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滅びゆく世界のキャタズノアール  作者: 北条トキタ
災禍の都市ティアラント
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第百二十七話

「グロ、ウスっ!!」


 俺がその名を口走ると、奴はニコリと微笑みながらこちらを見た。

 そしてエリクシアの目隠しをしていた両手を放すと、つかつかと俺の所へ軽やかな足取りで歩み寄ってくる。

 そして俺達はいよいよ視線を合わせて……因縁の対面を果たした。


「やあ、こうして顔を合わせるのはしばらくぶりだねえ、アラケア君。前に会ったのはあの時……確か君らの王国内にある廃砦以来だったかな?」


「ああ、あの日……俺はお前に大敗を喫して生死の境を彷徨った。あの戦い……あの時ほど自身の無力感を呪ったことはない。あれから俺はお前との再戦を望み、より腕に磨きをかけてきたつもりだ。だが、それがようやく叶ったのが、よりによってこのような大陸でとはな」


 グロウスは穏やかそうな表情を崩さずに、指をパチンと鳴らす。

 すると空間が裂けたかのように何もない場所に切れ目が生じ、そこから俺の愛用武器であるルーンアックスが現れると、地面へと転がり落ちた。


「さあ、遠慮なく受け取るといい。君が頼りとする自身の武器だろう? この大陸では丸腰だと生き残れないよ。君も、そして僕であってもね」


 俺はそれでも警戒するように奴とルーンアックスを交互に眺めていたが、奴から何も動きがないことを確認すると、素早くそれを手に取った。


「礼は言うつもりはないぞ、グロウス。それにしても不思議な術を使う。お前がかつてライゼルア家を追放された人間であることは知っているが、そんな術は俺達本家の一族も知り得ないものだ」


 俺の言葉にカルギデが僅かに反応したように見えた。

 動揺したと言うほどではないが、腕組みをしたまま、その視線は怪訝そうにグロウスを見据え、少しばかりの驚きがあったのは確かなようだった。


「へえ、ついに僕の出自であるその真相まで辿り着いたんだねえ。ま、僕だって本家追放の憂き目にあってからと言うもの、色々と独自に技術を磨いていたってことさ。貪欲に力を追及していくのは、僕ら一族の本分とも家訓とも言えることなんだし、別に不思議なことでもないんじゃないかな?」


「ああ、二百年以上も昔の人間であるお前が、どうやってこの時代まで生き延びているのかは知らないが、お前が俺達本家の人間に並々ならない恨みを持ち、復讐を考えていると言うなら、受けて立ってやるしかあるまい」


 俺はルーンアックスを静かに両手で握り締め、力強く構えた。

 そして全身から絶え間なく黄金色のオーラを溢れさせ、立ち昇らせる。

 この男を相手に躊躇や様子見をしている余裕はない。

 初めから全力でいくつもりだった。


「うん? 復讐か……そんなつもりは毛頭ないけど、君も強くなったことだし、今の君を相手に、前みたいに手加減をして勝てるとは僕も思っちゃいないよ。だから少し血抜きをして大人しくなってもらおうかな?」


 グロウスはそう言うと、すらりと腰に差した一振りの刀を鞘から抜き放った。

 その刀身は外見上の華やかさには欠けていたが、凄まじく研がれているように見受けられ、またそれだけではなく、どこか禍々しい力をも感じられた。


「これはギア王国の稀代の名工が打った、妖刀の最高傑作『村正・真打』さ。そういえば一振りだけ君らの王国にも寄贈した作品があったはずだけど、これは真打故に、それよりも比較にならない強度と切れ味を誇るんだ。ま、もっとも武器なんて使い手次第ではあるんだけどねえ」


 ……妖刀、村正。

 予想もしていなかったその名を出され、俺はミコトと陛下を思い浮かべた。

 元々はミコトが愛用し、今は陛下の腰に差された伝説の一振りだ。

 だが、俺は雑念を振り払って、奴への攻撃の一点のみに思考を集中させた。


「お前がどんな武器を持とうと俺には関係ない。いくぞ、グロウス」


「うん、どこからでも」


 俺の黄金色のオーラに対抗するように、奴の全身からは赤いオーラが放たれ、俺達が発する闘気と殺気に、廃都市の街並みが揺れて震えていた。

 因縁の、そして新旧の本家の人間同士がついに再戦の時を迎えたのだ。


 ――ドクンッ。


 脈動する音と共に、俺のルーンアックスが黄金色に染まっていく。

 そして爆発するような俺の気の解放によって、周囲に衝撃が走ったのと同時、俺は右足で一歩を踏み出し、グロウスへと飛びかかっていた。


「へえ……速い、な!」


 だが、グロウスは村正・真打を振るって俺のルーンアックスと切り結ぶ。

 激しい風圧が付近で観戦していたカルギデとエリクシアの髪を舞い上げるが、グロウスは何ら影響を受けていない。


「前とは大違いだ。こりゃ僕の方も本気を出さなきゃ、ねえ!」


「ああ、見せてみろ。俺はまだお前の技を一つたりとも見てはいないからな!」


 グロウスの村正・真打がまるで生物であるかのように、まるで今にも勝手に暴れ出しかねないほどに、小刻みに震えているように見えた。

 それを奴は自身の深紅のオーラで抑え付けると、俺を見て言い放った。


「やれやれ、まるで暴れ馬をしつけるかのようだ。この刀、ちっとも僕の言うことなんて聞いてくれなくてねえ!」


 言葉とは異なり、強い眼差しを俺に向けたグロウスは刀を横に構えた。


 ――オロロオオオオッッ!!


 亡者が嘆き叫んでいるような唸り声を発しながら、刀身が赤く変色していく。

 まるで業火であり、血液のようでもある刃がより赤みを増していった。


「さて……」


 奴が小さく呟いたと思った、その瞬間には奴の姿は掻き消えていた。

 その動きは俺達の戦いを見ていたカルギデにさえも表情を僅かに歪めさせ、畏怖を感じさせたかのようだった。


「っ!?」


 消えたと思った奴の気配が俺の背後で現れるのを感じ取った。

 俺は咄嗟に振り返ると、グロウスはそのまま刀を鞘に納めようとしていた。

 その時、俺は自身の体に起こった異変を感じ取る。


 ――すでに俺の体は奴により、斬り刻まれていたことに。


「う、うおおおおっ!!」


 斬られたにも関わらず、まるで全身が業火により覆われているような感覚。

 体中から血が噴出し、激しい苦しみと共に俺は地面に片膝をついた。


「またもや、なのか! 二度までも同じ相手に敗北を喫するとはっ……!」


「いや……僕と君の地力は拮抗していたよ、アラケア君。僕が最高奥義の『無限刃・火焔斬破』を使っていなければ、この勝負は分からなかったかもしれない」


 奴の言葉を聞きながら、俺は自身が流した血溜りの中に沈んだ。

 それを離れた場所で見ていたエリクシアが俺の元まで歩み寄ってくると、グロウスに向き直って俺の今後の処遇を尋ねた。


「どうしますか……シャリム様。一先ずは大人しくなったようですけど……彼の異常な耐久力と回復力は……侮れるものではありません」


「うん、彼の肉体はライゼルア家の長年の品種改良の集大成でもあるからね。彼が母親から受け継いだ妖精種族の血は、よりその完成度を高めてくれた。それを僕が頂く。あの魔女に先を越されなくて、本当に良かったよ。そして僕らは災厄の王ネロを打ち倒し、世界を滅びゆく運命から救うんだ」


 薄れゆく意識の中で、俺は最後にグロウスが語ったその目的を聞いていた。

 だが、俺が最後に思い浮かべたのは己自身の運命ではなく、仲間達がこれから辿るであろう行く末のことだった。

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