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滅びゆく世界のキャタズノアール  作者: 北条トキタ
残された希望は意思を受け継ぎし、2つの光
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第百五十三話

「まず最初に言っておくわ。貴方を決してネロに加勢に向かわせたりはしない。そのことに関して、私は必死よ」


 あの陛下すら傷を負わせることにも苦戦させられた、鋼以上の強度を持つ魔女の皮膚装甲に対し、私は光臨の槍を中段に構えたまま距離を縮めていった。

 今、私の中では未知なる、いや……ヒタリトの民の力が目覚めつつあるのだが、魔女を倒すため、今だけはその忌まわしい力に感謝したいと、そう思った。


「はぁ、はぁっ……やはり、貴方は……ヒタリトの民の加護を受けているようね。いくらネロ様が、貴方を避けるように攻撃していると言っても……この室内が崩壊する程に激しい攻防の中で……貴方だけ無傷のままなのは……おかしいと思っていたのよ……」


 魔女は満身創痍で衣服は血で濡れており、すでに息も切らしている。

 もっともこの状態でなくては私がこの女に勝てる見込みはゼロに近かったろう。

 でも、これは幸運なんかじゃない。私達のこれまでの戦いが齎した成果なのだ。


「ああ、そう。どうやら貴方、すでに死に体の様子だけど、悪く思わないでね。私達だって多大な犠牲を払って必死にここまで辿り着いた。ここまで来て……あんた達に負けてやる訳にはいかないのよ!」


 私は思い切って攻撃を仕掛ける覚悟を決めると、体の内から沸き起こる黒ずんだオーラを全身と槍に纏わせて魔女の心臓を目掛けて、一撃を叩き込んだ。

 それに対して、魔女も負けじと手刀を繰り出したが、どう見てもその攻撃には力は籠ってはおらず、ただ空しく空を切るだけだった。


「はあっ、はあっ……くっ。ネロ様は、私のすべて。たとえこの命に代えても……お守りしなくてはならない、大事なお方。貴方達などに……殺させはしない!」


 今ので確信した。魔女にはもう戦える力はほとんど残ってはいないのだと。

 けれど、それでも尚、この女は戦意を失うことなく、執拗に私の命を奪おうと手刀を繰り出してくる。私はそれを槍で打ち払うと、魔女は床に片膝をついた。


「……はあっ、はぁ……負けられない。負けられないのよ!」


 この魔女は今、執念だけで動いている。ただネロを守りたい一心なのだろう。

 だが、それは臣下の主に対する忠誠心と言うよりも、私にはそれ以上の感情をこの魔女から感じてならなかった。


「貴方、そんなにあのネロが大事なの? 貴方にとって彼は……」


「言ったでしょう、すべてよ! 私の内から湧き上がる、この感情は……きっと! ……そう、私が災厄の殲滅者として転生する、その前から続くものなのよっ! ……ネロ様……私のこの命を燃やしてでも……貴方をお守り致します!」


 突如、魔女が頭を抱えながら苦しみだしたかと思うと、衣服を濡らす血は赤から青へと変色していき、更に地獄の底から湧き上がっているかのようなその殺気に、私は思わず後退ったが、魔女の肉体は尚も変化を続けていく。


「ネロ、様……のっ……敵はっ! 私が、残らず……殺して差し上げるわ!!」


 頭部から五対の竜角が生えたのに加えて、胸元は赤黒い獣皮に覆われていき、額には第三の目が輝き始めた。

 そして体は二回り程、大きくなっている。

 魔女はさながら竜と獣と人の合いの子のような外見の怪物へと変化し、そして私の前に立ちはだかったのだ。

 その威容なる姿は彼女が命そのものを燃やして、文字通り命を賭けていることを私に否応なく理解させるには十分だった。


「死になさいっ! そして私が貴方の体を得て、ネロ様の母親となるのよ!」


「やれるものならっ、やってみなさいよ!!」


 この戦いは魔女の攻撃をたった一撃まともに受けただけで、命取りとなる。

 瞬き程の一瞬でも気は抜けないことを私が戦闘者の直感で理解した時、魔女が私よりも先んじて動いていた。

 魔女の鋭い爪を備えた腕が高速で迫り、数瞬前まで私が立っていた床にその爪を突き立てて貫き砕いていた。


「今の私なら辛うじて見えるわっ! 貴方の動きがっ!」


 私は魔女の斜め上から躍りかかり、魔女はもう片方の手で槍を受け止める。

 だが、火花が散る間に、私は振り向きざまに鬼哭血覇を放ち、魔女の喉笛へと炸裂させていた。

 しかし魔女が頭を仰け反らせたのも束の間、すぐに顔を戻して口内でちらちらと揺らめく青白い極太のビームのような炎を私に勢いよく浴びせかけてきた。

 直撃は死に直結すると思い、私は咄嗟に防御姿勢を取ったのだが……。


「っ!? 生き、てる?」


 だが、そのレーザーは私に触れたと同時に、周囲に四散して消えていったのだ。

 思い当たる節があった。それは魔女が先ほど口にしていた加護とやらだ。

 しかし完全に受け流せたわけではなく、それは私に強い痛みと熱さを残した。

 この加護にどれほどの防御効果があるかは分からなかったが、利用出来るものは利用しない手はないと、私は更に続け様に魔女へと飛びかかっていった。


「奥義っ! 『流星角影刀』っ!!」


 私は両手を合わせてから前に突き出し、影の刃を魔女の腹部に斬り付ける。

 そこへ黒ずんだオーラが抉るように押し込まれていき、肉体を破壊していく。

 攻撃面でも今までにない程の力が、私の全身から漲ってきていたのだ。

 だが、奥義の威力によって腹部を斬り刻まれながら背後に後退していった巨体の魔女も負けじと、両足で踏み止まり、両手を合わせて私の頭上から振り下ろした。


「ネロ、様はっ……私のすべて! 貴方なんかに渡すものですかぁ!!」


 魔女は私の頭部を両手で滅多打ちにし、その度に鈍い衝撃音がしたが、いずれの攻撃も私に命中する刹那に弾かれて、しかしそれでも強い衝撃が私を襲った。

 私は額から流れ出る血を拭うと、攻撃を続ける魔女を睨み付ける。


「貴方の体は、私が貰う! だから、あまり傷つけたくはなかったのだけど……抵抗するなら、やむを得ないわねっ……!!」


「いい加減に名前で呼びなさいよね、ベルセリア。私の名はノルン・カルネッジ。貴方を倒すことになる者の名前くらい、覚えておいて損はないわよ」


 私の全身から黒ずんだオーラが一段と溢れ出しており、今なら今までにない、最高の一撃が繰り出せそうな気がしていた。

 自身の潜在能力のすべてを引きだし、限界すらも超越した過去最大の。

 そう確信した時、私を中心として途轍もない圧力の闘気が周囲へと吹き荒れる。


「はああああああああぁぁっ!!!」


 私は鬼気迫る叫びを上げ、魔女もそれに応じる。

 離れていた両者の距離が瞬時にして縮まり、お互いの攻防が始まった。


「ノっ……!」


 魔女の左肩に槍を突き付けたと同時、肉が弾け飛び、それを引き抜き様に襲い掛かった魔女の右手を屈んで回避する。


「ル……っ!」


 魔女の足を払って転倒させ、その腹部に飛び乗って槍で突き貫くと、黒ずんだオーラを捩じるように送り込み、腹の肉片と内臓を飛び散らせる。


「ンっっ……!!」


 最後の力を振り絞って魔女が繰り出してきた右手の爪を左手で弾いてから、次は回転させるように勢いよく振るった槍で、魔女の首を跳ね飛ばす。


「あ……っ、ぎぃやあぁあああああああああっ!」


 切断された魔女の首は断末魔の叫びを上げながら、宙を舞った後に床に落ちて、ころころと転がっていった。

 己が忠誠を誓う、ネロの足元へと。

 首だけとなってもまだ意識はあるのか、魔女は尚もネロの名を呼び続けていた。


「ネ、ロ……様。申し訳……ありません……。ですが、私は再び転生し、貴方を」


 だが、そんな魔女をネロは冷ややかな目で見下ろすと、今度は腰をかがめてから彼女に穏やかな口調で言い放った。


「お前さ、自分のこと何も覚えてないんだね。お前はね、僕の家族や仲間達の命を奪った仇である、憎っくきハラティプティオ帝国の皇女アナスタシアなんだよ。だから、お前も生前に僕に抱いてた感情は愛情なんかじゃない。憎しみだよ。僕らは敵対感情を抱き合っていたんだ。そう、お前は僕に殺される直前、僕への呪詛の言葉を浴びせながら死んでいったのさ」


 そう言ってからネロが魔女の額を指で小突くと、彼女の表情が一変した。

 目を見開いたままぴくりとも動かず、たたひたすらにネロの名前を呼び続ける。


「あ……あ、ネロ様、……ネ、ネロっ? ネ、ネロっ……様!?」


「思い出したみたいだね。今まで祖国の仇である僕に仕えてきて、本当ご苦労様。母さんが手に入った今、代用品だったお前はもういらないよ。……じゃあね、ハラティプティオ帝国、アナスタシア皇女殿下」


 ネロが立ち上がり、魔女の頭をゆっくりと踏みつける。


「ネ、ネ……ネロォォっ!!」


 そして、ぐちゃりと魔女の頭部だったものは潰れてしまい、後に残されたのはただの肉の塊と血溜りだけだった。

 私はその様子を目を逸らすことなく、ただ見ていることしか出来なかったが、彼女が殺されていったその一部始終を見ていた私の心の底から湧き上がったのは、……強い怒り。


「ヒタリトの民、災厄の王ネロ……話に聞いてた通り、非道な民族みたいね」


 そう、まるで人の心を弄ぶような彼に対する強い怒りを、私は抱いていた。

 そしてその荒ぶる感情に比例するように、自身の内なる力が高まっていくのも、私には同時にはっきりと感じ取れていたのだ。

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