仰け反り、そして崩れ落ちた。
その倒れゆく大鎧からヴァイツは地面へと飛び降りると、華麗に着地するが、俺に向けて微笑みながら、親指をぐっと立てるジェスチャーをとった。
見ると爆発の影響か、右手の籠手がなくなっている。
恐らく籠手に火薬か何かを何かを仕込んでいたということだろう。
「あいつ……なるほどな。状況によって武器の使い分け、それがあいつの出した答えという訳か。元々、器用なあいつに合った戦術かもしれんな。ふっ、頼もしくなってきたじゃないか、ヴァイツ」
ならば俺も負けられまいと奥義によって煉獄の火炎鳥を内包している肉体から繰り出されるその圧倒的な攻撃力で、残った大鎧の魔物達を撃破していき十数分もしない内に、すべての大鎧の魔物は破壊され、大地に横たわっていた。
その一部始終を見ていた塀の上の兵士達から、大きく歓声が上がったのが聞こえてくる。
どうやら俺達の戦いが功を奏し、兵士達に活力が戻ったようだ。
「……終わったか。残ったのは群れた三下の魔物どものみ。一先ずは勝利したと言えるだろう。狙い通り兵の士気も回復したようだしな」
俺達は塀の大門前に集まり、魔物の軍勢を睨みつけていた。
奴らはそれ以上、近づくことはせずに距離をとってこちらを伺っている。
「どうする、アラケア。掃討戦をするかい?」
「いや、深追いは禁物だろう。奴らの数は無尽蔵だ。どれだけ倒した所でこちらが消耗してしまうだけだ。ここは俺達も一旦、王都内に戻り籠城を再開した方がいいだろう」
「うむ、皆既日食が終わりを迎えるまでには、まだ二十五日もあるんじゃからな。まだまだ果てしなく先じゃが、今の所はワシらは生き延びておる。この先も奴らに負けてやらんためにも、ワシらの体力も回復させておかねばな」
こうして全員の意見の一致を見た俺達は魔物の動きを警戒しながら、開けた塀の大門を潜り王都内に戻って、再び大門を閉じた。
だが、この一戦がまだ魔物の軍勢達との戦いの前奏曲でしかないことが分からないほど、俺達の誰もが愚かではなかった。
記録によれば後半に差し掛かるほど、攻撃の手は激しくなると記されている。
後、二十五日……果たして持ち堪えられるのか……口には出さずとも、この場にいる誰もが一様に不安に思っていたのである。