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滅びゆく世界のキャタズノアール  作者: 北条トキタ
迫る、災厄の時
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第三十話

 俺は王都を出ると、幼少期から少年期までを修業の場として使っていた場所で、かつて海の向こうに存在していた敵国や海賊達の襲撃に対抗するために建設されたと言う、古代の砦跡へと足を運ばせていた。

 その敵国も今や黒い霧に飲まれて滅び、海賊ら無法者達も魔物ゴルグを恐れていなくなってしまったため、現在ではもうそこは使われておらず無人の廃墟と化してしまっている。

 今、俺がそこへと足を運ぶのは目的があるためだ。

 ノルンやヴァイツには見せなかったが、びっくり箱の中にはもう1つシャリムが俺宛てに残していった手紙があったのだ。


 ――君のお父上を殺した犯人に興味はないかい?


 父は何者かに殺された。それもその殺害現場から察するにどう見ても正面から一撃で葬られていた。

 父は強かった。少年期の俺では逆立ちしても勝ち目がなかったほどに。

 その父を真っ向から殺した者に、怒りと共にどうしても恐れを抱かざるを得なかった。

 俺がひたすら訓練に励み、実戦で戦闘経験を重ねていったのもいつかその相手に対峙した時、そいつを討ち取って父の仇を討つためだった。

 いや、復讐心よりも、むしろそこまでの強さを持つ犯人とは何者だったのか、興味と好奇心の方が勝っていた気がする。

 その答えを知る者が俺が向かう先にいるかもしれない。

 否が応でも、進む足が速くなる。

 降りしきる雨が体温を奪っていくが、そんなことにはお構いなく俺の体内を循環する気の流れは、むしろいつになく高まっていた。

 そして気が特にベストコンディションと言える状態にまで達した時、ようやく俺はシャリムが待つと言っていた古代の砦跡へと辿り着いたのだった。


「シャリム、どこにいる!? 来てやったぞ、約束通り姿を現せ!」


 俺は息を大きく吸い込むと、廃砦を前に大きく奴の名を叫び、何らかの反応があるのを待った。

 もし手紙に書かれていた通り、ここにいるならどこかから俺を確認している可能性が高い。

 だが、しばらくは何の反応もなかったが、しばしして妙にテンション高めな声が砦の上の方から聞こえてきた。


「やあ、やって来てくれたんだねぇ。きっと来てくれると信じていたよ、アラケア君。精一杯のお持て成しで歓迎するよ」


 見上げると塁壁から身を乗り出して、こちらに顔を出している男がいる。

 それは国境砦で一度、顔を合わせていたギア王国の宰相シャリム本人で間違いはなかった。


「……シャリム。用件は分かっているな。話せ、俺の父を殺した者のことを」


 俺が睨みつけると、シャリムはやれやれと肩を竦めた後、塁壁を乗り越えてここへと飛び降りた。

 華麗に着地したシャリムはすたすたと俺の前まで歩いてくると、大げさにお辞儀をして顔を上げた。


「や、君とは国境砦で魔物ゴルグ相手に共闘して以来だねぇ。デルドラン王国の方で僕の部下達も世話になってたようだけどうんうん、あの二人を退けるなんてさすがアラケア君だ。あれから今まで元気してたかい?」


 その言葉を遮るように、そしていつになく殺気を飛ばしながら俺は、手にしたルーンアックスを目の前のシャリムに突き付けた。


「前置きはいい。さっさと答えろ。知っているんだろう、父を殺した者を」


「せっかちだねぇ。ま、いいか。教えてあげるよ。君のお父上を殺した男の名はグロウス。そして僕の本名でもあるんだ。知らなかった? シャリムって言うのが偽名だってさ」


 俺がシャリム……いや、グロウスを見る目が険しくなっていくのを実感していた。

 今、こいつが語ったことが真実なら、目の前のこの男こそが、父を殺した犯人だということになる。

 自ら自白するとは一触即発の状態になることを、この男も望んでいるということか?


「さて、信じられないかい? 僕ごときにあの強かった君のお父上を殺せるはずがないと。いいよ、じゃあ試してみればいい。そうそう、この左腕だけど付け替えたばかりだからまだ調子が良くないんだ。けど君相手には丁度良いハンデになるかなぁ。さあ、どうぞ。先制攻撃をしてもいいよ」


 俺は敵を侮ったことなど一度もない。それは戦場では死に繋がるからだ。

 だが、この男の自信の源はどこにあるのか俺には分からなかった。

 こいつに戦闘経験がないことは以前、国境砦で会った時に実感として伝わってきていたからだ。

 だから今、その落差が俺に戸惑いを与えていた。

 しかし俺は頭を振って迷いを追い払うと、ルーンアックスを真っ直ぐに構え、グロウスとの間合いを僅かながら詰めて行った。


「いくぞ……グロウス」


 そして俺は一撃で勝負を決めるべくルーンアックスに気を込めると……ぶわっ!! 一瞬で砂埃を舞い上げ、間合いを詰めると、物凄い音ともに巨大な斧をグロウス目掛けて振り下ろした。

 しかし……次の瞬間っ! 飛び込んできた光景に俺は目を疑った。

 何と奴は……。


 ――俺の渾身のルーンアックスを、指二本で挟んで受け止めていたのだ。


「な、なんだとっ!?」


 しかもルーンアックスが、奴の挟まれた指先からピクリとも動かない。

 俺の全霊の力を込めてさえも。


「じゃあ今度はこっちの番かな。特別に君の技に似せてあげよう。耐えきれるかな?」


 グロウスの影が動き出し、大きく広がると()()()()()()()へとなっていく。

 それを見た俺は、驚愕で思わず目を大きく見開いていた。

 この技は俺の……そう言えばこの技は、国境砦でこいつに見られていた。


「そう、これはご存じ君の奥義『覇王影』だ。さあ、僕からのプレゼントだ。受け取ってくれると嬉しい」


 そして身動きの取れない俺の体を、その巨大な影の手が包み込み……俺を潰すべく力が込められていった。


「ぐがぁああああ……あああああああああっ!!!」


 自らの技を喰らい俺の体がグチャグチャと嫌な音を立てて握り潰されていった。

 影の隙間から大量の血が流れ出す。

 だが、俺は抵抗することはおろか、身動きすら取れなかった。


「があああああっ!! 負けると言うのか……俺が……よりによって父の仇を相手に。仇に相対した時、負けない強さを得るべく修練を積んできた……なのに……」


 口から血反吐を吐きながら、己の非力さを恨んだ。

 今まで数えきれないほどの魔物ゴルグを倒してきた。

 人間の強者との戦いにも打ち勝ってきた。

 だからいつしか俺は、心のどこかで自分を強いと慢心していたのだ。

 それがこの結果を招いたのだ。

 この状況を作り出した他でもない、自分自身に俺は今、もっとも怒りを抱いていた。

 上には上がいるという、父の教えを忘れてしまっていた自分に。


 グシャ……グチャ……メキャ……巨大な影により強い力が込められていき、俺の手足を内蔵を潰していった。


(ヴァイツ……ノルン……父上、母上……ガイラン陛下……オセ騎士団長……すま、ない……俺はここで死ぬのだろう……力になれなかった俺を…………どうか、許して、くれ)


 俺は最後に、皆の姿を思い浮かべていた。

 そして……俺の意識は消え、辛うじて人の形を保っている血塗れの体が巨大な影から吐き出されると、それは地面に転がった。

 それを見つめるグロウスは恐ろしく冷たい目で一瞥すると、興味をなくしたかのように後ろを振り返った。


「つまらなかったねぇ、君も。良い競争相手が見つかったと思ったんだけどなぁ。アレを最初に殺すのは……やっぱり僕が頑張るしかないか」


 それだけ言い残すと、グロウスの姿はあっという間に掻き消えてしまった。

 後には血だまりで横たわる人の形をしたものが、残されているだけだった。

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