第百四十話
「ガ、ガイラン陛下っ……」
陛下とグロウスが生み出した超高熱のフィールドが、勝者に味方する形で陛下の体を燃え上がらせる光景を見つめながら、俺は無力感で拳を地面に叩き付けた。
やがて陛下の体が力なく地面に崩れ落ち、ついにはその身を横たわらせた。
――だが、これでようやく俺と陛下達を隔てていた、超高熱が消失したのだ。
今なら……と、そう思い、俺は悲しむ気持ちを頭から押しやると、グロウスの元へと、ゆっくりと歩き出していた。
すでに俺の中から奴への恐れなど微塵も消え去り、あるのは怒りだけだった。
「グロウスっ! お前は自分が何をしたか分かっているのだろうな?」
グロウスはしばらく陛下の燃えゆく姿を眺めていたが、やがて俺に向き直ると、微笑みながら、手にした村正・真打を俺の前に突き付けてみせた。
「やあ、アラケア君か。無事に古城から逃げ出せたみたいで何よりだったねえ。ところで、ほぼ互角の実力だった僕らの勝敗を分けたのは、何だと思うかい?」
奴が何か言っているのが聞こえてきてはいたが、残念なことに俺の頭がそれを理解しようと働いてはくれず、ただ奴を倒さねばと言う感情だけが昂っていた。
「御託はいい。覚悟はいいな、グロウス。お前をこの世から抹殺する!」
俺の全身からいつになく膨大な黄金のオーラが吹き出すと、それが握り締めるルーンアックスへと流れ込んでいく。
そして……俺は地面を蹴って奔っていた。
それは自身でもなぜこれほどの動きが出来たのか不思議なくらい、過去最速とも言える速度であり、さながら陛下と同様に雷のごときスピードだった。
「へえ、凄いじゃないか。驚いたよ、まさか君がそこまで!」
しかし言葉とは裏腹に、グロウスは余裕綽々で刀で俺の攻撃を弾いてみせると、俺の体はそのまま突進の勢いでバランスを崩し、奴の後方で何とか踏み止まった。
だが、俺はその際の勢いで、奴に無防備な自分の背後を見せる羽目になった。
「……くっ、しまった!」
グロウスを相手取りながら、それほど致命的な隙を見せてしまった俺は死をも覚悟して、戦々恐々と振り返ったのだが、その背後の光景に思わず目を疑った。
なぜなら、そこに……俺の視線の先に広がっていたのは、エリクシアの体を得たことで蘇ったマクシムスの胸を、グロウスが刀で突き貫いている様だったからだ。
それを目の当たりにした俺は、自分の失態が招いたことによる仲間の犠牲に、背筋に冷たいものが走るのを感じ取った。
「マ、マクシムスっ!!」
俺は刀で貫かれた傷から血を流しながらも、それでも最後の抵抗を試みているマクシムスの名を叫びながら、努めて冷静さを取り戻そうとした。
あれほどの致命傷では、マクシムスはもう助からないかもしれない。
しかもそれは怒りのあまり、無暗にグロウスに飛びかかっていった俺のミスをあの男がフォローするために起きた犠牲であったのだ。
「アラケ、アさん……私のことは気にしなくていい。この男は……実験と称してこの私を忌まわしい体に作り上げた……張本人、なのです。この男に復讐を果たすために、長き時を生きてきましたが……それも……今日で終わりです」
マクシムスの最後の言葉に、グロウスは興味がなさそうな表情で刀を彼の体から引き抜くと、今度はそのまま返す刀で、彼の肩から心臓までを一気に斬り裂いた。
マクシムスは口から激しく吐血すると、糸が切れるように倒れ伏し、地面を真っ赤に染めて、その体はもうぴくりとも動くことはなかった。
「すまない、マクシムス……。お前には何度も助けられた。この男が、お前にも因縁の相手だと言うのなら、お前の意思は俺が受け継ごう」
「あれ、怒りは収まった様子だねえ。さっきはこの彼のお陰で命拾いしたけど、次はないよ。生憎と、もう僕は君らとお遊びをするつもりはまったくないんだ。最初から本腰でいかせてもらうよ」
グロウスの声が今度ははっきりと俺の脳内に届いた。
その言葉の意味、そして俺の怒りを煽るために挑発していると言うことも。
――陛下の死は俺に怒りを与え、自身の潜在能力を限界以上に引き出した。
――そしてマクシムスの死は、俺に怒りを制御する冷静さを取り戻させた。
「さて、もういいかい? 他が押しているんだ。カルギデ君もエリクシアも敗れてしまった今、君だけに手間取っている暇はないんだよ。来ないなら……僕の方からいくよっ!!」
その刹那の間に、刀を手にして襲い掛かってきたグロウスに、俺は横っ飛びに退くことで対処するが、振り下ろされた奴の刀が地面に斬りつけられて、大きな亀裂を縦に走らせた。
「どうしたんだい、アラケア君! 今度は及び腰かい? そうやって逃げてばかりじゃ、二人の仇は取れないと思うけどねえ!」
グロウスは瞬く間に体勢を整えると、恐るべき身のこなしで、俺に追いつく。
俺はまたも間一髪で飛び退くが、俺の体に浅く傷が走って、血が吹き出す。
だが、俺は別に逃げていた訳ではない。
限界を突破した今の俺がどれだけ力を発揮できるか、確認していたに過ぎない。
「この程度か? これしきがお前の実力なのか? ふざけるな、本気を出せ! でなければ、今度はこちらからいくぞ、グロウス!」
俺がルーンアックスを振り抜くと、螺旋を描いた波がグロウスへと放たれる。
だが、それを見たグロウスはにぃっと薄く笑みを浮かべると、両手で握った刀を勢いよく大上段から振り下ろし、文字通りその波動を真っ二つに両断していた。
「まだまだ、こんなもので終わりではないよねえ、アラケア君?」
「ああ、勿論だ、グロウス」
グロウスが余裕の笑みを浮かべて、腰を起こそうとした、その時だった。
突如、奴の全身からブバッと鮮血が噴出し、奴は思わずよろめいて後退る。
俺の攻撃が初めて奴の予測を超えた瞬間だった。
「これ、は……オーラが僕にまで届いてたのか。さっきまでとはまるで違う。君のレベルそのものが上がっているって言うのかい?」
「ああ、陛下とマクシムスが命を賭して繋いでくれたんだからな、この勝機は。このチャンスは絶対に無駄にはせん!」
俺は今度はやや斜めに構えていたルーンアックスを縦に構え直すと、斧全体に黄金色のオーラを流し込んでいく。
すると弓形を描いた光が斧の先端と柄の末尾を結んで、俺の手の中でまるで光の弓矢のように形作られていった。
「如何にして気をより強力に全開にして行使するか、あの魔女に俺の最高奥義が通じなかったのを見た時から、考えに考え抜いていた。その答えが、これだ。実戦で使うのは初めてだが、試させてもらうぞ、この新たな最高奥義をな」
これがカルギデ戦でさえ温存した、俺のとっておきの切り札だった。
究極奥義がノーリスクで使えない以上、他の奥義でそれを埋める必要がある。
だから俺が出した結論が、こうして気を極限まで圧縮することだった。
「へえ、気を究極まで圧縮し、光の矢のように束ねて射放つ技か。確かに君が切り札として、とっておいたってのも分かる凄まじさを感じるよ。なら……僕もそれに対応するに相応しい奥義を見せなきゃねえ」
そう言い放つと、グロウスは刀を横に構えた。
そして以前と同様に亡者が嘆き叫んでいるような唸り声を発しながら、刀身が赤く赤く変色していく。
俺を倒し、陛下も倒した、奴の最高奥義の構えだった。
「いくよ、アラケア君。ご存じ、僕の最高奥義『無限刃・火焔斬破』だ。互いの切り札同士の撃ち合いになる訳だけど、さっき見せた通りガイラン国王はこの技にて敗れた。さて、今回はどうなるかなあ?」
「負ける気はしていない。お前が殺した二人の死が俺をここまで強くしたんだ。本当の本気を出せ、グロウス。それを打ち破り、俺はお前を超える」
そして……俺の眼前でグロウスの姿が、元いた位置からかき消えた。
これまで二度だけ目にした通り、奴が最高奥義を繰り出した瞬間だった。
だが、俺もまた奴に狙いを定めて、無心のままに光のアーチを引き絞ると、巨大な光の矢を撃ち放っていた。
――それが、俺と奴との中心線上で真っ向から激突して火花を散らした。




