第百四十三話
「やれやれ、何という馬鹿力ですか。長年愛用し続けてきた私の鬼刃タツムネの刃があの魔女にこうも無残に砕かれてしまうとは……」
カルギデはそう言いながら、先ほど魔女に握り砕かれた鬼刃タツムネの刀身を見つめながら、指先でなぞった。
一見してみた感じでは、あれでは攻撃力は半減と言った所だろう。
「これからどうするつもりだ、カルギデ。さっき魔女に対し、お前が言っていた大深穴の底部とやらに手勢を引き連れて向かうつもりか?」
「シャリムが言っていました。あの古城から地下へと続く、大深穴の底深くから世界に向けて災厄の力が放たれ続けているのだと。とはいえ、軍勢を引き連れて向かうには道幅も限られた閉所故に難しいでしょうなぁ。まあ、私は私の判断で動かせて頂きますので、当主殿も好きになさるといいでしょう」
それだけを言い残したカルギデは鬼刃タツムネを背負うと踵を返して、魔女が去り、魔物達の攻勢も収まって場の混乱が静まりつつある、ギア王国の残党達の元へと歩き出していった。
「まさかあいつに助けられるとはな。俺達の両軍が戦いで負った疲れと傷痕を癒す時間を作ってくれたことには、素直に感謝しなくては。今の内に俺達も最後の決戦場に向かう準備を整える必要があるか」
カルギデの後姿を見送った俺もまた自軍の残存兵力の確認を行うべく、魔女とノルンが消え去った古城近くを後にすると、まずは戦いで力を使い果たして地面で横たわっているギスタとヴァイツの元へ駆け寄った。
「ハオラン、アルフレド、ヴァイツとギスタの具合の方はどうだ?」
俺が声をかけると、魔女が放った光の矢から二人を身を挺して守ってくれていたハオランとアルフレドは腰を下ろしたまま、顔を上げて言った。
「お二人共、すぐに命に関わる危険な状態ではなさそうですが、ギスタさんは意識はあるものの、血を流しすぎていますね。一方でヴァイツさんの方は外傷はありませんが、未だに昏睡状態のままです」
「……そうか。この混戦の中、二人を守ってくれて礼を言う。生きているのなら、それだけで幸運だろう。陛下を始め、戦死されてしまった者もいるのだからな」
二人を介抱していたアルフレドとハオランは、俺の言葉に視線を落とす。
俺達の主君であり、負けるはずがないと思っていたガイラン陛下が戦いの中で崩御されてしまったことに、この二人も強いショックを受けているのだろう。
「信じられねぇよ、あの陛下が負けるなんてこと……絶対にあるはずがねぇんだ。けど、実際に俺らの目の前で起きた紛れもない現実なんだよな? くそぉっ! 一体、これからどうなっちまうんだよ、俺らは!!」
ハオランが唇を噛み締めながら、拳を地面に叩き付け、アルフレドも怒りから、拳を強く握り締めるあまりに血が滲み出してきている。
「アラケア様、あの陛下の仇を討ってくれたこと感謝致します。これからの王国の世継ぎのことなど、問題は山積みですが、まずは私達がこの大陸へとやって来た目的を果たした上で、生きてアールダン王国に帰還しなくてはなりません。ですから……ご命令を、アラケア様。私達は貴方のご指示に従います」
アルフレドもハオランも顔を上げて、俺へと視線を注いでいる。
今まで陛下が負っていた責任のすべてが自身に引き継がれたのを感じ取った俺はならば……と、皆の期待に応えるべく決意を決め、すくっと立ち上がった。
「すぐに生き残りを集めて、まずは負傷者の怪我の治療と、そして腹ごしらえだ。これから魔女を追ってノルンを助け、災厄の根源である奴らの親玉を倒しに向かわねばならない。俺達に残された時間でそのための準備を整えるんだ」
すぐさまアルフレドとハオランも立ち上がり、背筋を正すと敬礼をして答えた。
「はいっ、仰せに従います、アラケア様!」
「合点承知だぜ、アラケア殿!」
そして二人はギスタとヴァイツを背負うと、直属の部下である白騎士達に俺が伝えた指示内容を伝えてから、自らも黒騎士隊、聖騎士隊、一般騎士団の面子を一か所に集めるべく、走り去っていった。
「魔女が攫ったノルンをいつまでも生かしておこうとするか、何も保証はない。時間との勝負になるな……出来るだけ急いで準備をしなくてはなるまい」
そして俺達とギア王国の残党達は古城前の広場の中心線を境に、自然と左右に分かれて陣営を張っていた。
これから両軍とも共通の敵である災厄の親玉を倒しに向かうとはいえ、今まで敵対してきた者同士が簡単に手を取り合うことなど、出来るはずがなかったのだ。
「……アラケア、僕にも行かせて欲しい。病み上がりなのは分かってるけど、実の妹が敵に捕まってるのに、ここで安穏と待ってはいられないよ」
先ほど目を覚ましたヴァイツが俺に懇願するが、気持ちが焦っているのだろう。
表情が悲痛に満ちていた。その勢いに押される形で、と言う訳ではないのだが、俺はヴァイツの気持ちに応じるように答えた。
「ああ、そう言ってくれると思っていた。力を貸してくれるか、ヴァイツ」
「ありがとう、アラケア! きっと戦力になってみせるからさ!」
ヴァイツが目を輝かせながら、俺が選別した突入メンバーの中に駆け寄った。
アールダン王国からは俺、ヴァイツ、ハオラン、アルフレド。
そしてデルドラン王国からはカルティケア王、バーン、レイリア、ラグウェル。
これにギスタを加えた最精鋭九人で、大深穴深部へと向かうことになる。
「黒騎士隊、聖騎士隊、留守は頼んだぞ。俺達はこれから決戦場に向かうが、この場に残った仲間達をお前達で守ってやってくれ」
黒騎士隊と聖騎士隊は全員が敬礼で応じて、俺達を見送ってくれた。
そして古城へと足を運ばせていた俺達だったが、ふとギア王国側の陣営を見た。
東方武士団や忍び衆達に紛れてカルギデの姿は見当たらなかったが、向こうでもメンバーを選別してこれから出陣するのは間違いない。
「あいつらの動向も気になるが、俺達にはあまり時間を置く余裕はないからな。一足先に行かせてもらうぞ、カルギデ」
カルギデ達を横目に俺達は古城の大門から内部へと、足を踏み入れていった。
古城内の正しい道順は分からなかったが、世界全体へ災厄の力が放たれている、その力場は俺達に否応なく場所を知らせてくれた。
そこへと足を進める度に、空間が歪むようにゆらゆらと城内が蠢いている。
「……ここか。どうやらここで間違いないようだな」
俺達が辿り着いたそこは赤黒い深い穴を作りだし、城の一部分をその穴の中へ、そして異形へと姿を変えさせ、歪めながら引きずり込んでいた。
だが、地下深くへと続きながらも、視界は赤黒い光で見通すことは可能だった。
「アラケア、いよいよだね。ノルンもきっと僕らの助けを待ってるはずだよ。さあ、行こう。最後の戦いの舞台へさ」
「……ああ。皆、覚悟は出来ているな?」
そこで振り返って全員を見回すと、その場の誰もが無言で頷いたのを確認した俺は、いよいよ邪なる気配が溢れんばかりの深き穴へと足を踏み入れた。
この先に待ち受けるのは、俺の一族が探し求めていた災厄の根源。
ついにその喉元まで辿り着けたことに、俺は胸がざわつくのを感じていた。




