第十五話
ガルナス城中庭では城内の一部の壁が崩れ、城の兵士達が修復作業に追われていた。
アラケア様と陛下が強力な奥義を何度も放ったため、中庭は見るも無残に荒れ放題になってしまったのだ。
「何で私達まで……掃除なんて私達、騎士の仕事じゃないのに」
私は両手にぞれぞれ箒と塵取りを持ちながら、愚痴をこぼす。
「仕方ないだろ、ノルン。陛下の申しつけなんだから。文句言わずに手を動かしてさっさと片付けてしまおう」
同じく箒と塵取りを持って清掃作業をしながら、兄が横から口を出す。
しかし私の不満は収まらなかった。
「……こんなことしてる暇があるなら、アラケア様の看病に向かいたいわね。せっかく陛下に出国を認められたのに、一週間は安静にしてなきゃって、アラケア様もきっと歯痒い気持ちでおられるに違いないわ」
「ほら、そんなこと言わない。それに陛下が旅立つ僕ら用に武器を新調してくれるってさ。それも並みの武器じゃない。希代の名工ダールの作なんだよ。戦いに生きる者なら喉から手が出るほど欲しがってもおかしくない逸品だ。だから陛下に感謝しようよ」
「興味ない……。武器なら手に馴染んだものの方がいいわ」
私はそっけなく答える。出国を認めるためとはいえアラケア様をあれだけ痛めつけた陛下にあまり良い感情を持てなかったのだ。
不敬ではあると思うが、自分に嘘はつけない。
その私の内心を察したのか、兄はやれやれと言った調子で返事を返す。
「しょうがないな。じゃあ掃除は僕がやっとくからお前は医務室に行ってきなよ。でも、すぐに戻ってくるんだぞ。掃除とはいえ、サボるのは命令違反になるんだからな」
その申し出に私は目を輝かせて、掃除道具を兄に押し付けると
「恩に着るわ、ヴァイツ兄。たまには良いこと言うのね。じゃあ後はよろしく頼むわね」
そう言うと、私はすでに駆け出していた。
「えっ? ちょっとだぞ!? いいか、少しだけだからな!? 必ず戻って来いよ!」
走り去っていく私の背後で喚きながら、兄は私の後姿を見送った。
しかし私が中庭の清掃に戻ることはなかった。
その日は遅くまで、アラケア様の看病に費やしてしまったからだ。
◆◆
目が覚めた時には朝が来ていた。
辺りを確認すると、私がいるのはアラケア様に充てがわれた病室だった。
どうやら私は看病をしていたまま、いつの間にか寝てしまっていたらしい。
しかし部屋内にはアラケア様の姿はなく、どこかに出かけられたのだろうかと疑問に思い、私は病室を飛び出すと、アラケア様の姿を求めて探して回った。
城の兵士に居所を聞いた私は、駆け足でアラケア様が向かわれたという中庭を目指すと、そこにアラケア様の姿を確認することが出来た。
「ん? 起きたのか、ノルン。昨日は夜遅くまですまなかったな」
「ア、アラケア様。お体はもういいのですか? 陛下にあれほどの深手を負わされて……本来なら一週間の療養でも短いくらいだと医者は言っていた程だったのに」
「ああ、そうだがずっと寝ているのは性に合わん。毎日、体を動かしていないと戦闘者としての勘が鈍ってしまうんでな。ちと朝稽古をしていた」
「……無理はなさらないでください、と言いたい所ですけど私も騎士の端くれですから、腕が鈍ってしまう恐ろしさはよく分かります。分かりました、じゃあ私も朝稽古お付き合いしますよ、アラケア様」
「いいのか? ではかかって来い、ノルン。お前の腕を見てやる」
「はい!」
ビュン、ビュン、ビュン……!
私はハルバードを突き出すと、先端が幾重にも見える動きでじりじりとアラケア様との間合いをはかると、攻撃を仕掛けた。
「参ります! 高速三段突き!!」
「むん!!!」
アラケア様の戦斧と私のハルバードが、火花を散らしたが、戦斧の厚い鉄片部分で私が三回繰り出した突きはすべて防がれてしまう。
「さすがですね。ですが続けていきます!」
ガキィン!!ガキィン!!
何度も交錯したが、いずれも弾かれるか受け流された。
やはり私とアラケア様では強さの上限が違い過ぎる。
しかし陛下との戦いでも、私はお荷物でしかなかった醜態を見せた上にこれ以上、アラケア様に失望されたくはない。ならば…!
「くっ。ならこれなら……!」
私はある異様な構えをした。それは……
「これから私のとっておきをお見せします。ご覚悟を……アラケア様。
鬼の技……『鬼哭血覇』!!!」
「何!? その構えは…!?」
私のハルバードから衝撃波が放たれると、アラケア様は戦斧を盾にし、防御態勢を取ったが、そこに衝撃波が怒涛のように襲いかかった。
アラケア様に沿って繰り出された衝撃波が、地面を大きく抉りとっていく。
「この技は……驚いたぞ。ライゼルア家の基本的な技の一つ、『鬼翔断』を自分の槍術に取り込むとはな。病み上がりだったとはいえ、俺に一撃を与えるとは……見事だった、ノルン」
アラケア様は辛うじて避けたようだが、右腕を手で押えている。
その指の間からは、血がポタポタと滴っていた。
「えっ!? アラケア様、血が! も、申し訳ありません! 私、調子に乗ってしまって!」
私は慌てて駆け寄るとハンカチで血を拭い、包帯代わりにして応急処置をしたが、己の失態に穴があったら入りたい思いだった。
「構わん。むしろお前がここまで成長していたことが嬉しいくらいだ。これはヴァイツもうかうかはしていられんな。これでは次期黒騎士隊隊長はお前に任せてしまうことになるかもしれん」
「そ、そのようなこと……私には勿体ないお言葉です。さあ、早く医務室に参りましょう、アラケア様」
私はアラケア様に肩を貸して医務室へと戻っていったが、その間中、アラケア様はしきりに感心している様子で、私は戸惑いと共に自分の強さを認められたという喜びの感情を抑えきれなかった。




