第十三話
国境砦での事態が収拾し、俺と黒騎士隊の介入がこれ以上、必要ないと感じた俺はオセ騎士団長と副騎士団長に、別れの挨拶をしていた。
「もう行ってしまうのか、アラケアよ? まあ、お前も今は特に忙しい身だろうから、引き止めはすまい。しかし今回もお前には助けられたわい。先代も生きておれば、成長したお前を見て喜んだに違いないぞ」
「恐れ入ります、騎士団長殿。これまでライゼルア家の名に恥じぬよう励んできました。そう言ってくださると報われると言うものです」
俺は深々と頭を下げる。ライゼルア家に生まれたことを重圧に感じていたこともあったが、強くあらねばならぬという家訓に従い、幼き頃より今は亡き父に武術を仕込まれ、腕を磨き続けてきた。
それでも耐えてこれたのは、オセ騎士団長や国王陛下、そしてヴァイツなど俺を支えてくれた理解者達がいてくれたからだった。
「ぶわっはっはっは! そうか、ではせめて笑ってお前を見送るとしようかの。じゃが今度会ったら積もる話でもしながらお前とのんびり酒を飲みかわしたいと思っとるんじゃ。じゃからこのような時代じゃが、それまで死ぬでないぞ。達者でのう、アラケア!」
「はっ、騎士団長殿こそ、お達者で」
そう言うと俺達は、オセ騎士団長達に敬礼すると馬に跨がり、一路、王都を目指して、走らせた。
俺の胸中にあるのは、ほぼ確実だったとはいえ、今までは嫌疑でしかなかったカルギデがやはりギア王国と繋がりを持っていたことの確信。
あいつは今もシャリムか別の誰かの指示により、何かを起こすつもりだろう。
まずは王都の屋敷に戻り、準備を整え、そして再び辺境バロニア地方に向かい、あいつと決着をつけねばなるまい。俺は急ぎ王都へと馬を飛ばした。
◆◆
「何だ……これは? 一体、どうなっている?」
帰路を辿り、屋敷に到着した俺が、まず異常を感じ取ったのは破壊された屋敷の門、そして外からでも感じ取れるほどの血の匂いであった。
「アラケア様、これは……まさか賊が」
屋敷内に入ろうとしたノルンを、俺は手で制する。
「ここで待っていろ、ノルン、ヴァイツ。いや、他の全員もだ。俺が中を確認してくる」
「分かった。だけど気を付けて、アラケア」
ただならない事態が起きたことを察した俺は、ヴァイツやノルン、黒騎士隊を外に待機させると一人、破壊された門から屋敷内へと、足を踏み入れる。酷い有様だった。
屋敷の装飾は無残にも破壊されており、無数の使用人が地面に倒れ込んでいた。
――そしてそこに置かれていた「もの」を見て、俺は何が起きたかを理解した。
それは無残に殺されたパノア村に残しておいた、黒騎士隊隊員達の血まみれの生首であった。
「やってくれたな、カルギデ。あいつの仕業ということか!」
「ア、アラケア……様……」
ふいに近くから、掠れた声が聞こえた。
俺は声がした方を向くと、それは部屋の隅でガタガタと体を震わせ蹲っている、俺が屋敷で雇っている使用人だった。
俺は蹲る使用人の前で屈むと、肩に手を置き言葉をかけた。
「……安心しろ、もう大丈夫だ。お前は無事のようだな。これはやはりカルギデがやったのか? 生きているのはお前だけか?」
使用人はまだガタガタ震えていたものの、次第に落ち着き俺の質問に答え始めた。
「は、はい。申し訳ありません、アラケア様。私が唯一の生き残りです。じ、実は……奴は、アラケア様に伝言をと。奴はデルドラン王国にてアラケア様を待つと言い残していきました……」
「デルドラン王国……」
その王国はここより南部に栄える国で、アールダン王国、ギア王国に加えて今、現存している三つの王国の中の一つである。
国民のほとんどは爬虫類のように固い鱗を持つ竜人族や、狼のような風貌を持つ獣人族、そして乱獲によって他二国では大きく数を減らしてしまった妖精族も、ここではまだ数多く生き残っているという。
国民皆兵の考えの元、子供から女に至るまで戦闘能力を有する戦士の国であり、食料が決して枯渇することのない、広大に広がる魔樹林によって、強大な兵力を維持できる国力がある、三王国の中でも最大の強国である。
昔はアールダン王国と交易も行われていたらしいが、今は行き来するのは困難を極める。
というのも今から百五十年ほど前、同じく災厄の周期に当たるその時代に、他二王国とデルドラン王国を南北で繋ぐ行路が、黒い霧によって遮断されてしまったからである。
「あいつらしいと言えばらしいが、こんな真似をすれば俺の怒りを買い俺がデルドラン王国に向かおうとすると、見越しているのだろうな」
俺は唇を噛みしめ、拳を強く握りしめると、恐怖と驚きの形相で息絶えている使用人達の目を一人一人、そっと閉じさせていった。
そして外に待機させていた黒騎士隊を呼ぶと、彼らを手厚く葬るよう指示し、俺は一人、王城へと足を向かわせていた。
俺の意思は固まっていたが、ライゼルア家の当主である俺は国を離れることは出来ない。
国内で魔物が起こす有事に備えなければならないからだ。
だから国外に向かうためには、国王陛下の許可を得る必要があった。
「アラケア!」
「アラケア様!」
俺が振り返ると、ヴァイツとノルンが追って来ていた。
その表情から怒りに震える俺を心配してやって来たのだと伺える。
「どうした? 陛下に会いに行くのは俺一人で十分だぞ」
俺は腕組みをして二人を見回して言ったが、二人はそんな俺に詰め寄った。
「僕だって君が心配でやって来たんだよ。これから陛下に進言に行くんでしょ? 無茶なお願いを通して貰うためにさ」
「はい、この時期にライゼルア家の当主が国を離れるなんて、簡単に許可を頂けるものではありませんし、私とヴァイツ兄が同行しても結果が変わるかは分かりませんけど……ぜひとも私達も一緒に同行させて頂きたいんです」
ヴァイツとノルンの目は真剣だった。
そしてこの二人も屋敷の使用人達がほぼ皆殺しの憂き目にあったことに、憤りを感じている、そんな表情をしていた。
その顔を見て、それほどの決意に折れた俺は、一呼吸してから言った。
「いいだろう、俺と一緒に来たいと言うなら反対はしないさ」
それを聞いたヴァイツとノルンは、ぱっと目を輝かせて喜ぶと、俺達は再び王都の雑踏通りを道に沿って歩き出した。
俺達の主君であり、名君と誉れ高いアールダン王国の国王……あのガイラン陛下が御座す、王城へと向かって。




