第百二十九話
「お待たせしました、ノルンさん、ヴァイツさん。ご無事なようで何よりです」
マクシムスを先頭にガイラン陛下やギスタ、ハオラン、アルフレド。
そしてカルティケア王ら、デルドラン王国の一行も全員揃ってやって来た。
だが、やはりアラケア様の姿だけは、その中にはどこにも見当たらなかった。
「礼を言うわ、マクシムス。貴方のお陰で、私達二人とも命拾いしたみたいね。けど、やっぱりアラケア様だけは、まだ居所が分からないの?」
「ええ、残念ながら。ただ、これは私の推測に過ぎませんが、アラケアさんはここから更に先、廃都市の最奥部の方にいるのではないでしょうか。そこまでは私もまだ捜索の手を広げていませんから」
その言葉に私の心に落胆とも焦りにも似た気持ちが沸き上がった。
いくらアラケア様とはいえ、こんな場所で一人で生き残ることは出来ない。
今は一刻を争う事態のような気がしてならなかったのだ。
「じゃあ、急がないといけないわ。陛下、皆……どうか力を貸してください。アラケア様の身に何かが起きる前に、アラケア様を助け出すために」
私は皆の前で頭を下げ、心の底から切に願い、そう懇願した。
するとそこで陛下が頭を上げるように言われ、私の目を見据えながら仰った。
「私もお前と同じ気持ちだ。我が友、アラケアをこんな地で失う訳にはいかん。そうと決まれば善は急げだ。行くぞ、アラケアが向かったかもしれんと言う、この赤黒い光の帯が渦巻く、廃都市の最奥部とやらへな」
「は、はい!」
私の返事を聞き終わると、すぐさま陛下は先頭に立って左右に高層の建物が聳える、古都の街並みの中を駆け足で進まれ始めた。
そしてそんな陛下に続いて私も皆も、遅れないよう移動を始めたのである。
◆◆
「……何だか、嫌な空気ね」
あれから数十分は経過した頃、私は辺りの景色を見て、そう漏らした。
いや、恐らくそう感じているのは、内心では私だけではないだろう。
街の中心部へ向かう度に、赤黒い光の帯の輝きがより色濃くなっているのは、私達の中の誰もが否応なく気付き始めていたからだ。
ここから先へ向かえば、ただ事では済まないと、本能がそう告げていた。
「待て、止まれ。このまま進むことは、敵の胃袋に飛び込むようなものだ。マクシムス、まずはアンデッド化した猿達にこの先の様子を探らせてくれ。斥候としてな。何が待ち受けているかを、私達は知っておかねばならない」
「いいでしょう、ガイラン国王。では猿達よ、聞いての通りです。この場から散って、この廃都の中心がどうなってるか調査しなさい」
マクシムスが手を掲げて合図をすると、私達の周囲を護衛のように囲んでいた猿達は鳴き声を上げると共に、一斉に奥へ向かって駆けていった。
彼が言うには特別強力に念を込めて作り出したアンデッドが視認したものを、その目を通して彼自身でも見る事が出来るのだと言う。
――そしてマクシムスは腰を下ろし、目を瞑りながら集中していたが……。
しばらくしてピクリとマクシムスの表情が何かに反応したように見えた。
更に「む……?」と呟き、猿達がいる先で何か異変が起きたことが窺えた。
「どうしたの、マクシムス。何か問題でもあったの?」
だが、私が尋ねたその問いにも答えず、マクシムスはしばらく黙っていたが、やがて何かを悟ったように両目を開いた。
「向かわせた猿達が全滅しました。とはいえ、相手が相手ですから、この結果は仕方ありませんがねぇ。ですが、とうとう見つけましたよ。とうとう……」
目の前の私ではなく、まだどこかあらぬ方向に意識を向けているマクシムスの表情が、微かに変わったように見えたのは、私の気のせいだろうか。
いや、いつも冷静沈着なこの男が、一瞬とはいえ怒気を発したかもしれない、そんな顔を人前で見せたのは、これが初めてだった。
「どうしたと言うのだ? 向こうで何があった?」
「ギア王国の元宰相シャリム。そして忍び衆の筆頭エリクシア、貴国を裏切って反旗を翻した男、カルギデ。その三人がこの街の奥にて待ち受けています。数多の東方武士団の主力と、忍び衆の精鋭ら、総勢およそ数万を従えながら。しかし、それでも危険を承知の上で行かねばなりませんねぇ、ガイラン国王」
マクシムスは立ち上がるなり、問い詰めておられた陛下にそう言い放ったが、すでにその表情からは怒気は消え失せ、普段通りのものへと戻っていた。
「この先にはシャリム一派がいると言うことか。ご苦労だったな、マクシムス。だが、敵の軍勢に対し、こちらは僅か十一人か。しかし、それでも……不利とは分かっていても、行かねばなるまいな」
陛下は私達に向き直ると、厳しい表情を崩すことなく口を開かれた。
だが、たとえ何を言われようと、私の決意はすでに固まっているのだ。
「聞いての通りだが、私達を迎え撃つ敵は数万人の大軍勢だと言う。ならば、こちらも廃都市外で待機させている騎士団を当てにしたいが、時間を置くほどに、アラケアの身に危険が迫る可能性がある。だから我々の中の数人が騎士団の元まで戻り、彼らに都市内への突入を連絡。その間に残った者で先に仕掛けたいと思うのだが、皆の意見を……」
「ありません!!」
私は思わず、陛下のお言葉を遮るように叫んでいた。
叫んだ後で「あ、しまった……」と口をパクつかせたが、すでに後の祭り。
陛下を含む、その場の全員が驚いた表情で私に注目してしまっていた。
「あ……す、すいません、陛下。ただ私はアラケア様をお救いするためなら、たとえ私一人だけでも、この先に向かうのも辞さないと……は、はい」
私は失言をしてしまった恥ずかしさから頬を赤らめて、もじもじしながらそう答えたが、それを聞いていた陛下は豪快に笑い始めた。
「はっはっは! そうか……そういえばそうだったな、ノルン! では、お前には私とこの先に向かってもらう。そしてアルフレド、ハオラン。お前達には騎士団への連絡係を任せたい。他の者はどうだろうか? 私達と一緒に死地に向かってくれる者はいるか?」
まだ赤面している私を余所に、真っ先に進み出たのはカルティケア王だった。
そしてそれにギスタ、マクシムス、バーン、レイリアなど全員が続いた。
「余に異論はない。たかだか人間の兵が集まった軍勢など、デルドラン王国の『夜の刻の王』の名にかけて、殲滅してやるつもりだ。多勢を恐れて逃げ出すような弱兵は、余の国には一人たりとも存在しない」
「エリクシアの奴がいるってんなら、俺は逃げる訳にはいかねぇんでな。あいつは俺の弟分セッツの仇だ。今度こそ、この廃都市で決着をつけてやる」
カルティケア王もギスタも、恐れなど微塵もない様子で私達、少数精鋭だけで先陣を切る決意を固めているようだった。
その二人だけではない、他の者達も次々に陛下の意に従う意思を示したのを目の当たりにした私は、心強さと共に思わず笑みが零れていた。
「そうか、感謝するぞ、皆。では、行こう。シャリムの手により異能の力を得た人外の軍勢が待つ、この廃都市の最奥部へとな」
それ以降、私達の間で会話はなかった。
陛下が仰った通り、絶望的な戦いが待ち受けているこの先の戦場へと、私達は無言のまま駆けていったのである。




