第十七話
俺達は陛下より下賜された馬車に乗り込み、デルドラン王国へと続く行路を走らせた。
その馬車の中……。
「……後一か月か。今度、皆既日食が始まったら……ねえ、アラケア。僕らは生き延びることは出来るだろうか?」
ヴァイツはいつになく神妙な面持ちで、俺に語り掛ける。
ノルンも顔を伏せ、じっとその言葉を聞いている。
やはり二人ともまもなく訪れる、その時への不安は抑えきれないのだろうか。
「そうだな、王都以外の物的被害がどれだけ甚大になろうとも陛下は全国民の命と王都を守りきるおつもりだ。実際、そうしなくては押し寄せてくる、数多の魔物達の襲撃を凌げないだろう。王都には陛下直属の聖騎士隊とオセ騎士団長の一般騎士団が集結して、防衛に当たることになるが、聖騎士隊には聖騎士が十人、そして聖騎士一人につき、百人の白騎士達が従属している。この白騎士というのはお前達、黒騎士と同程度の精鋭だと思っていい。魔物の中でも指揮官クラスを相手にするには、最低でも彼らでないと務まらない。三下の魔物は総兵数三万の一般騎士団に、何とか頑張って貰わなければならないだろうな。でなければ、そもそもこちらは敵の数に比べて兵数が足りないからだ」
「アラケア様は怖くはないのですか? 私は……皆既日食の期間を話でしか聞いたことありません。これまでアールダン王国は周到に準備をして何とか凌いでこれていますが、敗北し、黒い霧に飲まれてしまった王国もあります。かつては世界に七つの王国があったにも関わらず、今は三つを残すのみです。今回も絶対に勝てるという保証はないんですよね……。だから私は本音を言うと……不安で仕方ありません」
「気休めは言わん。俺も初めてのことで、話でしか聞いたことのない戦いだ。しかし負けてやる訳にはいかんだろう。何しろ相手は人間とは違い、意思の疎通の出来ない魔物どもだ。敗北は王国の滅亡を意味する。国民すべてが皆殺しにされることになるんだ。だから俺達は戦う力を持つ者として、この不条理な摂理に精一杯抗ってやるしかない。……だが、本音を言えばだ。安心しろ、ノルン。内心は不安なのは俺も同じだ」
俺も胸中を明かした。実際、事実だった。
俺の代でライゼルア家の使命を果たせるか、俺も重圧に伸し掛かられていたのだ。
「すみません、アラケア様。不安なのは誰もが同じなのですよね。なのに仕える主の前だと言うのに、弱音を吐いてしまいました。二度と口にはしません」
「まあ、ただでさえ相手は無尽蔵とも言える魔物の軍勢なんだし、僕らはどうにかそれまでの一か月の間に、カルギデを討伐して王都に戻って、その戦いに参戦するしかないね」
そう、カルギデはこの時期をあえて狙ってのことなのか、何かの思惑があって動いている。
シャリムか別の協力者か分からんが、それを突き止めてから……。
今度は捕縛するという選択肢はない。確実に死んでもらう。
ライゼルア家を馬鹿にした者に、相応の報いは与えてやらねばなるまい。
「ああ、もうしばらくすれば、黒い霧が見えてくる。このサイズの妖精鉱があれば、魔物もそうそう近寄ろうとはしないだろうが、戦いになることもあるかもしれん。今の内に休めるだけ休んでおくぞ」
馬車は一路、デルドラン王国へと向かっていたが、まるでこれから起きる戦いを予感しているかのように、俺達は言葉をほとんど交わすことはなかった。
◆◆
そして馬車に揺られること十数時間、俺達の行く手にあの黒い霧が見えてきた。
だが、そこで俺は馬車を一旦、止めるとヴァイツとノルンに話しかけた。
「さて、心の準備はいいな。これから魔物どもの領域に立ち入る。入った後は誰かの助けを期待することも出来ない。頼れるのは自分と、ここにいる俺達だけと覚悟しておけ。いいな?」
ヴァイツとノルンはこくりと無言で頷き、二人の意思が固まったのを確認すると俺は再び馬車を走らせた。
日はすでに暮れている。
月の光が差す、月夜の世界から一転して、本当の漆黒の黒い世界へと反転する。
いよいよ黒い霧へと突入したのだ。行く手を妖精鉱の光のみが、照らす。
もう後戻りは出来ない。このままデルドラン王国へと突き進むのみだ。
俺は馬車を駆りながら、陛下より下賜された頼みの綱であるルーンアックスをそっと側に寄せ、想定される戦闘への備えと覚悟を整えた。
……だが、俺達は馬車を駆って黒い霧へと入っていくその様子を、小高い丘から眺めている男がいたことをその時、気付けなかった。
なぜなら、その気配は完全に消えているからだ。そこに誰もいないかのように。
そして……「男」はゆっくりと、馬車が向かって行った方向に走り出した。




