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滅びゆく世界のキャタズノアール  作者: 北条トキタ
残された希望は意思を受け継ぎし、2つの光
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第百四十八話

 俺のルーンアックスは魔女の手刀と切っ先を結んで、火花を散らす。

 そしてその一撃一撃はずしりと重く、俺の腕に圧し掛かった。


「力ではグロウスよりも上のようだな。だが、単純な力任せの攻撃では今の俺は倒せんぞ、魔女ベルセリア!」


「ええ、分かっているわ。けど、忘れたのかしら、私には一定範囲内の生物の思考を飛ばすことが出来ると言うことを」


 そう言い放った直後、言葉通りに俺には認識出来なかった魔女の不可視の拳の一突きが俺を襲い、急所を的確に撃ち抜いていた。だが、しかし……。


「それしきか、魔女ベルセリア? 狙われるタイミングさえ見極めればその瞬間に身に纏うオーラを強化し、防御し切ることは今の俺には不可能ではない!」


 強い痛みが走り、僅かに体が後方へ浮いて飛ばされたものの、すでに俺の体は魔女のその能力に対応してしまっていた。

 それでも余裕然としている魔女に、俺は間髪入れずぶんっと、低い風きり音を響かせ、ルーンアックスを横薙ぎに振るうが、魔女はそれを腕で受けて止める。


「まったく、ライゼルア家の人間と言うのは、誰も彼も戦闘の天才ばかりなのね。そしてまた恐ろしく業が深い。貴方は一族の使命を果たすため、ここまでやって来るまでに、何人の犠牲者を出したのかしらね?」


「必要な犠牲だったなどと言うつもりはない。だが、誰かの代で災厄の広がりを食い止める必要があったのだ。そして、今がその時だったと俺は信じている。そんな言動で俺を動揺させようとでも言うのか、魔女ベルセリアっ!?」


 更に力強く繰り出される俺のルーンアックスを魔女は両腕で防ぐが、その勢いに負けて後方へと吹き飛ばされながらも、両足に力を込めて踏み止まった。

 そして魔女は血が滲む自身の腕を見つめると、再び視線を俺に戻す。


「それが業が深いと言うのよ。あのグロウスも魔物ゴルグの力を人間に移植するために人体実験を繰り返し、更には長い時間をかけて暗殺技術を仕込むために、寿命の長い妖精種族の少女の両親を殺害し、その子を拾って育て上げた。まさに鬼畜の所業と言えるでしょうね」


 俺と魔女は言葉を交わしながらも突進すると、幾度もルーンアックスと手刀で斬り結び、弾かれる度に何度も体勢を整え直すと、ひたすらに突っ込んでいく。

 だが、次第に俺の攻撃の方が上回り始めると、魔女の両腕の防御を突き破って、その体に幾つも細い傷を走らせていった。


「この大陸の連中も似たようなものだったわ。自分が正しいと思うことのために、異邦の神を信じるネロ様とその民族を迫害し、追い詰めていった。彼らに家族や同胞達を殺されていったネロ様のご心痛は如何ほどか、察して余りあるわね」


 魔女の俺の意識を飛ばした一撃が、またも俺の急所にクリーンヒットする。

 だが、それを見越して耐えた俺は魔女の言葉に耳を傾けながら、魔女の攻撃の数々を次々とガードしていった。


「ネロ様はこの世への憎しみだけで、今も世界に災いを振り撒いておられるのよ。それをネロ様が望むなら、臣下である私にはそれをお助けする責務があるわ。なぜなら、あの方の理解者はもう私しかいないのだから!」


 魔女の目に殺意が混じり出し、それと共に攻撃が一層、激しさを増していった。

 そして手を天井に向かって翳すと、右手の指先に次々と炎が宿り、それら五つの凝縮された火炎を魔女は俺との至近距離で一気に解放させた。


「ぐっ……それが、お前にとっての戦う理由か?」


 高温度の熱炎の威力を真正面から受け、俺の全身は瞬く間に燃え上がった。

 黄金色のオーラで身を守っていても、それを無視して俺へとダメージを与える。

 火炎の激しさとは裏腹に熱さはさほど感じなかったが、ただ強烈な痛みが俺の全身の神経を駆け巡り、身がよじれそうだった。


「そうよ、転生前の記憶は私にはあまり残っていない。でも、私とネロ様は生前はきっと近しい関係だった。それだけは分かるのよ。だから、私は……あの方を失う訳にはいかない。たとえ世界がこのまま滅んでいくとしても!」


 必殺の気迫と共に、魔女の指先を前に突き出した突きが俺の両目に迫ったが、その時だった。


「右に避けなさい、当主殿!」


 突然、聞こえたその声に反応して咄嗟にその通りに動いた俺だが、たった今まで自分がいた場所を何かが掠めて飛んでいき、魔女の右耳を吹き飛ばしていた。

 魔女は血が噴き出す耳が千切れ飛んだ場所を手で押さえながら、俺の背後へと視線を移したが、俺もまた自身の背後から聞こえた声の主の方を振り返った。


「カルギデか、とうとうお前達もここまで」


 そこにいたのはカルギデと東方武士団の武士と忍び衆の忍者、十数名だった。

 そしてよく見ると、カルギデは指先で硬貨を挟んで持っている。

 恐らくさっきの一撃は、指先であれを飛ばして攻撃したのだろう。


「私がより高みへ進むためには、強敵との戦いは不可欠です。ですから、当主殿。貴方を超えるためにも、この魔女殿とは私が戦わせて頂きましょうか。そして私も必ず……シャリムの強さを上回ってみせる。そういうことですので、貴方は一足先に向かうといい、災厄の王ネロとやらの元へ」


 俺はしばしカルギデの決意に満ちた顔を見ていたが、どうやらカルギデは自分の殻を破って、より上のステージに上がるための試練を求めているようだった。

 ならばそれを妨げる理由はないと判断した俺は、その申し出を受け入れた。


「分かった。だが、ここまで来て無様な死に方はするなよ、カルギデ」


 俺は踵を返すと、カルギデを背にして仲間達が攫われた神殿内のより奥深くに向かって走り出したが、あの男から返事が返ってくることはなかった。

 だが、背後では魔女との戦いが始まったのか、爆裂音が幾度も轟き始めた。


「待っていろ、ネロ。これ以上、誰一人として俺から仲間の命を奪わせはせん。そしてお前を倒して、この世界に平和を取り戻してみせよう」


 神殿内は広さの割に単純な構造で一本道が多く、迷うことはなかったが、先へ進むほど濃くなる瘴気に、俺の望みが簡単なことではないことを悟らせていた。

 そして呼吸にも支障が出る程に瘴気が濃厚となり始めた頃、俺の目の前に再び入口にあったような巨大な大門が立ちはだかった。


「この大門、鍵はかかってはいないようだが、どうやらこの向こうに……」


 そう、感知能力を用いなくとも、俺には肌で分かってしまっていた。

 この不思議な材質の金属の一枚向こうに、奴がいるのだと言うことが。

 俺は決意し、両手で押すと神殿の大門は左右にゆっくりと開かれていった。


 ――そして……そこに絶望があった。


 その空間の障気はここに来るまで通った時に満たされていたどこよりも濃く、視界が遮られる程に強烈で深く、息苦しさも今までの比ではなかった。

 俺は妖精鉱のランプを翳し辺りを探ると、どうやら壁と呼べる物は存在せず、そして足元にはあるはずの地面すらなかった。

 しかも瘴気の端々からは高度な文明が崩れ去り、人々が逃げ惑う姿や、街並みが崩壊していく様が映像のように流れていた。繰り返し、繰り返しである。


「何だ、ここは……?」


 俺は警戒感を強め、ルーンアックスを構えた。

 殺気が目に見えて膨れ上がり、それが近づいてきているのが感じられたからだ。

 怖気づいた訳ではないが、迫りくる者の異常な存在感に冷や汗を隠せない。

 それでも尚、俺は感じ取った殺気へと向かう足取りを早めていったのだが……、ある地点で俺が歩みを止めると、深い瘴気の中で十二の赤い光が明滅していた。

 それはどこか虚ろで、憎悪を具現化したような、そんな昏い光を放っていた。

 そう、それは目だった。漆黒の体躯を持つ、黒竜の風貌をしたネロの瞳。


「グギロャヤヤヤアアアッッオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 ネロは天を仰ぎながら、俺の間近で凄まじい咆吼を轟き渡らせた。

 だが、俺は威風堂々たる姿を努めて巨体のネロを見上げると、言い放った。


「いくぞ、ネロ。お前との戦いに勝てなければ、人類のこれまでの犠牲や努力、戦いのすべてが無意味となる。お前を倒し、俺は先人達の悲願を果たす!」


 俺の言葉に反応したのか、場に満ちる殺気が更に一段と膨れ上がった。

 ついに幕を上げたのである。俺とネロとの人類の未来を賭けた、最後の戦いが。

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