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滅びゆく世界のキャタズノアール  作者: 北条トキタ
災禍の都市ティアラント
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第百二十八話

「ねえ……ヴァイツ兄。起き、てる? 私は、頭がぼんやりして仕方ないけど、……ただ事じゃないわ。アラケア様がどこにもいないの」


 ぼんやりと混濁していた意識から抜け出した私は、ふらふらと立ち上がると、私のすぐ隣で同様に虚ろな目で地面に蹲っていたヴァイツ兄に声をかけた。


「……ヴァイツ兄、しっかりして。目を覚まして!」


 それでも虚ろな表情で目を覚まさないヴァイツ兄に、私はその背中を激しく揺さぶりながら、ついに叫んだ。


「ねえ、ねえったら! ヴァイツ兄!」


 するとそんな私の必死の叫びが届いたのか、ヴァイツ兄はようやく重い瞼を開けて、喉から微かな声を絞り出した。


「ん……ノルン? ここ、は……?」


「……もう、寝ぼけないでよ。それよりアラケア様がどこにもいないの。場所はさっきまでいた廃都市の街中だけど、どういう訳か私達、いつの間にか意識を失ってたみたいなのよ。もしかしたら敵の仕業かもしれないわ」


 そこまで聞くと、ヴァイツ兄は足をふらつかせながらも立ち上がった。

 手には陽輪の棍を握りしめ、私達が今、置かれた状況を理解したようだった。


「……そうか。僕らが寝ていた間に時間はどれくらい過ぎたか分からないけど、その間に僕らがあの猿達に襲われずに生きているのは幸運だったみたいだね。けど、そんな幸運がこれ以上続く保証はないし、急いだ方が良さそうだ」


「ええ、アラケア様が私達を残してどこへ行かれたのか、嫌な予感がするの。部下を危険に晒すなんて、そんなことアラケア様がするはずがない。きっと本人の意思じゃないんだわ。急いで探しに行きましょう、ヴァイツ兄」


 今、私達は非常に危険な状況の中にいる。

 そのことを理解したことで、まだ幾ばくかの微睡みにあった私とヴァイツ兄の意識はもうすっかり覚醒していた。

 お互いの顔を見合わせてから、足早にその場を後にした私達は、街中を北を目指して駆けていったが……。


 ――先ほどとは打って変わって、辺りからは獣の咆哮が聞こえてきている。


 間違いなく、あの猿達だった。

 アラケア様も陛下もギスタ達もいない。そんな状況で奴らに襲われたら……。

 そんなもしもの悪い想像をしながら、私達はひたすら走り進んでいく。

 そして街中の角を曲がろうとした、その時だった。


「ぎ? ぎいぎぃああ!」


「……あっ!?」


 私は間抜けにも、思わずひっくり返ったような声を上げてしまう。

 最悪なことに私達は、そこで十数体の猿の群れと鉢合わせてしまったのだ。

 私とヴァイツ兄は即座に後方に飛び退くと、戦闘体勢をとって攻撃に備えた。


「くっ……遭遇しちゃったみたいね。仕方ないけど、戦うしかない! けど、小柄だと言うのに、こいつら相変わらず途轍もない威圧感だわ……! 厳しい戦いになりそうだけど、死なないでよね、ヴァイツ兄」


「うん、分かってる! けど、お前こそ死ぬんじゃないぞ、ノルン」


 そう決意したものの、たった二人だけでこいつらから凌ぎ切れるだろうかと、私達は揃って額から冷や汗を流し、戦慄していたが……。

 しかし、奴らは待てども距離をとってこちらを見ているだけで、一向に私達に襲ってくる気配はなかったのである。


「……? どういうこと? こいつら、何で襲ってこないのよ」


「さあ、それは分からないけど、襲う気がないなら、僕らには好都合じゃないか。先を急ぐよ、ノルン。こいつらの相手をしてる時間も惜しい」


「え、ええ……分かったわ」


 「なぜ?」という疑問は当然あったが、これを好機と捉えた私達は、視線だけは私達を舐るように見ている猿達を無視して、再び廃都市の街並みを走り出した。

 正直、どこへ向かえばアラケア様がおられるのか、手掛かりなどなかったが、この廃都市を覆う様に緩やかに渦巻いている赤黒い光の帯の、その中心。

 敵も味方達も目指しているその場所になら……と、そんな予感があったのだ。


「はあっ、はあっ……やっぱり、全力疾走は堪えるな……。こんな重装備じゃ、特にさ。ねえ、ちょっと待ってよ、ノルン。ちょっとだけ……休憩を」


 私は振り返ると、ヴァイツ兄が手で両膝を押さえて息を切らしていた。

 私もアラケア様の身を案じ、疲れをおして体を動かしていたため、疲労がないと言えば嘘になるが、アラケア様のことを思えば気にしてなどいられない。

 だが、半分だけとは言え、血の繋がりのあるヴァイツ兄を無慈悲にこの場に残していく選択肢を選べるほど、私は非情にはなれなかった。


「……そう、仕方がないわね。じゃあ少し休んだらまた走ってもらうわよ。十分だけ、ここで休憩を取りましょう」


「う、うん……ありがとう、ノルン」


 そう言って私達は地面に腰を下ろし、切らした息を整える。

 だが、そんな私達の都合に関係なく、あの猿達の唸り声は街中のあちこちから聞こえてくるため、すぐにも戦闘に入れるよう、私達は武器を手放さなかった。

 そうして休憩を取り始めて、何分ほど経過しただろうか。


 ――突然、休憩を取っている私達の頭上で獣の鳴き声がしたのである。


 咄嗟に上を見上げた私達はすぐにそれが猿達のものと気付き、立ち上がった。

 見れば奴らは十体前後の群れを作り、高層の建物の壁に張り付きながら、いつからいたのか、こちらの様子を見下ろしていた。


「現れたわね、また! 今度こそ、戦いは避けられないかもしれないわ。ヴァイツ兄、いける?」


「まだ疲れが残ってるって言ったって、やるしかないよね。僕らだけで勝ち目はあるかはともかくとして、戦う準備は万端だよ!」


 覚悟を決めた私達だったが、そんな私達をまるで嘲笑う様に猿達の一匹だけが張り付いていた壁から跳躍、私達の眼前へと降り立った。

 私達はすぐに手にした槍と棍を突き付けたが、その猿は動じる様子も攻撃する素振りも見せずに、無表情のまま口を開いた。


「やれやれ、こんな所にいたのですか、ノルンさん、ヴァイツさん。ずいぶん探しましたよ。ですが、幸い二人とも無事のようですねぇ」


「しゃ、喋ったっ……!? 何なの、この猿っ……!」


 動揺する私達を余所にその猿は腕組みをしたまま、更に言葉を続けた。

 そして出された名に、私達はようやくこの猿の正体を知ることになった。


「私です、マクシムスですよ。殺した猿達の死体をアンデッドとして蘇らせ、手駒として利用しているのです。すでに数十体の猿を手駒に変えてますから、離れ離れになった仲間達を集めるため、廃都市を探し回っているのですよ」


「……マ、マクシムス? 貴方なの? いえ、それよりもこの猿達を使って皆を探してるって言ったわね。じゃあ、そこには今、何人くらいいるの?」


 マクシムスが遠隔操作している猿は、私の前で両手の指を開くと、一本だけ指を折ってみせながら、答えた。


「私を含めて九人。つまり後はアラケアさんと貴方達で最後です。今、私達がそちらへ向かいますから、入れ違いにならないように、その場で動かず待機していてください」


 それだけ言うと、建物の壁に張り付いていた残りの猿達も、一斉にこの場へと飛び降りて、私達を警護するかのように取り囲んだ。


「だとさ、ノルン。有能な仲間がいて命拾いしたよね、僕ら」


「……ええ、最初は幽鬼のような男で不気味だと思ってたけど、船から外海に投げ出されたアラケア様に同行して危機を何度も乗り切ってきたそうだし、感謝しないといけないわね、あの男には」


 二人だけで孤立していた危機的状況から一先ずは脱したことを悟った私達は一息をつき、再び地面に腰を下ろして体力の回復に努めた。

 だが、そのマクシムスもアラケア様の居所はまだ掴めてはいないと言う。

 体を休めながらも、私はそのことが気がかりで仕方がなかったのだ。

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