第十六話
「凄いわ、もう瘡蓋が剥がれてきてる……」
医者が言うには最低でも一週間、それでも完治するまでの療養期間としては短すぎると言っていたほどだったにも関わらず、アラケア様は僅か三日で陛下から受けた負傷を完治してみせたのだ。
「俺達のような戦いに生きる人間は、体が資本だからな。特にライゼルア家の当主ともなれば、武芸に秀でているのは当たり前。その上で最も求められるのは、スタミナだ。いかなる時でも立ち上がり、敵と戦えなければこの仕事は務まらんからな。だからこそ、本家の中からそうした人間が選ばれて当主になるんだ」
「……さすがはアラケア様、並外れた生命力なのですね。ですけど、これなら今日にでも出立出来ます。陛下に伺いに行きますか?」
「ああ、時間は待ってはくれないからな。謁見に向かうとするか」
私は兄にも声をかけ、謁見に向かうことを告げると、アラケア様達と共に陛下が待つ謁見の間へと向かった。
「ほう、もう快復したのか、アラケア。やはりお前は規格外の体の持ち主なのだな。だからこそ私はお前は王国を守る盾であり、頼もしい友だと思っている。それで今日は出立の挨拶に来たのだな?」
「はっ、陛下ほどではありませんが、体の頑強さにはそれなりに自信があります。そして仰る通り、今日はデルドラン王国に向かうため陛下にお別れの挨拶をしに参りました。正午にでも王都を発ちたいと考えています」
「……そうか。予想より早い別れになったが、旅立つお前達に約束の物を送ろう。お前達の旅路の役に立てたなら幸いだ。受け取るといい」
陛下はニヤリと笑って兵士達に指示を出すと、しばらくして私達の前に三つの箱が運ばれてきた。
「開けてみるといい。いずれも名工ダールの作、妖精鉱を削りだして作られた魔物に絶大に効果を発揮する逸品だぞ」
開けてみると柄の部分に数々の神聖文字が刻まれ、槍頭が白い槍が出てきた。
――光臨の槍。と、札に名称が書かれている。
持ってみると、確かに手に吸い付き、握った感触はかなり良い。
相当な業物だということが伝わってきた。
隣を見ると、アラケア様と兄も陛下から下賜された武器を確認している。
「……ルーンアックスという斧か。さすが名工ダールの作だけあって手にすぐ馴染んでくる。黒い霧を進む際に役立ってくれそうだ」
「へえ、僕のは陽輪の棍って言うらしいよ。太陽の姿をあしらった棍か。魔物相手に絶大な効果を発揮してくれそうだね」
二人とも満足げな様子だ。私も興味はないと言っていたが、この先、何が待ち受けているか分からないデルドラン王国への道中、心強いお供が出来たようで頼もしさを感じていた。
「はっはっは、お気に召してくれたようで、私も満足だ。それに加えて、城の表に馬車を用意してある。黒い霧内を進むことを訓練された馬と、大サイズの妖精鉱を設置してある特製の馬車だ。あれがあれば魔物との戦闘を、極力避けて進めるだろう。遠慮なく受け取ってくれ。これが私が友の無事の帰還を願って出来る、精一杯の贈り物だ」
「ありがとうございます。必ずや陛下のご期待に沿い、カルギデを討ち果たして、再びアールダン王国の土を踏んでみせます」
アラケア様は深く頭を下げた。
だが、そこで陛下の表情は笑顔から一転して、険しいものに切り替わった。
「だが、猶予があることは忘れてはいないな? 今より一か月後から一か月の間に皆既日食の時が迫っている。私もそれまでに全国民を王都に招集し、保護せねばならん。災厄の周期でもっとも厳しい期間だ。お前の助けなしでは乗り切るのは容易ではないだろう。忘れるな、一か月で王都に戻るのだ」
「はっ、心得ております」
「その言葉、信用するぞ。では行ってこい、アラケア。カルギデを倒して、再び私の前に戻る時を心待ちにしている」
「はっ」
私達は陛下に敬礼すると、謁見の間を後にしたが、私は陛下が最後に仰ったお言葉を、何度も反芻していた。
……なぜなら、その意味を嫌という程、理解していたからである。
そう、一か月後なのだ。そこからが本当の恐怖が始まる。
アールダン王国も、そして不倶戴天のギア王国も例外ではない。
人類が……魔物の襲来から生き延びることが出来るかどうかが……まもなく到来する、その時が分岐点となるのである……。




