第二十三話
「さて、ここまで来てお互い待ちたくはないでしょう。では、さっそく始めますか? 貴方と私の技量のどちらが上回るのか、決めるのに相応しいこの最高の舞台でね、アラケア殿」
カルギデは背に背負った鬼刃タツムネを手にすると、刃の切っ先をこちらに向けて笑みを浮かべた。
「いいだろう、望む所だ、カルギデ。俺もお前を殺すつもりでここまで来た。俺達の決着は勝ちか負けではない。どちかの死だ。いくぞ、カルギデ。ここでお前を殺して俺は王国に戻る!!」
動いたのはまたも同時だった。
互いに突進し、奴は鬼刃タツムネを、俺はルーンアックスを繰り出し、それが激突し、周囲に衝撃が走った。
「おや、また腕を上げましたか? しかし私はそれもまた嬉しい! 互いに技をぶつけ合うこの胸の高鳴り、この高揚感! これを味わいたくて私は戦場に身を置いているのですから!」
「そうか、それがお前の戦う動機か? ならば戦場で散るのも本望だろう。俺がここでお前に引導を渡してやる。お前を殺すことに躊躇はない!」
ギィン! ガァン! ガアアァァン!!
俺達は床、壁を縦横無尽に駆け回りながら、刃を幾度も斬り結びあい、その度に衝撃が周囲を襲い、火花が散らされた。
互いに一歩も譲らず、攻防は互角のように見えた。
だが、俺は今、確かにライゼルア家の奥義である『無拍子』を発動させながら戦っている。
にも関わらず奴は、俺の動きに難なくついて来ている。以前よりもスピードが明らかに増しているということか。
いや……。そう考えた瞬間……!
ガッッ!!
奴の拳が俺の腹部に叩き込まれ、めり込んだ。
俺は堪らず吐血したが、そこへ間髪入れず、カルギデは更に俺に蹴りを入れると、俺は蹴り飛ばされた勢いで壁に叩きつけられた。
その凄まじい衝撃に壁はがらがらと崩れ落ち、俺は全身の骨が軋みを上げた感覚を覚えた。
「な、何だと……ぐっ……は、速い……」
「おや、私ごときの攻撃を見切れず、見事に直撃を喰らってしまうとは本家の当主ともあろうものが、どうされたのです? まさかと思いますが、これで終わりにならないことを願いますよ、当主殿!」
カルギデは鬼刃タツムネを振りかざすと、俺へと振り下ろした。
俺は横へと飛び退いて辛うじて回避するものの、奴の斬撃が床に叩きつけられ、その衝撃で周囲が……いや、地下監獄自体がズズゥゥゥゥン! と大きく揺れ動いた。
「……明らかに以前より大幅に力もスピードも増している。どうしてか知らんが、今のお前はあの時よりも化け物じみた身体能力を獲得しているようだな、カルギデ」
俺は全身から気を放ち、ゆっくりと立ち上がった。
劣勢でありながら、その立ち上る気の大きさは微塵も衰えてはおらず、むしろ鋭さを増しているのを俺自身、感じとっていた。
「そう、それでいいのです。一方的にぼろ負けする腑抜けを倒したとしても私の武勇と刃が汚されるだけ。さあ、始めましょうか、私達の戦いの続きを!」
「……ああ!」
再び俺とカルギデが武器を繰り出し、刃と刃が交差し、火花を散らす。
その戦いを横目で見ながら、エリクシアは視線を移し、今度はガタガタと震えるギスタとセッツ、そしてヴァイツとノルンを見た。
「……お前達の中で最も強いライゼルア家の彼はカルギデが引き受けている。だから……私の相手は残りの全員ということね。来なさい、遊んであげるわ」
その言葉は感情をまったく感じさせない。まるで無機物か何かのようだった。
そしてその目はこれから獲物を狩ろうとする、肉食昆虫のように見えた。
「ギスタ、やっぱりあいつは相当、強いと思っていいんだよね? 僕らで勝機はあると思うかい?」
ヴァイツが臨戦態勢を取りながら、ギスタに話しかける。
「くっ、強いなんてもんじゃねぇ。けど勝機が低くてもやるしかねぇよ。だが、一人じゃ絶対に敵わねぇ。だから、全員がかりだ。でなきゃ一人一人、順番に殺されて死を待つだけだからな」
ギスタが震えて竦む体を奮い立たせながら、曲刀を手にして目の前のエリクシアを精一杯、睨みつけた。
「アラケア様がカルギデと死闘を演じておられる今、私達がこの女相手に足手まといになる訳にはいかないということね。ヴァイツ兄、ギスタ、少しは頼りにしてるわよ」
「ああ、僕もね、ノルン」
ヴァイツとノルンは、じりじりとエルクシアとの間合いを詰めていき、攻撃のタイミングを計っていたが……。
ジャ…ッ!
だが……先に動いたのはギスタだった。
ギスタの高速の移動術により瞬時に姿が消えたかと思うと、エリクシアの背後をとっていた。
「今だ! 一斉に同時攻撃だぜ!!」
その声に合わせて、ギスタの意を汲んだヴァイツとノルンが一斉に飛び掛かった。
「『破壊衝』!!」
「『高速三段突き』!!」
「お、俺だって! いきますぜ! 兄貴ぃ!」
更にセッツが腰に巻いていた、先端に分銅と鎖鎌が取り付けられた縄を投げつけ、エリクシアの体を絡めとろうとする。
四方向からの一斉同時攻撃だった。しかしエリクシアは動く様子も見せない。
一体、何を考えている? そう思った時……!
――その場にいた誰もが見えなかった。
ギスタがあっという間に顔面を手で鷲掴みにされ、そのまま突進して壁に叩きつけられると、エリクシアはそのまま間断なく、何度も頭を壁に叩き付け、至近距離からの鉄拳を、正確にギスタの急所目掛けて叩き込んだ。
「がっ……ぐはあぁっ!!」
「……鈍い、まるで亀ね。だけど顔面血だらけで……男前が上がったじゃない。……あの時から私達は何も変わっていない。多少……腕を上げたとしても私もあれから強くなっている。距離は……縮まってなどいないということね」
「く、くそぉっ!!!」
血だらけで吠えるギスタを、エリクシアは執拗に拳で何度も打ち付けている。
その度にギスタは口から吐血して、血が飛び散った。
「や、やめろーーー!!! お前、兄貴になんてことするんだよ!!」
セッツは血相を変えて駆け寄ろうとするが、眼中にないかのようになおもギスタを殴り続けるエリクシアを背後から肩を掴んで、こちらを振り向かせようとした。しかし……。
「え? び、びくともしねぇ……な、何なんだよ、この女! こんな華奢な体のどこにこんな力があるんだ! く、くそう! 兄貴を放せぇ!!」
「……邪魔よ」
エリクシアは振り向きざまに手刀を放ち、セッツの首が斬り裂かれた。
辺りが……血に染まった。
「セ……セッ……ツッ!! く、ちくしょ……よ、よくも」
ギスタが歯ぎしりした音が聞こえた。
……セッツの体はがくりと力を失い、ゆっくりと血だまりの床へと崩れ落ちていった。
すでに息はなかった。
「……つまらないわ。カルギデが羨ましい。あれほどの使い手と戯れることが出来て。その他のおまけ達じゃ……遊び相手にもならない」
「て、てめぇ……許さねぇ。よくも弟分を殺りやがったな。お前だけは、この俺が、必ず!!」
ギスタは背後からセッツを見下ろすエリクシアの腕を掴むと、そしてぎりぎりと強い力で腕を締めつけた。
それが予想していた以上に強い力だったためか、エリクシアは顔を後ろに向けて、ギスタの方を見た。
「へえ……お前にこんな力が。……極限状態でいつもより高い能力を発揮しているのかしらね。まあ、だからと言って……力の差が縮まる訳でもないのだけれど」
エリクシアはギスタの腕をあっさりと振りほどくと、ギスタの顎を掴んで冷ややかな笑みを浮かべた。しかしその時っ……!
ずがっ!!
その刹那、ギスタがエリクシアに頭突きを食らわせていた。
その衝撃でエリクシアは後退し、ギスタが吠える。
「俺に触ってんじゃねぇ! お前なんざ好みじゃねぇんだよ!! この冷血女がっ!!」
「……頭突きとは野蛮ね。暗殺者としての矜持を捨ててでも形振り構ってはいられない心境ということかしら。ま、鼠にしては……頑張ったわね。いいわ。相手をしてあげる」
ギスタは飛び退いて、エリクシアと距離を取る。
そして二人は向かい合って対峙した。
更にヴァイツとノルンも、エリクシアの左右から攻撃の機を伺う形となった。
「どこを見ているのです、当主殿! 余所見をしている余裕などないはずですが!?」
カルギデの人差し指が俺を指さし、俺をすうっと横切った。
その鋭い気配を察した俺は背後に飛び退こうとしたが、一呼吸、間に合わず胸板に赤い線が走り、血が噴出した。
「ちっ、気を飛ばして攻撃してくるとは……ますます練り上げられているようだな。今のお前からは溢れんばかりの力を感じる。力も速さも俺以上のようだな……」
「だったらどうします!? 貴方は私の目標であり憧れでした。陛下に信頼され期待を受けている貴方を見てずっと私もそうなりたかった! しかし私は所詮、分家! 並ぶことなど出来ない!」
ガギィイイイン!!!!
互いの武器が衝突し、激しくぶつかり合う。
「だから俺と戦うために俺を超えるために国を裏切ったのか、カルギデ!」
「皆既日食の時を耐え凌げば、ギア王国の国王は私に爵位をくれると約束してくださった! 仕えるべき主君と戦うべき目標があってこそ武人! 私はギア王国で凶星と黒い霧を生み出す災厄の根源を絶ち、この世界に悠久の平和を取り戻してみせるのです!」
「それはご立派だな、カルギデ! だが、いくら理想を掲げようと手段を間違えていたのでは俺はお前を抹殺するしかない! 俺の屋敷の使用人達を殺した罪、お前の命で贖ってもらうぞ!」
ガギィンッ!
刃が打ち合わされ、激しい力の反動によって両者が弾かれる。
しかしそんなことには一向に構う様子を見せずに、俺達はその度にそのまま相手向かって再び突っ込む。
「はははははっ、楽しい!! 私は楽しくて仕方がない!!」
「言ってろ、カルギデ!!」
だが、力でも速さでも負ける俺は終始、圧されていた。
確かに今のカルギデの実力は俺を上回る。力も速さも耐久力でも。
しかし……ガイラン陛下ほどではない。ならば……。
俺はカルギデから距離を取ると、奥義中の奥義である、陛下との戦いで初披露したあの技を発動させた。
ルーンアックスが燃え上がり、炎を模した闘気は俺の全身にまで燃え広がり、あの時と同様に背後に煉獄の火炎鳥を浮かび上がらせた。
「奥義『光速分断波・鳳凰烈覇』だ。……こいつでお前を消す」
「ほう、それが貴方の切り札と言う訳ですか。ではこちらもそれに相応しい奥義で迎え撃つとしましょう」
鬼刃タツムネに地脈から吸い取った気が収束されていく。
それはクシリアナ家に伝わる気を操る技の奥義『グラウンドデス』の構えに似通っていたが、何かが違っていた。
「憧れ続けてきた本家当主の貴方をこの私が殺る。
……待ち焦がれてきた時が今日だ」
「いくぞ、カルギデ。ここで決着をつける!」
「いいでしょう。では推して参る!!」
戦いも佳境に入り、両者の闘気と殺気が地下監獄全体を揺らし始めた。




